第14話 相 棒(2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナに新しいピアノ講師、ヒロ・ハーグリーブスがついた。
リナの父親・魁斗が開発したセキュリティソフト。ヒロはそのソフトを狙ったテロリストがいるという。
リナの周りに異変を感じ始めたヒロは、リナの彼氏になる事を決意した。
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第14話 相 棒(2008年)
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2008年10月29日(水)報告書
ミス・リナの英語教諭が最近代わったという情報を受け、調査した事をここに報告する。
10月22日(水)にミス・リナから英語教諭が代わったと聞く。
翌日のミス・リナの話では、その英語教諭は【休日何をしている】【普段誰といる】と質問を投げかけていたとの事。
翌日、教材販売員を装って学習院女子高に潜入。ミス・リナのクラス担当英語教諭を確認。本人との接触は無し。
リナによれば、通称「エロダヌキ」「エロ・エロゾ-」。頭頂部が見事にハゲていて、非常に目立つ容姿である。
2日後住基ネットで彼に関する基本情報をチェック。名前は江口詠蔵。年齢は51歳。学習院女子高でもその名で教員登録されている。
江口の前任教諭は、飲み会の帰り道に階段で足を踏み外して両足を骨折、他数ヶ所負傷。本人は泥酔していて当時の記憶がはっきりしないとの事。全治1ヶ月から1ヶ月半だが、学校の勧めにより年内休養をとる事になった。
すなわち、江口は年内ミス・リナの英語教諭を担当する。以上は裏付けの取れた情報である。
以下は推測である。
江口は外部からテロリストと接触を受けている可能性がある。江口自身、接触相手の正体は認知してはいないだろう。
ただリナに関して周辺情報を集めるように言われ、見返りは金といったところか。
現場に不信感をもたれない人物を送り、金でつって情報を集める。
そして、狙う相手の周りから攻めていくのはテロリストの常套手口である。
一刻も早くさらなる調査を進め、裏付けを取り、またここに報告する。
現在江口の周辺を洗いつつ、ミス・リナの警護によりいっそうの注意を払っている。なお、ミス・リナと恋人関係という立場を取る事にしたが、あくまでも円滑な任務遂行のためである。
ロンドンにいるあなたの妻と次女についても警護はしっかり行われており、問題はない。
何度も言うように、我々の機関はあなたに恩がある。今回の任務を完遂する事で、必ずやあなたへ恩返しをする事をここに誓う。
あなたも十分警戒を。
ヒロ・ハーグリーブス
リナの父親・羽鳥魁斗は自宅の書斎にいた。
奥の机のパソコン・・・ ネットのつながれていないパソコンでヒロからの報告書を読んでいる。
全て読み終えた後、全文を削除。そして
君を心から信頼している。リナの事は君に任せる。
定期的な報告をこれからも頼む。
羽鳥魁斗
短い文章を上書きし、それをUSBメモリーに保存した。そしてそのUSBを引き出しにしまい、4桁の暗証番号でロックをかける。
魁斗「・・・ ・・・」
小さな溜息をついた魁斗は、天井を眺めていた。
・・・ ・・・。
2008年11月5日(水)午後9時過ぎ。羽鳥邸、ピアノ室。
ヒロ「この18小節あたりのペダルの踏み方が少しおかしいね。
俺がやってみせる。鍵盤は見なくていいんで、ペダルに注目だ」
リナ「うん。わかった。ペダルだけ見てればいいのね」
ヒロとリナ・・・ピアノの先生と生徒。いつものピアノレッスンの光景がそこにはあった。
いつもと違うと言えば、この2人が恋人関係になった事である。もっとも手を握った事すらない恋人ではあるのだが。
リンゴーン・・・
ヒロ「ソの♯(シャープ)か・・・」
リナ「え?」
ヒロ「あ、いや。呼び鈴の音さ。
あの低い重低音はベートーベンを思い出しちゃうね」
リナ「絶対音感ってヤツ?」
