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Keep Going !

文学フリマ東京42にて販売する月×クソデカ感情×SFオムニバス短編集「月からかえり君に会えたら」の第二話です。

月探索ロボット・モンドは月へと旅立った。制作者である博士はモンドについて思いを馳せる。

「私も月に行ってみたかったわねえ」


 研究室の窓から満月を眺めながら私はほう、とため息をついた。空は月明かりで真っ暗なのに澄んでいる。優しい光明がこの研究所を照らしているのを見て、私の気分は良くなった。私はこうして月を見て過ごす時間が好きなのである。


 すると、月に行くことができるのは四十歳未満の人間に権利があります、と返事があった。


「あなたは六十七歳です。月に行く権利はありません」


 私の言葉に反応したのはロボットのモンドである。博士はそれも理解しているはずですよ、とモンドは呆れたように首を横に振った。モンドは今、人型を取っており、私の休憩のお茶に付き合って月を眺めているのだ。『いい仕事をするには心身の健康から』をモットーにしている私は他人曰く〝結構な頻度で〟休憩をとる。でも、モンドはそれについてはお小言を言わない。


「そんなことはわかっているわよ、言われなくても。お前は人の気持ちがわからないわね」

「すみません。以後失礼な発言がないように気を付けます」

「そうお願いしたいものね」


 私は月探査チームの研究に携わっている開発者であり、研究をし始めてもう四十年になる。六十歳の大台を過ぎても研究室に残り、月探査の研究に情熱を傾けてきた。


 私はかつて月に行きたかった人間だ。宇宙飛行士になるのが私の夢だったのである。ただ、研究室にいる間に結婚したり、不妊治療をしたり、離婚したりして、結局月に行くチームに応募することはできなかった。月の夢を見たまま、私は先日六十七歳になった。モンドが言う通り、もう月に渡航できる年齢ではない。


「でもお前が月に行ってくれるから私は嬉しいわ」


 今は人型をとっているモンドは月の研究のために作られたもので、これから月の探査チームを補助する予定のロボットだ。二足歩行型、四足歩行型、球体型の三つの形態を自ら選択してとることができる。ごつごつとした月の表面を進むことだけではなく、人間と同じように作業もできる高性能なロボットである。月の一定の地域での無人探査を進めるために試行錯誤した形態で、私が作り続けてきたロボット達の中でも最高傑作ともいえた。


 今は調整の最中だ。私の整備とニュアンス設定によってモンドが月で活躍できるかどうかが決まる。私は研究の成果がでる最後の局面だと思っていた。


「私も博士と同じ気分だと思います。私は月に行くために作られたロボットなのですから」


 高度な思考補助性能を与えられるために、モンドは孤独な老人と──つまり、開発責任者である私と──生活をさせられている。一緒に暮らし始めた当初、モンドと私のやり取りは悲惨なものだったが、最近は言葉遣いやコミュニケーション技術、ウィットに富んだ会話内容を学習して今やこの通りだ。パターン化された内容だけでなく、思いがけない珍回答が返ってくることもある。私に対する皮肉が飛んでくることもしばしばだ。


 長年の一人暮らしに慣れていた私にとっては久しぶりの感覚で、私はモンドと会話することが楽しみになっていた。


「モンド、月に何か持って行きたいものはある?」


 私の問いかけにロボットがぎこちなく首を振る。


「博士は甘納豆を持っていきたいのでしょうが、生憎、私は何を食べることもできません」

「食べる話はしてないじゃない」

「博士は先日、最新の宇宙食についてお話をされていましたね。その記憶があったので、私は食べ物について答えたのです」

「そんなことまで覚えているなんて、あなたは優秀だわね」


 この抜群に勤勉なロボットとやり取りをしていると、私にはもうこれ以上のロボットは作れないのではないか、と思うことがあった。性能としては最高傑作。それに加えて、モンドのコミュニケーション能力のしなやかさは私でも舌を巻くことがある。これからさらに老いていく私は、今のモンドを育てたような明るさで、再び次のロボットを育てることが果たしてできるだろうか。


「博士が気になる宇宙食については、共に月に渡航するスタッフたちから話を聞かせていただく予定です。そのほか、私が月から戻ってきた時に、月の生活のお話もさせていただきます。月の情報を持ち帰り、後任に受け継いでいくことも私の役割ですから」


 モンドは身振りを交えて私に言った。月での仕事に使命感を持っているらしいモンドを私は誇らしく、惜しくも思った。


 ***


 一か月後、モンドは私の元から月へと旅立っていった。騒がしかった相棒がいなくなったことで、私の隣はがらんとしている。家に帰っても話す相手もおらず、研究所にある特別宿泊施設を借りて私は研究室に詰めていた。


