月の石
文学フリマ東京42にて販売する月×クソデカ感情×SFオムニバス短編集「月からかえり君に会えたら」の第三話です。
佐藤家の人間は代々満月の夜に死を迎えていた。死の影をうっすら感じて生活をする俺はある夜月の石を肴に酒を飲むことにする。
うちの家系は代々、満月の夜に不審死を迎える。
ひい爺ちゃんも爺ちゃんも、父さんのおばさんも満月の夜に死んだ。
いつか俺も月の夜に死ぬかもしれん……、そう話していた父さんが死んだのは二年前の満月の夜だった。父さんは一人っ子で、うちは離婚もしているし、俺はただ一人、佐藤家の末代となった。父さんが死んでから、満月の夜に死ぬかもしれない、と俺も思うようになったのは当然のことだろう。
父さんは死ぬ前に満月の夜に不審死をする原因を探っていたらしい。昔で言う〝呪い〟なんかがあるんじゃないか、と自分の実家から持ってきたアルバムや家系図を見ていたこともあった。じいちゃんの友人に話を聞きに行き、何か手掛かりがないか探っていた時期もあったみたいだ。
父さんの呪い探しの結果は徒労に終わった。佐藤家の不審死の原因を突き止めることはできず、謎を解き明かせないまま父さんは死んだ。
父さんが死ぬ前に、一つだけ気になる事を言っていたのを俺は今、思い出している。
『呪いって言えば、でも、うちに代々伝わってるのはこの月の石くらいなんだよなあ』
父さんが話しているのはひい爺ちゃんの代から伝わる月の石の事だ。ひい爺ちゃんは月探査をしていた探検家で、何度も月に渡航していたらしい。ちょっとした遺跡を発見したりして新聞に載ったとも聞く。父さんも俺も実感は湧かないけれど、当時はかなり有名人だったという話だ。
そのひい爺ちゃんが持って帰ってきたのが佐藤家の月の石なのだ。
これは世間には秘密にしておかなければならないことなのだが、現在、月から何かを持ち出すことは全面的に禁止されている。月由来の外来生物種が地球にやってきたために、絶滅が危惧されている生き物も少なくないからだ。月から持ち帰ったものを高額で売買するなどして詐欺を働く輩も多く、犯罪が多発している。
そういった事情もあり、今は月から何かを持ちだしてくることは国際的に禁止されていた。規制が緩かったのは昔の話だ。うちにある月の石は外向きには無いことになっているのである。
ただ、爺ちゃんはその秘密の月の石を見ることが好きだったようだ。俺は爺ちゃんちに行ったときに、時折爺ちゃんが月の石を眺めているのを見ることがあった。何の変哲もない灰色の塊だが、身体が弱く宇宙に行けなかった爺ちゃんにとっては宝物だったのだという。
『博は大きくなったら月に行ってくれや』
爺ちゃんはそう言って、俺の頭を撫でた。
父さんは爺ちゃんから月に行くことを期待されていた。しかし、とうとう月に行くことはなかった。だから爺ちゃんは俺に未来を託したのである。
月に行けなかった父さんも爺ちゃんのように月の石を見ていた。親子二代に渡って、この月の石は特別な存在だったのだと思う。
そんな月の石に呪いがかかっているわけがないと、父さんもいつしか灰色の石を肴に夜一杯やっていることがあったようだった。どうしても踏めなかった未踏の地。それを象徴する石はきっと二人にとっては浪漫そのものだったのだろう。
俺はというと、爺ちゃん、そして父さんからの遺産として月の石を受け継いだのはいいものの、月の石を直視することができないでいた。
俺も月に行けなかったのだ。何度も受けた月探査チームの試験は全て落ちた。適性検査にパスすることはできず、俺は月に行く夢を諦めた。佐藤家の月の石を見るたびに胸が締め付けられ、俺は月の石を箪笥の奥に放り込んだ。
月への浪漫を失った俺は、次は自分だ……といううすら寒さに支配されていた。毎日、月とは関係ない仕事に行き、家に帰ってくる。夢を失い部屋は冷え切っていた。この部屋の片隅には月の石がある。そこには、何か得体のしれないものが宿っているんじゃないか、という不安感が襲う。いつ死んでもおかしくないかもしれない。そんな思いが毎日夜にのしかかっているのだった。