ヒロ「そう。意識しなくても勝手に音階が頭に入ってくるんだ。
雨降りの時や喧噪の中歩くと、音階が頭に入りまくって大変だよ」
ヒロは笑いながら語った。
ヒロ「まぁ、俺みたいな人は世界中にたくさんいるけどね」
リナ「ふ~ん・・・」
家政婦の新城美也が、玄関を開けて応対する。呼び鈴を押したのは・・・率直に言えばハゲた中年男性だった。
新城「あの・・・ どちらさまで・・・?」
男「あ、失礼。私、そちらの羽鳥リナの英語教諭をしている者で・・・
江口と申します」
新城「まぁ、リナお嬢様の先生。
こんな遅い時間に・・・ 何か御用で?」
江口「あぁ、いえ。たまたま近くを通りかかったもので。
リナさんに声をかけておこうかと、呼び鈴を鳴らした次第です。
差し支えなければ、リナさんの顔を見たいのですが・・・」
新城「あぁ・・・ 今ピアノのレッスンですが・・・
せっかく来て下さったので、ちょっと呼んできましょうね」
そう言うと新城はパタパタとスリッパの音をたてながら、奥のピアノ室へと向かう。
江口「ピアノレッスン・・・?」
・・・ ・・・。
リナ「え!? あのエロゾー・・・ 江口先生が!?」
新城「えぇ、たまたま近くを通ったのでお嬢様の顔を見たいと・・・」
リナ「えー・・・ 私、見たくない。レッスンが忙しいって伝え・・・」
リナの言葉をヒロが遮った。
ヒロ「まぁまぁ。せっかくだし、ちょっと挨拶してくればいいじゃないか。
美也さん、すぐ行かせますので・・・
その先生にコーヒーでも出してあげて下さい」
新城は頷いてピアノ室を後にする。
リナ「気が進まない・・・」
ヒロは優しい笑顔でリナに声をかけた。
ヒロ「俺も行くよ。俺の彼女の先生がどんなのか見てみたい」
【俺の彼女】という言葉を聞いた瞬間、リナは晴れやかな表情を見せる。
リナ「うん! わかった! でも私達の事は内緒よ・・・
だって校則で男女の付き合いは禁止なんだ。ありえないわよね!?」
ヒロ「あぁ、ナンセンスな校則だ。OK、俺はただのピアノ講師だ。さ、行こう」
リナ「うん」
リナとヒロはピアノ室を出て、応接間へと向かった。そこには、てっぺんハゲのエロダヌキ・・・ こと、リナの英語教諭・江口の姿があった。
江口が広い羽鳥邸のあちこちをキョロキョロと見渡しているのをヒロは見逃さない。
(ヒロ「ふん・・・」)
すでに1度姿を確認していたヒロは、江口が何者かに雇われてリナの身辺を洗っていると確信していた。
リナの姿が目に入った江口はいやらしいそうな笑顔を見せ、飲んでいたコーヒーのカップを置く。
江口「やぁ。すまないね、こんな時間に。
いや、近くまでよったんで、ちょっと様子を見にね」
リナ「あぁ・・・ はい・・・」
リナは露骨に嫌な表情を浮かべた。
江口「英語の成績は相変わらずだからね、君は。
毎日英単語を・・・」
ふと江口はリナの背後にいる・・・気配を隠して立っていたヒロに気づく。
江口「おや・・・? そちらの青年は?」
リナ「あ・・・ こちら、私のピアノの先生で・・・」
ヒロはリナの説明の途中で江口の前に立ち、握手を求めた。
ヒロ「ヒロです。リナに個人レッスンをしてるピアノ講師です。よろしく」
ヒロは江口の手を握り、大げさに三度縦にふる。そしてさりげなくコーヒーの横にハンカチを置いた。
江口「あぁ・・・リナさんはピアノもやってるんだね。初めて聞いたよ。
あなたはアメリカの方かな?」
ヒロの青い眼を江口が覗き込む。
ヒロ「イギリスです。母は日本人ですがね」
江口「Oh.You are half British and half Japanese!」
英語教諭の江口は英語で会話を始めた。
ヒロ「あ・・・ すいません。俺、ずっと日本語でしか生活してなくて・・・
英語、さっぱりなんですよ。子供の頃、よくそれでいじめられてて・・・」
背後に立っていたリナが「え?」という顔をする。
江口「Oh・・・ 残念だ。
久しぶりに本場の人間と会話が出来ればと思っていたが・・・」
ヒロ「すいません。あ、リナに用事があるんですよね?
