第4話 婚約者選定パーティー 後編
「さて」
王子が厳かに口を開いた。
それに眉を顰めながら紅茶を一口啜る。
あ〜、人生は辛いよ。
しみじみと思う。
あの後突き刺すような視線から逃れるように必死で王子を追いかけた。
その途中誰かにドンッとぶつかった。そこまではいいのだ。ただ、思わずそこで悲鳴を上げてお尻から転んでしまった。は、恥ずかしい! しかもタイミング悪く振り返った王子とばっちり目が合った。心臓が止まるかと思った……。
そんな幕間がありながらも二人で庭園を歩き続けた。
もちろん、ロマンチックな雰囲気じゃなくて完全に追いかけっこである。漂うのは甘い空気ではなく置いていかれるかどうかの緊迫感。
私の二歩分が王子の一歩なんだけど。何だってそんなに王子は速く歩くの!? 足か。足の長さなのか!
自分の足と王子のとを見比べて目を疑う。
王子って確か私と同年齢よね? 七歳だよね?
七歳のうちから足の長さに格差が出ている……。あ、自分の胴長な体型に涙が……。
密かに足が短くなる呪いを王子にかけながら一心不乱に歩く。
あぁ、小説の登場人物に転生しても足の長さは変わらなかった……。
というように、苦労の末ここにやってきたというわけだ。
おぉ、綺麗〜。
思わず歓声をあげる。お茶会は清々しい、広く開放的なガゼボにセットされていた。鮮やかな紫のクレマチスがガゼボの上部に巻きつけられている。瀟洒だなぁ。つる性植物の女王だけのことはあるね。
額の汗を拭う仕草をすると、怪訝そうな目で見られた。
チッ、汗一つかいていないなんて。私が汗をかいているのは主にお前のせいだ。
そよそよと吹く風が心地良い。汗がすうっと冷えていく感覚が爽快だ。ふん、王子にはこの清涼感が味わえないだろうね!
それにしても、さすが王家。素晴らしい庭園をお持ちである。
ここはバラが有名らしい。王道の真っ赤なものや純白のものだけではなく、ボタンアイやリバーシブルのバラまで咲き誇るのだとか。王子に呼び出されなかったら見てみたかったなぁ。
何気なく周りを見回してみる。と、視界の端で何かが輝いたのが分かった。
これは……! 光の速さでバッと振り向く。なんと、ガゼボのテーブルには宝石のようなスイーツがずらり。
トロペジェンヌ、クロカンブッシュ、パリブレスト、ヌガー。
あぁ、なんて綺麗! 王子、連れてきてくれてありがとう!
一瞬で機嫌を直しかけたが、「ヤツに絆されるな〜」という脳内アメリアの声が遠くから聞こえてきた。
ハッ、危ない危ない。くらっとしかけた。お主、やり手だな!
……というか私の本性、気付かれている? もしやこれって餌付け?
王子の勘の良さに戦慄した。
小鳥が呑気に鳴いてる中、私たちはお茶会を始めた。
陶磁器のカップを置いた拍子に、ソーサーがカチャリと鳴る。
「えぇ、何でしょうか」
渾身のアルカイックスマイルを浮かべる。にっこり、にっこり。
今日はあの小説の重要な分岐点だ。まさに油断大敵である。
例え王子に私の本性がバレそうであろうが、警戒に越したことはないのだ。
婚約者にだけは、絶対にならないぞ。契約書が出てこようが頷かないぞ!
「分かっていると思うが、お前が婚約者になることはほぼ確定だ」
ぶっ!
もう一杯飲もうとした紅茶を吹きかけた。若干涙目になりながら飲み干す。
「申し訳ございませんわ、もう一度言ってくださいますか?」
やり直しを要求する。何かの間違いだよね?
しかし、きちんと聞き取っても結果は変わらなかった。
いや、いやいやいや。
「それは何故でしょう……?」
恐る恐る尋ねると、王子は意外そうな顔で眉を上げた。さしずめ「理由が分からないのか」辺りか。
悪かったな、理解力が乏しくて!
「公爵家で聖女の令嬢を王家以外に嫁がせるわけないだろう」
………………確かに。思わず深く頷いてしまった。ぐうの音も出ない正論です。
だが! しかし! 私には切り札がある!
私はふっと目を細め、不敵な笑みを浮かべた。悪役令嬢だからね、この表情は職人技並みだよ!
ハンナに反対されながら仕立てた扇子をバサリと広げる。そのまま口元が見えないよう顔の下半分を覆った。
対面する王子はわずかに警戒したようだった。
頭の中で鏑矢が放たれた。戦いの開始である!