 私は月探査チームからのデータを回収して、日々地球でサポートにあたっているのだからちょうど良かった。センチメンタルな気分に浸っている暇はない。


 今は業務がひと段落してコーヒーを飲みながら月を眺めているところだ。仕事も大事だが、休憩も必要。モンドのようにお茶に付き合ってくれる人はいないが、私は変わらず休憩を〝結構な頻度〟でとっている。


 モンドを伴う月への着陸はひとまず落ち着き、チームで手分けをして、月探査の準備を進めているところらしい。到着後の報告からモンドは無事、月で活躍できていることが分かった。博士が有能なアシスタントを作ってくれたおかげです! と渡航した後輩は遠隔で私に話す。


 月の環境はやはり過酷で、私たちのように脆いたんぱく質では耐えられない場所があるのだという。月の上でモンドは今、人間が入り込めない危険地帯での作業に従事しているのだ。細かな月塵、急激な温度変化、起伏の激しい地面。人間の足ではたどり着けない場所でも、あらゆる環境に適応するように設計したモンドは何処へでも進むことができる。


 私はモンドが地球に戻ってこないことを知っていた。ロボットの作業場所は人間が立ち入ることができない裂溝や寒暖差の激しい地域、特殊な化学物質が噴き出している場所と決まっていた。私たちが踏み入れることができない場所に行くために、モンドは作り出されたのだ。彼をどんな場所でも歩み進める形に設計したのは私だ。


 モンドはきっと行ったきりだろう。どこでロストするともわからない。何が彼の身体を侵すかもわからない。モンドは月で朽ち果てるまで過ごすのである。


 地球に帰ってきてから月のことを話す、というモンドの約束は守られることはないに違いない。それを彼に知らせずに月に送り出してくれたことに関して、私は少し罪悪感があった。


「ここにいましたか! 探しましたよ」


 地球技術者の一人が私の元へとやってきた。先ほどモンドからのメッセージが届いたというのだ。ラボにいなかったため、技術者は私を探しに来てくれたらしい。


『こんにちは。博士。元気ですか? 私は万事順調に上手くやっています』


 通信は先ほど切れてしまったらしいが、動画でモンドのことを残してくれたらしい。少しノイズが入った動画にはモンドと共に月探査メンバーが集まっていた。モンドは中心で手を振っている。動画の中で、モンドは大活躍していて、仲間からの信頼も厚く、月をエンジョイしていることを話してくれた。


『ところで、私は再び博士には会えないと思います。ここは危険地帯です。ここに入った者は地球には戻れません。私はそれを聞いてびっくりしましたが、それもロボットの宿命だと思っています』


 モンドが表情も変えずに流暢に言葉を紡ぐ。私はモンドに返事をしたかった。しかし、録画された動画に話しかけても無駄だ。相槌を打つ相手もいないのにモンドは私への感謝の言葉を紡ぎ、それから月での生活を配信しますよ、と小気味よく話した。私と暮らしているうちに大変なおしゃべりに成長していたらしい。


『最後に、博士と一緒にいる職員さん。後任のロボットによろしくお伝えください。博士の好きなものは甘納豆です。コーヒーを飲むときは用意してあげてください』


 それではまた今度、と言ってモンドからの通信は終わっていた。


「甘納豆でもどうですか」


 職員が私に個包装の甘納豆を渡す。モンドは私がしばらく開発室にこもることを予測して、甘納豆をストックしていたようだ。私はパッケージを受け取る。口の中に入れた豆の甘さは疲れた体にじんわりと沁みた。


 ──後任によろしくお伝えください、か。


 モンドは私がまたロボットを作ると思っているに違いなかった。モンドの後任なんて、私が作らなければ後にはいないのだから。


 彼の期待に応えるためにもう一仕事してみるか。


 私は身体の中からエネルギーが湧くのを感じながら開発室へと戻ったのだった。

お読みいただきありがとうございました!

いつも閲覧、評価ありがとうございます!

とても嬉しいです~☺

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文学フリマ東京42にて書籍版を販売します。
WEBでの公開分+あとがきになります。A5サイズ、90P、口絵あり、空押し加工。フライトタグのノベルティつき。会場価格1000円。
詳細はWEBカタログを参照ください。気になるボタン大変励みになります!
イベント終了後、BOOTHにて通販を行います。入荷通知ボタンを押していただけますと、入荷お知らせが届きますのでよろしくお願いします。
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