俺は邪魔でしたね」
そう言うとヒロは、奥のピアノ室へと戻っていった。ピアノ室に戻ったヒロはすぐに携帯をかける。
ヒロ「俺だ。近くにいるか?」
「今、羽鳥コーポレーションだ」
ヒロ「江口が来た。尾行を頼みたいが出来るか?」
「わかった。10分でそちらに着く。それまで引き留めてくれ」
ヒロ「あいつは絶対つながりがある。頼んだぞ・・・
安田」
安田「任せろ」
電話の向こうの安田・・・ 羽鳥家の運転手は携帯を切った後、すぐに車に乗り込み羽鳥邸に向かった。
・・・ ・・・。
リナ「・・・」
江口と2人になった事で、先ほどにもまして「イヤだな」という表情を素直に浮かべるリナ。即座に江口から声をかけられた。
江口「羽鳥コーポレーションの社長宅とあって、なかなかすごい家だね~」
キョロキョロしながら羽鳥邸内を見渡し、部屋の数や配置を確認する。
リナ「はぁ・・・」
江口「ピアノやってるのは知らなかったよ。いつから?」
リナ「10歳から・・・ でも2年ぐらい弾いてない時期も・・・あります」
ずっとニヤニヤしている江口とは対照的に、リナは唇をとんがらせて応えていた。
江口「ところで英語の勉強は毎日やってるかな?」
リナ「まぁ・・・ ぼちぼち」
江口「今度の土曜日は? 何してるかな?」
リナ「え? 学校は休みですよね?」
江口「あぁ。土曜日、何か予定はあるかな?」
リナ「ど、どうしてそんな事を聞くんですか?」
リナは眉をひそめる。
江口「いや、もし暇なら英語の補講でも・・・」
江口の言葉の途中で、突然ヒロが目の前に現れた。
ヒロ「あ、先生、すいません。ハンカチ置き忘れちゃって」
言いながら、江口のコーヒーカップの横にあるハンカチを手に取る。全く気配を感じなかった江口、そしてリナもびっくりした表情を浮かべた。
ハンカチをポケットにしまったヒロは、何かを思い出したように江口に語り始める。
ヒロ「あ、先生、それとですね・・・。
リナは土曜日、NHK交響楽団のオーケストラを聴きに行くんです」
リナ「え・・・?」
ヒロ「これもピアノのレッスンの一環でして・・・。
もうチケットも買ってしまったんです。
でも英語の成績が危ういなら補講優先。
オーケストラはキャンセルしますよ?」
(リナ「え? え?」)
覚えのない話を始めるヒロに、リナはただ戸惑うだけだ。
江口「おー! オーケストラか~、いいね~」
江口は満面の笑みをうかべながら、ヒロに言葉を返す。
江口「なるほど。オーケストラね。で、何時開演なのかな?」
ヒロ「10時半開場、11時開演です。午後1時には終わりますよ」
江口「10時半から1時だね。いやいや、
英語はいつでも出来る。そういうのは優先させなきゃ。
是非リナさんを連れて行ってあげてください」
ヒロはリナの方を見てニコッと笑った。
ヒロ「先生のお墨付きだ。今度の土曜はオーケストラのコンサートだ」
リナ「あ・・・ はい・・・」
事態を理解できないリナは、とりあえず頷く。
江口「じゃぁ、私はこれで・・・ 夜分遅く失礼したね」
江口は満足した表情を浮かべ、そそくさと羽鳥邸を去っていった。
・・・ ・・・。
ヒロ「・・・ ・・・」
玄関先で江口の後ろ姿をじっと見ているヒロに、リナが声をかける。
リナ「ね!? あいつ私の予定とか聞くの、見てたでしょ!
絶対あれセクハラよ、セクハラ! セクハラエロダヌキ!」
リナはセクハラという単語を連呼して、唇をとんがらせた。
リナ「あ、でも・・・土曜日にオーケストラに行くって話・・・。
ホント? それとも補講を受けないでいいようにするため?」
ヒロはリナの目を見つめ、さわやかな笑顔を見せる。
ヒロ「本当さ。リナと初めてのデートだ。
クラシックコンサートなら文句ないだろ?」
瞬間、リナはこれ以上ない笑顔を見せた。
リナ「うん! うん! やった! 人生初デート!」
ヒロ「浮かれるのはいいが、寝坊はするなよ。
朝9時に迎えに行くから。俺の車で行こう」
さらにリナが満面の笑顔を浮かべる。
リナ「やった! 彼氏の車・・・いい響き・・・。
みんなに自慢できるわ!!」
リナの浮かれる姿を、ヒロは細く青い眼で見つめた。
ヒロ「じゃぁ、今日はちょっと早いけどあがるとしよう。
土曜日は長丁場になるからな」
リナ「うん! わかった! どんなお洋服着ていけばいいかな!?」
ヒロ「それはリナに任せる。俺はちょっと急ぎの用があるから帰るよ」
リナ「え・・・?」
寂しそうなリナを尻目に、ヒロは羽鳥邸を後にした。
・・・ ・・・。
ひばりヶ丘駅周辺。
江口は携帯をかけていた。
江口「私だ。今度の土曜日、10時半から1時まで。
リナはNHKホールに出向く。
その間、羽鳥邸には年老いた警備員1人だけだ」
周りを気にしながら小さな声で語っている。
江口「あぁ、あぁ。わかった、くわしく調べてみる。
来週あたまには報告するよ。その後で振り込みだな? 承知した」
キョロキョロしながら江口は携帯を切り、ひばりヶ丘駅へと向かって歩き出した。
西武池袋線の電車に乗り込む江口・・・
その背後を悟られないように尾行する安田の姿があった。
(第15話へ続く)
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次回予告
ヒロと安田はチームを組んでいた。
ヒロはリナの警護、安田はリナの父親の警護をしながら、迫りくるテロリストの情報を集めている。
江口がテロリストの駒である事を確信した2人。ヒロはリナとデートしてる間に、江口の動向を探ろうとする。
次回 「 第15話 初めてのデート(2008年) 」
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