第12話 ヒロと魁斗の関係(2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナは新しいピアノ講師、ヒロ・ハーグリーブスにだんだんと惹かれていく。
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第12話 ヒロと魁斗の関係(2008年)
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ヒロは階段を上ってくるリナに気づいていた。キーボードを打つ手を止め、パソコンに差していたUSBメモリを抜いてポケットに押し込む。
今まで見ていたウィンドウを閉じ、別のサイトを表示させた。リナがゆっくりと背後に立った瞬間、ヒロはリナに背を向けたまま声をかける。
ヒロ「背後のお嬢さん。今はピアノ弾いてないぜ?
ひょっとしてストーカーかい?」
後ろからヒロを驚かそうとしたリナは逆に驚かされた。
リナ「あ、あれ? 気づいていたの・・・?」
くるりと身を反転させたヒロは、印象的なブルーアイでリナを見つめる。
ヒロ「まぁね。背中にも眼がついてるんで。しかし困ったもんだ・・・。
レッスン以外は生徒と会わないようにしてるんだが」
ヒロの目を見て、ドキッとするリナは慌てて声を出した。
リナ「ち、違うわ! 今日は夏休みの宿題で調べ物をして・・・」
ヒロはニコッと笑う。
ヒロ「そうか。じゃぁ、俺はもう用事終わったんで帰るよ」
そう言うと席を立ち、スタスタと階段を下りていった。すぐにリナがついてくる。
ヒロ「おいおい・・・ 君は宿題だろ? 俺はピアノ以外は教えないぜ?」
リナ「うん。わかってる。でも・・・」
リナはヒロと一緒にいる理由を考えようとしていたが、何も浮かばない。そのまま無言でヒロについていき、図書館の外へ出てしまった。
ヒロはポケットに両手を突っ込みながら図書館の外の階段を下り、大通りに出る。
ヒロ「困ったね・・・ 俺についてきても何も出ないぜ?」
ヒロはピタリと立ち止まり、困った様子でリナに向き合った。
リナ「だって・・・」
これ以上の言葉が出てこない。その2人に声をかける者がいた。
「お前達・・・?」
路肩に止めた黒い車の後部座席。その窓が開くと、2人の知る人物が顔を出す。
リナ「ぱ、パパ!?」
ヒロ「ミスターカイト・・・」
鳩が豆鉄砲を食らったような表情を見せるリナ。
魁斗「図書館の前で何をしてるんだ、お前達は・・・?」
魁斗はリナとヒロを交互に睨み付けた。
ヒロ「たまたまお嬢さんとここで会いまして・・・」
少し複雑な表情を浮かべながら声を出すヒロ。
リナ「そ、そうよ! パパこそ何故こんな所へ!?」
焦りながら言葉をかけるリナに、魁斗は落ち着いて応える。
魁斗「おいおい。図書館の2つ横はうちの会社だぞ。
何故こんな所と言われても困るって話だ・・・」
気まずい空気が3人を包んだ。
魁斗「ふむ・・・ 私は今から、近くの寿司屋で昼食をとる予定だ。
よかったら一緒に行くか?」
変な空気に耐えかねた魁斗が口を開く。
リナ「行く!! ヒロ先生も一緒に行く!!!」
嬉しそうに声を出すリナとは対照的に、ヒロは右手を挙げて声を出した。
ヒロ「いや、俺はいいですよ」
魁斗「そう言わずに・・・ 乗りなさい」
車の助手席と後部座席のドアが開く。
しぶしぶヒロは助手席につき、リナは後部座席で魁斗の隣に座った。
魁斗「安田。いつもの寿司屋へ」
声をかけられた安田は、ちらりと運転席のヒロを見る。
安田「はい、旦那様」
ヒロはけして運転手の安田と目を合わせる事はしなかった。
・・・ ・・・。
10分後、運転手の安田を除く3人は寿司屋の中にいた。
窓際のテーブルに座ろうとした魁斗をヒロが止める。
ヒロ「ミスターカイト。失礼ですが、あちらの席に座りましょう」
魁斗「あ、あぁ・・・」
素直に従い3人はテーブルについた。
魁斗「特上3人前」
お品書きを見ることなく、魁斗は注文を入れる。
(リナ「パパがいなければ最高なんだけどな・・・」)
心で思いつつもリナは、初めてのヒロとの食事にウキウキしていた。
魁斗「トイレに行ってくる」
そう言って席を立ち、奥のトイレに行く魁斗を静かに見つめるヒロ。
リナ「お寿司の特上よ! 楽しみね!」
正面を向くと、リナがこの上ない笑顔を見せている。視線を合わせたヒロが口を開いた。
ヒロ「羽鳥家は毎日正午に昼食が出るはずだ。
という事はリナ。君はすでに昼ご飯をとったはずだが?」
リナは笑顔のまま応える。
リナ「えぇ。でも今はヒロ先生とお寿司食べたいの!