お前は三代目だ、とひい爺ちゃんに言われているような気がした。爺ちゃんや父さんと同じように、俺も月には行けなかった。
子孫が月の地を踏まなかった。そういう理由でひい爺ちゃんが月の石を通して呪っているんじゃないだろうか。そんな考えに取りつかれていた。
***
それはやはり、満月の夜だった。
無性に酒が飲みたくなった俺は缶チューハイを買って家に帰った。ワンルームで安い酒を飲みながら、俺は父さんのことを思い出し、それから月の石のことを思い出した。父さんは自分にじりじりと迫る死をどう感じていたんだろう。自分の姿を父さんに重ねる。なあ、月の石よ。お前は今、何を考えているんだ? そう思うと、俺は急に月の石と一緒に酒を飲みたくなった。
箪笥にしまい込んでいた月の石を取り出す。プラスチックのルースケースに入れられたそれを机に置いて眺めた。ごつごつとした灰色の表面に透明な粒が埋まりキラキラと輝く。本物の月の表面がどのようなものかは知らないが、これが月の石だと言われれば確かにそうだ、という佇まいだった。
親子三代踏めなかった土地はどんな場所なのだろうか。俺は月に思いを馳せる。きっとひい爺ちゃんは息子たちにその景色のすばらしさを知って欲しかったに違いない。だが、俺たちはひい爺ちゃんの願いを叶えることはできなかった。
──いつか俺も満月の夜に死ぬ。
そう思って、缶を煽った時だった。
突然、窓の向こうから目が眩むような明るさに襲われた。目を潰されるんじゃないかと思うような激しい光が窓全体を覆った。突然のスポットライトに俺は腕で目を隠した。車のライトにしては大きく、火事にしては突然だった。そして、それは音もなく光ったのである。
窓の外から声が聞こえた。
『月の石を見つけました』
声は俺の頭の中で響いた。飲み過ぎたか? あるいは、幻聴か?
『幻聴ではありません。私はあなたが持っている月の石を取り戻しに来たのです』
「取り戻しに……?」
『本来ならば、この地球にはあってはならないものでした。私たちはこの百年あまり、それを探していました。感じるところによると、その石は何人か殺したようですね』
声が残念そうに頭の中で響く。
「殺した……? 父さんの事か? やっぱり、──呪いがあるのか?」
非現実的で、神秘的な状況が俺を襲う。酔っているのも手伝って、俺は突如現れた未知の存在に問いかけていた。
『いいえ。呪いなどありません。強いていうなれば呪いかもしれませんが。この呪いは呪術的なことではなく科学的に引き起こされた現象です』
「なんだって?」
『その月の石は満月の光に反応して毒を発生させる装置として生み出されました。百年ほど前に人類を懐柔するために私たちが月に保管していた兵器です。でも今は、地球との戦争の火種になるもの。それを恐れて、私たちはその石を探していたのです』
月明かりに反応して毒を発生させる装置だって? 声の言葉を聞いて俺は半信半疑だった。だいたいこれは何なんだ。俺は今、何と会話している?
しかし、俺の頭の中で何かが繋がっていく気がしたのも事実だ。
満月の夜、父さんは月の石と共に晩酌をしていたのかもしれなかった。爺ちゃんも月の石と満月を眺めたのかもしれない。
確かめることはできないが、俺はその光景をありありと目に浮かべることができた。決して踏むことのない。それでも目が離せない月への憧憬、悔恨。今夜の俺も同じだった。
『月の石は返してもらいました。あなたの前に現れることはもうないでしょう』
それが声の最後だった。窓の外の光はだんだんと弱まり、やがて元の静かな夜に戻っていた。
俺は窓を開けて外を見渡す。遠くでビルの明かりがちらちらと光っているだけである。
机の上から月の石はなくなっていた。
俺は呆然として、しばらく立ったまま、ただ満月を見ることしかできなかった。
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