「こんなことを申し上げるのもなのですが……実は私、とんでもないほど魔力が少ないのです」
そっと儚げに目を伏せる。ちらりと再び王子の顔を見上げて、眉を下げた。
涙よ、出てこい! くっ、なんでこんなときに涙腺は仕事をしないんだ!
私がちょっと転んだときにはすぐ余計な真似をするのに……。
クオリティが下がっていることに内心がっかりしながら言葉を重ねる。
「殿下もご存知でしょう? 私、聖女選定式ではとても弱々しい光しか出せませんでしたの」
「……」
「私の聖力では、とてもエリオット殿下には釣り合いませんわ」
私の狙いはここだ。『エリオット殿下には』なのである。
王家に嫁がなければならないのであれば、第二王子と婚約するのは妥協する!
小説では第二王子はちょっと、いやかなり単純思考だ。とりあえず、こいつよりは断罪される可能性は低そうだ。
それに、小説の展開とはちょっと違った感じになったら、もう私の勝利である!
まだ来ぬ未来を思って上機嫌。ふふ〜ん。
対する王子は難しい顔をしている。防御が固い。
「それに私、ある夢を見たのです。私達が学園に入学する年に、私よりも遥かに魔力の強い聖女が現れる夢を」
ぴくりと彼の眉が動いた。
「それが正夢という確証はないだろう」
「ですが、私幼い頃からよく夢で見たことが当たるのです」
これも聖女の能力の一つかもしれません――――と、囁くように言った。
嘘は言っていない。古代の文献を見れば聖女が次に来る聖女を予言した云々と書いてあった。まぁ眉唾物だし、私は前世の記憶から証言しているまでだけど。
これでどうだ! あと一押しか?
「王妃には能力の高い聖女の方がぴったりでしょう?」
その聖女が実は男爵家出身だなんて、この交渉においてそんな不利になることは口が裂けても言わない。にっこりと満面の笑みを浮かべると、王子は深々と溜め息をついた。
「あぁ、お前が王妃になることを厭っているのはよく分かった」
ぎくっ。小心者の私は一度目を逸らした後、そろりと王子の方を見た。不敬か。不敬罪か!?
「ただ、その夢は興味深いな……。一旦陛下へと持ち帰らせてもらう。いいか?」
一も二もなく頷く。か、勝った!!!
「あと聖女の仕事はそれでも果たしてもらうからな」
じろっと睨まれて縮み上がる。ひぃ、許して〜。
は、はいっ!不肖アメリア、精一杯努めてまいります!
「よし、言質は取ったぞ」
……………………え?
目の前に広がった不穏な笑みにピキリと身体が凍りついた。
しまった、心の中で言っていたはずが口が滑った!? いけない、私お貴族様向いてないかもしれない……。
そんでもってこの恐ろしい表情なに? にやりといかにも悪巧みをしている感じで口角上げているんだけど……。
せ、聖女の仕事を断るって選択肢はもともとあったの? でも言質って、こっちが引き受けない可能性がある案件だったってこと!?
あぁ、粗忽者の私には何が何だかさっぱりです……。
◇
急に味のしなくなった紅茶を飲み終え、お茶会を終えた私たちは元の場所へと移動した。
せっかくのスイーツが色褪せて見えてしまった……。王子、一体何を企んでいるの?
ぶるぶると内心震えていると、きゃっきゃうふふと楽しそうに幾人かの貴族令嬢たちが通り過ぎていった。
「やはりここの庭園のバラは素敵ですわね!」
「えぇ、満開で咲き乱れていましたわ!」
「シンメトリーな構造も素敵でしたわ」
称賛の嵐にうっとりとした声音。最早目が恍惚としている。どの令嬢たちも頬が紅潮していた。
うわあぁぁあ!!
私ものんびり庭園を見たかったのに!こんな怖い王子とのお茶会じゃなくて!
がっくしと項垂れる。ズーンと肩を落としていると、「聖女なのだから、王宮などいつでも出入りできるようになるぞ」と王子に慰められた。
そういう問題じゃ、ないっ!!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
もし「面白いよ〜!」と思ってくださった方がいれば、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆)で応援していただけるとものすごく嬉しいです!よろしくお願いします!
以下はこの後の令嬢たちとアメリアの会話。
◇
「そういえばアメリア様、エリオット殿下とどのように過ごしていましたの?」
目を輝かせるご令嬢たちには申し訳ないけど、火花を散らしていただけだよ。
とも言えないので、曖昧に微笑んでおく。
「聖女の任務についての件ですわ」
「えっ、では、婚約者には……?」
「まだ何も決まっていないですわよ」
きっぱりと言い切った。邪推はごめんだ!
ほっとしたようなご令嬢と残念そうなご令嬢が目についた。
そこのご令嬢、なぜそこで残念そうな顔をした……?




