月の墓標は君の目印
文学フリマ東京42にて販売する月×クソデカ感情×SFオムニバス短編集「月からかえり君に会えたら」の第一話です。
十七歳で死んだうららは自分の財産を使って月の墓地を買っていた。その墓参りのために私は月へと降り立つ。
月に埋葬された恋人を思う回顧録です。
『死んだら月に埋めてもらえるんだ~』
そう言って十七歳のうららは死んでしまった。家で療養するばかりの毎日で、高校も全然行かないままだった。
小さいころから一緒に過ごしていたうららを失った私は泣いた。うららの葬式で棺の前でくずれおちた私を支えてくれる人は誰もいなかった。うららがいなくなって、私は一人だった。
私は子供の頃から感情を露わにすることが下手でつまらない人間で、物心ついた時に私の傍には誰もいなかった。私とうららが出会ったのは奇跡に近いことだと思う。
私が滅多に食べないケーキを食べて嬉しかった時も、見慣れない漫画を一緒に読んで唖然とした時も、必ずうららが傍にいて笑ってくれた。家庭に押しつぶされそうになっている私の身体をしっかり支えてくれるわけではなかったけれど、私の隣にいたのはいつもうららだった。
これはうららが死ぬ前に聞いた話だ。彼女は両親から受け継いだ莫大な遺産をすべて使って月に埋まる権利を買ったのだという。余命宣告を受けていて遺産を残すような身寄りもなかったうららは最後に自分自身のために盛大な贅沢をしたわけだ。
月の墓地を買うためには一般家庭のサラリーマンが四回くらい生まれ変わらないと稼ぐことができないほどの金額が必要らしい。簡単に高い金を出せるうららの家と一週間に白いご飯を一回食べられるかどうかの私の家の環境の違いに呆然としながら、遺産を半分私に残して私も月に埋めてもらえるようにしてくれればよかったのに、と私はうららに恨み言を言った。
私はうららのために生きていて、うららの願い事を全部叶えてあげていたのだ。遺産目当てでうららと一緒にいたわけじゃないのに、口から出たのは金の話で笑えた。そんな私の言葉を聞いたうららは親族じゃないからねー、と至極まともな返事をした。
うららが死んで、私は急にすることが無くなった。大学進学も無為に過ごしていたけれど決まり、大学に行っても感慨もなく授業を受けるだけだった。私は今までの人生の中でほとんどできないことはなかったから、黙って手を動かしているだけで生活を難なくこなすことができたのだ。奨学金の返済と家計を助けるためだけの就職進学だった私は何の情熱もなく家と大学を往復する日々が続いた。
だけど、うららが埋まっている月にいつか一緒に埋まることができるならば、それを生きる目標にしてもいいんじゃないかと考え始めたのだった。
「恭ちゃんはなかなか死ななさそうだねえ。自殺って柄でもないしね」
うららが神妙な顔をして私に言ったことがある。彼女のいうとおり、私は貧困家庭でもしぶとく生きてきたし、自殺をしようにも奨学金の返済を終えないと死ねないだろうな、と思っていた。弟もいるしね。
うららの予想は当たって、私はきっとうららよりずっと長生きするのだと思う。
うららのお葬式が終わってから、私は死んだうららに会うためにライフワークバランスを崩すぐらい働いて働いて働いた。そして、どうにか月の地面を踏むくらいのお金を稼ぐことができた。うららが死んだ時と比べて、月への渡航費はかなり安くなったけど、それでも一般庶民にはなかなか手に届かない金額だ。その金額を稼いだ私をうららは褒めてくれるだろうか。
私はうららの墓参りのために月へと飛び立った。この渡航が終わったら次にうららに会えるのはいつだろう。若い頃よりも給料が上がっているのだから、もっと短い期間で墓参りに来られたら嬉しいんだけど。まだ月についてもいないのに次の月渡航のことを考えながら、私は地球の引力に逆らって月へと向かう力に耐える。
地球から見ていた時は黄金色に輝いていた月は実際に立つと灰色で濁っており魅力的なものではなかった。まん丸で栗きんとんみたいだねえ、と目を輝かせていたうららはがっかりしなかっただろうか。二人で買ったペアのペンダントもゴールドだったけど、本当はシルバーを購入した方が本物の月っぽかったかもしれない。今度来るときは新しいペアアクセサリーを探してみよう、と私は思った。
ごつい宇宙服を着て、私はうららが埋まっている墓地へと浮遊する。殺風景で無機質な月の墓地の一角にうららは埋まっていた。墓石はなく、ただ地面に掘られた穴に骨が埋められているのだという。名前が刻印されているが月の表面は削られやすいのかもしれない。最初よりもフォントがいくらか変わってしまったんじゃないだろうかというくらい、うららの名前の文字は掠れていた。
一面の砂地はただの月の表面のようにも見えて、墓地という雰囲気は感じられない。おとぎ話で語られるようなおどろおどろしさはなく、ただ静謐な空間がそこにあり、私は自分のため息が聞こえる宇宙服の中の音だけを聞いていた。
生きているうちにうららが月に来ていたらどんなことを言っただろう。私なら月と言われてこんな殺風景なところに来たら文句ばかりが出てしまいそうだが、何でも悪く言わないうららならきっとポジティブな言葉を口にするに違いない。
『月って結構広かったねぇ』
そう言いながら双眼鏡で周囲を眺めるうららの声を聞いた気がした。
手向ける花もなく、私はうららを思って少し泣いた。
***
地球から輝く月を見上げる時、私はいつもうららのことを思う。彼女は月のだだっ広い灰色の地面の一角に埋まっている。空に月が浮かんで見える時、私はうららのことを見ているのである。
『見て見て、私のお墓、すごく大きいでしょ?』
そう言って笑ううららのことを思いながら、私はまた月に行くためのお金を貯めているのだった。
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