アーリヤ・ガルシアのけじめ
体調不良のためしばらく更新止めます。
パトリックはノエルと共に、自身の仕事をこなしつつ、着実に結婚式の準備を進めていた。
結婚式、五日前。
アーリヤから『明後日の夜、少し二人で話さないか』と連絡があった。
……いつも告知もなしに、勝手に来るのに……珍しい。
パトリックは、ノエルと父に一言断りを入れ、アーリヤに『わかりました』と返事を出した。
―――
結婚式、三日前。
約束通り、夕方過ぎにアーリヤが「やあ」と軽く挨拶をしながら、ブルックス家にやってきた。
「……伝えたいことがある。」
「二人だけになれないだろうか。」
アーリヤの真面目な顔に、調子が狂うパトリック。
ちらりと、ノエルを見た。
少し難しい顔をしたが、ノエルはこくりと頷いた。
「……長く時間は取りませんよ。」
「もちろんだ。」
「……わかりました。場所を移しましょうか。」
アーリヤとパトリックが、幼少期によく使っていた客間に移動した。
学園に入ってからは、ほとんど使われていなかったが、メイドたちが掃除をしてくれていたおかげか、
部屋は、当時のままだった。
夕日が地平線の向こうに沈んでいく。
「懐かしいね。ここでいつも、勉強し合ってたね。」
「そうですね……毎日、王子が来るからって、わざわざ増築したんですよ。」
明かりもつけず、薄暗い部屋で、何気ない会話で、花を咲かせる。
そして、会話が途切れたかと思うと、ぽつり、アーリヤが話し出した。
「今日はね、けじめをつけようと思って来たんだ。」
「けじめ、ですか?」
「うん。」
そう言って、アーリヤは、パトリックの前に膝まずく。
突然のことに、パトリックは何事だと焦る。
「君と出会ってから今日まで、僕の気持ちは変わらない。」
アーリヤが、小さく息を吸う音が聞こえた。
一度、視線を落とす。
「君を愛してるんだ。」
その声は、微かに震えていた。
――パトリックにとって、アーリヤの言葉は青天の霹靂であった。
……いや、ずっと「婚約しよう」と言われ続けていたので、突然のことではない。
パトリックにとって、あまりにも日常すぎて、アーリヤの本気を見誤っていた。
「(そうか……この人は、ずっと私を好いてくれてたのか)」
どうせ、聖女が現れれば、そちらを好きになるだろう。
――夢の中の未来では、そうだった。
また裏切られるのが怖くて、アーリヤの気持ちは偽りだと、自分の中で決めつけていた。
パトリックは口を開けるが、言葉が出てこない。
思考がまとまらない。
――答えは、とっくに決まっているのに。
「……王子は、」
やっとの思いで出たセリフが、静かな部屋の中に落ちる。
「私が、お父様に叱られて泣いてる時に“愛されている”と言いましたね。」
「……そうだね。」
「あの時、初めて“愛にも種類がある”と知ったんです。」
「……うん。」
パトリックは、アーリヤの両頬にそっと触れた。
「貴方のおかげで、わたくしは同じ過ちを犯さずに済んだ。」
パトリックとアーリヤの目線が合う。
――アーリヤが八歳の誕生日の時。
あの日、アーリヤの心を奪った、笑顔の少女がいた。
「ありがとうございます。」
感謝の言葉は、恋への返事ではなく、 彼がくれた“愛の形”への礼だった。
――ほころび始めた花は、今や満開である。
パトリックは、アーリヤを立たせた。
そして、次は自分がアーリヤの前に片膝をついた。
「私は――パトリック・ブルックス。
国の繁栄のため、我が王アーリヤ・ガルシアに忠誠を誓いましょう。」
月明かりが部屋を照らす。
この誓いが、パトリックにとっての“けじめ”であった。
「……大義である。」
小さく息を吐く音が、パトリックの耳に届いた。
その時、扉がノックされる。
「お部屋が暗いでしょうから、明かりを。それからお飲み物もお持ちしました。」
ノエルの声だった。
いつも通りの穏やかな声。
その声に返事をしたのは、アーリヤだった。
「いや、要件は済んだから、もう行くよ。」
自ら扉を開け、「忙しい中、時間を作ってくれて、ありがとう。」と挨拶をし出ていくアーリヤ。
パトリックとノエルは、アーリヤの背中を見送るだけだった。
―――
王城に着くと、カイルとノアが立っていた。
「どうしたんだい?二人とも。」
「落ち込んでるだろう幼なじみを、慰めに来たんだよ。」
「父上の酒庫から一本、拝借して来たぞ!」
意地の悪い笑みを浮かべるノアと、酒瓶を掲げているカイルを見て、アーリヤは小さく吹き出した。
「レオニール師範に叱られても、知らないよ。」
「何言ってるんだ!共犯だろ!?」
「いいから、早く部屋に行くぞ。」
「つまみも持ってこれば良かったな!」
「厨房で何か頼めるんじゃないか?」
と、言い合いながら、先を歩く二人。
アーリヤは、その後ろから、ぽつりと「ありがとう」と呟いた。
「「おう。」」
ノアとカイルは短く返事をした。
アーリヤの頬に伝う涙を、知らぬ振りをした二人だった。
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