パトリック・ブルックスの選択‐三
アレクシスを迎え入れて、三か月が経っていた。
自分と似た境遇だという意識からか、ヴィタとアレクシスは、程なくして仲良くなっていった。
近頃ヴィタは、パトリックをお父様と呼び、ノエルのことをママと呼んでいた。
アレクシスはまだ『パトリック様、ノエル様』と呼んでいた。
しかしこの間、アレクシスがうっかりパトリックに向かって『お父様』と呼んでしまった。
そのことを思い出し、パトリックはふふっと笑った。
お茶を入れに来ていたノエルが「ご機嫌ですね。」と楽しそうに笑っていた。
―――
翌日の昼過ぎ。
何事もないかのような顔で、ノアは出されたお茶をすすっていた。
――その横には、三、四歳くらいの女の子がきょろきょろと部屋を見渡していた。
部屋の外で、パトリックが頭を抱えた。
「昨日の仕事終わりに、早馬が来たかと思えばっ……!」
なんで、みんな私の元に、幼子を連れてくるんだ!
と、ぶつぶつと文句を言うパトリックを「まあまあ、お話だけでも聞きましょう?」と宥めるノエル。
『十中八九、用件は一つだろうな』とため息を吐きながら、パトリックは部屋に入った。
―――
「こいつは、俺の隠し子だ。」
「えっ!?」
「……はぁ。真顔で嘘を言わないでくださいよ。ノエルが信じるじゃないですか。」
平然とした声で、とんでもないことを言うノアに、ノエルが声を上げた。
パトリックは、「ノアってたまに、変な冗談言いますよね」と聞き流していた。
「宿舎の前に、こいつが座っていてな。持っていた紙に“貴方の子です”とだけあったんだ。」
「……そうですか。なら、ノアの子ですね。面倒見てあげてください。」
「もう!パディ様までっ!!」
ノアの冗談に乗るパトリックに、ノエルは語気を強めた。
パトリックは、お茶を一口飲んだ後、口を開いた。
足がつかない椅子の上で、足をばたばたと動かす少女。
ノエルが、女の子の元へ近寄る。
「初めまして、私はノエルって言います。貴方のお名前を、私に教えてもらえますか?」
女の子はにこにこと笑いながら、こくりと頷いた。
「ゥルジュです!さんさいです!」
「ルジュちゃんですか?」
「ゥルジュ!」
女の子の名前が上手く聞き取れなかったノエルが何回か、女の子に尋ねた。
返ってくるのは、同じ名前ばかりで、ノエルは困り果ててしまった。
パトリックが「もしかして」と、女の子に尋ねた。
「……オルジュ、ですか?」
「ォルジュ!」
オルジュは、一際うれしそうに返事をした。
「当たりみたいですね。」
ノエルは、パトリックに向けていた顔を、オルジュに向き直る。
「どこから来ましたか?」
「あっち!」
オルジュは、扉を指さした。
「……頭の柔軟性は、抜群ですね。」
パトリックは、感心したように「たしかに、扉から入ってきましたね」と、扉を見た。
ノアは、隣に座っているオルジュを見下ろした。
「何回か似た質問をしても、同じ答えしか返さなかった。」
ノアは「ある種の才能なのかもしれない。」と続けた。
「こいつの柔軟さを活かせられないか、と思って訪ねてみたんだ。」
お茶に映る自分を見て、ノアは自傷気味に笑った。
「……魔道士なんて頭の固い奴らばっかりだからな。……俺を含めて。」
そしてノアは、またお茶に口をつけた。
凝り固まった考えの人間に囲まれて生活をするより、パトリックに預けた方がマシだと判断したらしい。
――おそらく、アーリヤやカイルから、子供たちを預けたと聞いたのだろう。
まったく、人を託児所か何かと勘違いしてるのではないか?
「だから、預かれって話ですか。」
「……それもあるが、こいつの母親がどんな奴か気になってな。」
――なるほど、調べろということか。
ノアの言葉に、パトリックが持っていたカップから、ぴしりと音が鳴った。
「私も、暇じゃないんですけど」と言いかけたパトリックの言葉は、
ノアの「これからが、本題だ。」というセリフにかき消されてしまった。
ノアは、分厚い紙の束を机の上に置いた。
紙に書いてある言葉を読み上げるパトリックとノア。
「「魔力を媒体にして、子を成す研究と成果について……?」」
パトリックとノエルが、同時に顔を上げ、ノアを見た。
「そうだ。」
ノアは短く頷くと、カップをテーブルに置き、足を組み直した。
―――
「面倒な説明は、なしだ。」
ノアは、付箋がある資料を抜き取り、指をさした。
「端的に言うと、母胎に特殊な卵巣を作る。精子の代わりに、魔力を特殊な卵巣に着床させる。」
ノアが、線が引いてある箇所をとんとんと、指先で叩いた。
「これなら理論上、同性同士で子どもができる。……はずだ。」
ノアの話を聞いて、パトリックとノエルは顔を見合せた。
――私もノエルも、口には出さなかったが、よく想像をしていた。
目元が似てるね、なんて話をするんだろうか。
性格は貴方譲りですね、みたいなことも言い合うんだろうか。
それは、ずっと想像の中だけの話だった。
けれど――もしかして、それが現実になるのかもしれない。
二人揃って、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
オルジュが、二人を見て「まっかだぁ!」と大はしゃぎしていた。
「あくまで“理論上”の話だ。なんせ、サンプルなんてものは、ほぼない。」
ノアが再び、足を組み直した。
「でも、気になる話だろ?」
ノアは目を細め、にやりと憎たらしい笑みを浮かべた。
――サンプルになれ、ということなのだろう。
パトリックは、隣に座りなおしていたノエルの手をそっと握った。
「……試してみても、いいですか。」
ノエルは、潤んだ瞳を拭うと、パトリックの手を握り返した。
「……もちろんです!」
見つめ合う二人を見て、ノアは「お熱いことだ」と声を漏らし、ぬるくなったお茶を飲み干した。
オルジュはノアに「ぎゅっとする?」と聞きながら、彼の太ももを握っていた。
――希望の蕾が二つ、ブルックス家に来た日だった。
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