聖女テイラーの暴走‐六
カイルの万年筆が落ちていたこと以外は、何事もなく勉強会が終わった。
――そして、この日を境に“勉強会”と称して、テイラーを含め攻略キャラたちが生徒会室に集まるようになっていた。
……この日もテイラーは、自分がパトリックから嫌がらせを受けているかのように振舞う。
前もって夜に、自分のノートに、大きく落書きをしていた。
勉強会の時に見た、パトリックの字をなるべく真似て書いた自信作だった。
『不愉快』
『馴れ馴れしい』
『目の前から消えて』
パトリシアが、ゲーム内で言っていたセリフだ。
これを攻略キャラたちに見せれば、心配してくれるはず!
パトリックが「飲み物を取ってきます」と、ノエルと一緒に席を立った後。
誰も自分を見ていないことを確認したテイラーは、
パトリックのカバンからノートを取り出すフリをした。
そして、テイラーは明るい声で話し出した。
「そういえばぁ、わたしパトリシアさんにノート貸しててぇ!」
念の為、ノートを取り出した後の姿をみんなに見せつける。
みんなが、ちらりとテイラーに注目した。
テイラーの中で、期待が膨らむ――
――脳裏に、理想の展開が浮かび上がる。
『きゃっ!ノートに……!』
『この字は……パティの文字?……なんでこんな酷いことを……?』
『醜いな、トリシア。』
『お前には失望したぞ。パット。』
『テイラーに謝ったらどうだ?』
怒りに満ちた顔をパトリックに向ける攻略キャラたち。
その後ろで、テイラーはくすんくすんと涙を流していた。
「(我ながら、なんて完璧な作戦っ!)」
――妄想の中では、テイラーの作戦はうまくいっていた。
テイラーはノートを開き、「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。
ぱらぱらとノートが開かれ、落書きされているページが開かれた。
何事だと後ろから覗き込む攻略キャラたち。
「これは――」
アーリヤが呟いた。
かかった!とテイラーは手で、にやけている口を隠した。
「独特の解釈だね、その訳。」
「……へ?」
テイラーが振り向き、アーリヤを見た。
「国外語の訳だよね?」
否定を許さないような声。
アーリヤは、威圧感のある笑顔を見せた。
――書いてあった教科が国外語のノートだったのが、いけなかった。
多少無理はあるが、書かれていたのが『訳文』だと判断されてしまった。
「ここは……解釈が分かれるところだよな。」
ヘーレーが「わかるぞ」と声をかけた。
「この訳は無理があるぞ。」
ノアが、トントンとノートを指さした。
「力強く書いてるな!」
眩しい笑顔を見せるカイル。
――その時だった。
「誰にも見られなくて良かったですね、ノエル。」
「もうっ!パディ様ってば!」
いたずらっ子のような顔のパトリックと、真っ赤な顔のノエルが戻ってきた。
二人の間に、ふんわりと艶っぽい雰囲気が漂っていた。
少し殺伐とした空気に気付いたパトリックが、「何かありました?」と尋ねた。
テイラーの肩がびくっと跳ねた。
「何もないよ!」
テイラーが声をあげる隙さえ与えず、アーリヤは笑顔で答えた。
「(えっ、えっ、わたしの頑張りがなかったことにされた……?)」
現在の状況にまったく理解が追いつけていないテイラーだった。
―――
幸運にも、テイラーの元に再びチャンスが訪れた。
「皆さんも飲みますよね?」
ノエルがカップにお茶を注ぐ。
パトリックがそれを配ろうとしていた。
「(神様は、わたしを見捨ててなかったわ!)」
テイラーは、急いで作戦を練り直す。
足りない時間で考えた作戦は、こうである。
――パトリックからお茶を受け取るフリをして、わざと自分にかける。
――『そんな、わたしは受け取ろうとしただけなのにっ!』
迫真の泣きの演技をするテイラー。
『テイラーが何をしたっていうんだ、パティ!』
『テイラーをあまり困らせてはいけないぞ、パット』
『トリシア、テイラーに早く謝罪しろ。』
『なんて愚かなんだ、パトリシア嬢……』
顔を真っ赤にして、泣きながら生徒会室を出ていくパトリック。
ノエルが『私が間違っていました、今からでもテイラーさんを、親友と呼ばせてもらえませんか?』と縋ってくる。
「(……よしっ、これしかない!)」
――これは、ない。
いつの間にか、テイラーの中で、自身の名前呼びが設定に追加されていた。
どこまでも、目の前にいる攻略キャラたちの好感度を無視した作戦であった。
「……わたしも、飲み物いただきますぅ!」
猫なで声で、パトリックからお茶を受け取ろうとして、少し手前の空間を掴む。
一瞬、「(熱いの嫌だな)」と脳裏によぎった。
だが、主人公になるために仕方ないとテイラーは割り切った。
『ガシャンッ』
――音は鳴らなかった。
「あれ?」
思わずテイラーの声が出た。
「危なかったですね、もうちょっとでお茶がかかるところでした。」
パトリックが器用にカップを持ち直していた。
「さすが僕のパティ!あの体勢から持ち直すなんてすごいな!」
「王子のじゃないです。」
にこにことパトリックを褒めるアーリヤ。
アーリヤの言葉を、パトリックはすかさず否定した。
「飲食物を、無駄にしようとするな。」
ノアがぎろりと、テイラーを睨みつける。
「剣術の修行の成果だな、パット!」
カイルが、きらきらとした目でパトリックを見つめていた。
「やるな、我が赤薔薇よ!」
「いつかは我の家臣になる逸材だ!」と胸を張るヘーレー。
「なりません。」
ヘーレーの言葉も間を置くことなく否定するパトリック。
「テイラーさん、お茶はかかってませんか?」
ノエルが、テイラーの手をそっと両手で包み込む。
テイラーは「かかってない、です……」と歯切れの悪い返事をするしかなかった。
パトリックは少し、むすっとした顔をした。
「私にかかってるかもしれないので、見てください。」
パトリックは、テイラーの手から、ノエルの両手を引き離した。
「僕のパティから手を離せ、コールマン嬢!」
「今は、ブルックスですよ。」
――わたしの作戦は、いつ成功するのかしら?
遠い目をしたテイラーは放置され、周りが騒ぎ出す。
テイラーは一人、途方に暮れていた。
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