成長期だし、それにお寿司なら全然食べられるわ!」
ヒロは大きくため息をついたあと、両手を拡げた。
ヒロ「OK! 君の勝ちだ。
せっかくだから、ジャパニーズスゥシィを楽しむとするよ」
ヒロは観念したという表情を浮かべながら、苦笑いを見せる。
リナ「そうこなくっちゃ!!」
・・・ ・・・。
ヒロ「イギリスではカロリーの低いサシミは、ヘルシーフードとして人気なんです。
だからメインストリートを歩けば、必ず寿司屋はありますね」
魁斗「そうか。私がいた頃、寿司屋は稀な存在だったんだがな。
生魚なんてクレイジーと言われたものさ。
それが今や人気フードとはね~」
ヒロと魁斗のイギリス話に、リナが割って入ってくる。
リナ「ね、ね! どうして2人は知り合いなの?
ピアニストと大学教授がどうして知り合ったの?」
魁斗「私がオックスフォードで授業してる時、彼が聞きに来てね・・・」
ヒロは魁斗の言葉に眉をひそめた。
リナ「え!? パパ、数学教授だったんでしょ?
なんでピアニストのヒロ先生が、数学の授業受けるのよ?」
魁斗「え? あ・・・ いや・・・」
答えに詰まる魁斗にヒロが助け船を出す。
ヒロ「なんだ、知らないのか? 音楽理論は数学なんだぜ?」
リナ「え!? そ、そうなの!?」
リナは目を丸くして声をあげた。
ヒロ「ピュタゴラスや、オイラー、ケプラーは知っているかい?」
リナ「ピ、ピタゴラスは・・・ 聞いた事あるけど・・・」
ヒロ「オイラーも知らないのか?
彼等は独自の音律を生み出した事で有名な数学者だよ。
ケプラーは天文学者としても有名なだがな」
リナ「数学者が音楽を・・・?」
ヒロ「あぁ、そうだ。彼等は音楽界にも多大な貢献をしている」
リナ「・・・ イマイチ、数学と音楽が結びつくとは・・・思えないわ」
ヒロ「コード進行も数学的に解析されてるんだぜ?
ですよね、ミスターカイト」
魁斗「あ・・・? あぁ・・ も、もちろん」
急に話を振られた魁斗が、気の抜けた返事をする。
魁斗「オクターブの違いは波長の違いだ。
フーリエ解析によって、あらゆる周波数の正弦波を・・・
任意の比率で足し合わせ、いろいろな音色も数学的に表現できる」
リナ「は・・・ はぁ・・・」
もはや男性陣の話についていけないリナ。
ヒロ「円周率を知ってるかい?」
そのリナにもわかる話を振ったのはヒロだ。
リナ「え? あの3.14ってやつ?」
ヒロ「あぁ。3.1415926535897932384626433・・・」
突然ヒロは数字の羅列を口にし出した。
リナ「ちょ、ちょっと・・・ それが・・・何?」
ヒロ「円周率は数学の世界じゃ【超越数】と呼ばれていてね・・・。
自然数や整数よりも遙か上にいる実数なんだ」
リナ「あの・・・ よくわからない・・・」
ヒロ「この円周率に音階をつけると、驚くべき事に立派な旋律を奏でるんだ。
例えばピアノの鍵盤を目を閉じて適当に叩いても・・・
【音楽】とはよべないだろ?
