星座のおはなし
シンはあくびをかみ殺した。
見通しのいい丘の斜面を、荷駄を積んだロバ2頭を引いて歩く。丘の向こうはやっぱり丘で、その向こうも丘で……夕暮れ時を過ぎれば景色は影絵となり、動くものもない。
「退屈か?」
ロバを挟んで反対側を歩くアロウの声が降ってくる。
暗闇だというのに、赤い瞳には全部見えているのだろうか。シンは慌てて背筋を伸ばす。
「お、おかしいよね。町の中に比べたら危ないのに退屈だなんて……」
「警戒は俺がいる間は気にしなくていい」
慌てて言い訳をするシンに、意外にやわらかい声が届く。
そのやわらかさがいつ失われるかと、シンは気が気でない。思わず心配事が口をついて出た。
「……ボク、ぜいたくになっちゃったのかなあ。前は退屈なんて思わなかったのに……」
「命の心配がある時に退屈なんて感じないのは当たり前だろ」
間髪入れずに返ってくる返事に見上げれば、気づかわし気な赤い瞳と視線が交差する。シンはなぜか思わず目をそらしてしまった。
町で行き会う人はシンをまるで物のように無視したり、ごみでも見るような眼をするだけだ。こんな目で見つめられたことはない。
思わず頬がかっと熱くなった。
うつむいてしまったシンに、アロウは別の話題を振ることにする。
「……退屈ならおはなしでもしようか」
「なにの話?」
「そうだな……『星座のおはなし』はどうだ?」
「セイザ??」
どうやら『星座』はシンの知らない単語らしい。
「星の話だよ」
アロウは天を指し示す。
「……星ってこう、ぐるぐる回ってるよね。でもキラキラしてるだけで代り映えしないし、たべれないし……」
『たべれない』という評価にアロウは噴き出した。
シンにとっては実用的な基準なのだろうが、つい空の星をかきあつめてつまみ食いする姿を想像してしまった。
「大事なことだよっ」
「……そうだな」
笑いをかみ殺してアロウは話を続ける。
「星が回ってるのには自分で気づいたのか?」
「暇はいっぱいあったからね」
つまらなそうにシンは言う。きっと寒さに震える夜も多かったことだろう。
「中心に近い星はほとんど動かないのはわかるか?」
「知ってるよ。明るい星がいくつかあるあたり」
そう言ってシンは天の極を正確に指し示す。
「うん。あれらは動かないから、旅の目印になる星だ。目立つ星には、昔の人がつけた名前がそれぞれある」
「名前、あるの…?覚えるの大変そう」
シンは眉を寄せる。
空には無数に思えるほど星があって、それを覚えてみようなどと考えたことはない。
「そう。だから星を繋いでわかりやすい形で覚える。それが『星座』だ」
たとえば、と言ってアロウが天に向かって指で図形を描く。
「あれは"子犬"」
「……どこが?」
「星が多い部分が胴体で、足がこっち…だろうな」
「適当じゃん」
「そう言われてもな…昔の人が決めたことだし、色々由来があるんだ」
「由来?」
「そう。どうして子犬が星になったのかって話がある。星座の数だけ物語があるから、知らないなら暇つぶしに話そう。名前や話を知りたい星はあるか?」
そう聞かれて、シンは夜空を改めて眺めた。
青い星、黄色い星、赤い星…明るいのも細かいのもたくさんある。
全部にお話があるなら…たくさんアロウの話を聞いていられる。それは退屈しなさそうだ。
「じゃあね、えっと、あの青くてきらきらのところ!」
「あれはひよこの群れとか言われてる」
「どんなお話?」
「それは確か……」
代り映えのしない景色の中、アロウの指先が天に別の景色を描き出していった。