ところが円周率は立派な音を奏でるのさ。Youtubeでもそれを聴けるよ」
リナ「円周率が音楽!?」
ヒロ「ミスターカイトは、そういった数字の表す神秘性を説いた授業をしててね。
噂を聞いたピアニストの俺も、その授業を受講したってわけさ」
リナ「へ~・・・ なんかすごい話すぎて・・・正直よくわからない」
ヒロ「今はダ・ヴィンチの【最後の晩餐】に描かれているイエスの弟子・・・
その弟子の頭の位置で音階をつけて、楽曲になると研究してるヤツもいる。
まさに【ダ・ヴィンチコード】さ」
ヒロは両手を広げて、面白おかしく話してみせる。リナは彼が何を言ってるのか理解出来ないが、それでも楽しい時間を過ごす事が出来た。
・・・ ・・・。
リナ「う・・・」
ヒロ「どうした? 食い過ぎかな?」
ヒロが笑いながらリナに声をかける。
リナ「ちょ、ちょっと・・・ うぷ。
お、おトイレ行ってくる・・・」
昼食を家で食べてきた上、寿司まで食べたリナは気分が悪くなった。席を立ち、お腹を抑えながらトイレへ向かうリナの姿を確認したヒロは、魁斗に声をかける。
ヒロ「直接あなたとは会わないと言ったはずだ・・・」
魁斗はお茶をすすりながら落ち着いて応えた。
魁斗「あぁ・・・だが、どうしても直接聞きたい事があってな・・・」
ヒロの目をじっと見つめる。
魁斗「娘と・・・ 付き合っているのか?
さっきは、どう見ても恋人同士のいざこざにしか見えなかったぞ?」
あくまでも穏やかな声でヒロに声をかけた。ヒロは笑いながら即座に首を横にふる。
ヒロ「Oh・・・。まさかそんな風に思っているとは・・・。
ミスターカイト。私は恩師の娘に手を出したりはしません」
魁斗「私の目を見て言ってくれるか・・・?」
言われた通りヒロは魁斗の目を見た。
ヒロ「15歳の少女に手を出す程、女に苦労はしてません。
安心してください」
しばらくの間、魁斗はヒロの目を見つめる。しばらくすると首を縦に振りながら、声をかけた。
魁斗「わかった。信じよう。すまんな、昼飯に付き合わせて」
ヒロ「いえ、こちらも誤解されるような場面を・・・。失礼しました」
魁斗「しかしさすがだな。数学の神秘性を説く授業だなんて」
笑いながらヒロが返す。
ヒロ「はは。嘘はついてませんからね」
魁斗「そうだな。ところで本当に・・・」
トレードマークの黒縁眼鏡をかけ直す魁斗。
魁斗「本当に新ソフトを狙ったテロリストの情報が?」
ヒロ「・・・ ・・・」
ヒロはさりげなく店内を確認する。回りに誰もいない事を確認した後、小さな声で魁斗に語り始めた。
ヒロ「えぇ。何もない事が一番ですが・・・
あなたの開発したソフトは、ただのセキュリティソフトではない。
そのアルゴリズムは、人類が長年追い求めてきたものだ」
魁斗「そ、そんな事は・・・」
ヒロ「否定するのは構いません。
だがそれが悪用されれば、間違いなく世界は混乱に陥る。
その事を・・・ あなたもよく知っているはずだ・・・」
魁斗「・・・ ・・・」
・・・ ・・・。
リナ「ただいま。あれ? ヒロ先生は?」
お茶をすすりながら、魁斗が応えた。
魁斗「あぁ、何か急用思い出したって帰ったよ」
リナ「えぇ!? 嘘~。また明後日まで会えないじゃん・・・」
魁斗「なぁリナ・・・」
湯飲みをゆっくり置いた魁斗は落ち着いた声で
魁斗「ヒロは・・・ 彼氏か?」
と聞いてみた。
リナは笑いながら即座に口を開き、
リナ「うん!!」
と、応えた。
(第13話へ続く)
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次回予告
夏休みが終わり2学期が始まった。
リナはモーツァルトの曲をレッスンして欲しいと、ヒロに頼み込む。
2学期からリナに英語を教える新しい教師を、ヒロは不審に思い始める。
そして・・・
ヒロがリナの彼氏になる時が来た。
次回 「 第13話 初めての彼氏(2008年) 」
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