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アーリヤ・ガルシアの初恋‐二


誕生日会が終わり、アーリヤは父と母に直談判をする。


「パトリシア・ブルックス嬢との婚約を認めてください!」


いい話を聞かない令嬢と婚約したいと言い出すとは何事か。

両親は揃って頭を抱える。

そんな二人の様子など気にもせず、アーリヤは『彼女の笑顔の可愛らしさ』を延々と話し続けた。

話の最後に「そんな彼女の顔に、傷を付けてしまいました。男として、責任を負わねばなりません!」


アーリヤの目は本気だった。


父である王は重いため息をついた。

母である王妃は「女性の顔に傷……(ただでさえ扱いづらいブルックス公爵家の……)わかりました。文を持たせますので、明日あすブルックス家に出向きなさい。」と眉間にシワを寄せながら言葉を吐いた。


―――


アーリヤは、逸る気持ちを抑えて馬車に揺られていた。

ブルックス家の屋敷に近づくにつれて、自分の心臓の音も大きくなっていく。

扉を開けたら『お待ちしておりました、アーリヤ王子!』と、あの花が綻んだような笑顔で出迎えてくれるのではないか?

そんな期待が頭を覆い尽くす。


実際出迎えてくれたのは、おそらく初老であろう執事だった。


「申し訳ございません。現在、公爵様は席を外しております。まもなくいらっしゃいますので、もうしばらくお待ちください。」


客間に通され、キョロキョロと部屋を見渡す。

「(お義父さん、と呼ぶにはまだ早いだろうか?いずれはそう呼ぶのだから……)」

「(いや、まずは娘さんと婚約させてください!だろうか?)」

一人部屋待ちながら、そわそわと公爵を待つアーリヤ。


待つこと数分後、慌てながら部屋に入ってきた公爵と話し合いをする。

それからまた数分が経ち、現れたのは自分と似たような格好をしたパトリシアだった。

さすがのアーリヤも、その姿を見て固まってしまった。


「パトリシア嬢……その姿……?」


「ごきげんよう、アーリヤ王子。この格好ですか?私は男児として“生まれ変わった”のです!ですので、男児の格好をするのは当然でしょう。アーリヤ王子も是非、私のことはパトリックとお呼びください!」


扉の前で、得意げな顔を披露するパトリシア。


ぽかんと呆けている王子。


「(男児のような格好をしていても、なんてかわいらしいんだろう!得意げなその顔も、僕の心をぽかぽかと温めてくれるようだ……!)」


恋は盲目。

王子の脳内では『短髪のパトリシアも愛らしい』派閥と『もう一度、長髪のパトリシアが見たい』派閥が激しい戦いを繰り広げていた。


「いい加減にしなさい!」


ブルックス公爵がパトリシアを叱りつける。

静かに溢れ出す涙が、目の縁に溜まっていく。

零れる前に、小さく息を吐いてから走り去るパトリシア。

考える前に身体が勝手に動いて、彼女を追いかけてしまった。


案外足が早いパトリシアを見失うものの、メイドたちに聞き周りパトリシアの部屋の前までたどり着いた。

『落ち着け、僕』と何回か頭の中で繰り返した。

どうか、会話を拒絶されませんように。

小さく祈り、深く息を吐いて、部屋の扉をノックする。


「僕だ、アーリヤだ。パトリシア嬢が心配で……あっ!パトリックと呼んだ方がいいのかな?」


“パトリックと呼んでください!”と彼女が言っていたことを思い出し、慌てて訂正をする。


“相手の嫌がることをしない”


メイドたちが回し読みをしていた恋愛指南書の『好きな人と結ばれる為の十のこと』に書かれていた文言を思い出す。

部屋の中から『ふっ……』と力が抜けたような笑い声が聞こえる。

緊張が解けたのなら嬉しい。

意を決して、もう一度声をかけてみる。


「ふっ、二人っきりで話をしてみないか?」


声が裏返ってしまった。

恥ずかしさで頬に熱が集まってきた。

意味がないのはわかっているのに、両頬をごしごしと擦る。


「……どうぞ。」


一拍置いて、返事をされた。

部屋の中から鈴の音のような声が返ってきた。

王子の心臓が上下に飛び跳ねそうだった。


―――


「寝台に座るなんて、お行儀が悪いと怒られないかな?」


座るように勧められたのはパトリシアのベッドだった。

好きな女の子が普段、寝ているベッドに座る。

……王子の心臓が上下左右に暴れ出そうとしていた。

顔なんて今にも湯気が出そうなほど熱い。

緊張で自分が何を言っているのか、ちゃんと会話になっているか心配になる。


少し開いていたのか、部屋に風が吹き、パラパラと紙がめくれる音がする。

どうやら、さっきまで公爵と勉強をしていたらしい。

家庭教師も付けず、公爵自ら勉強を教えるなんて、本当にパトリシアを可愛がってるんだなぁ。


「……え?」


どうやら、思っていたセリフが口に出ていたらしい。

パトリシアと目が合ってるはずなのに、目線が合わない気がする。


「だって、僕らの歳で、ここまで授業を進める必要はきっとないだろうし、さっきの公爵だって君に恥をかかせたくないから、君のために怒ったんだろう?とても期待され、愛されているってことさ!」


「怒られる、ということは、愛されているということになるんでしょうか?」


縋るような目がしきりに動く。

まだ視線は合わない。

本当に、怒られ慣れていないんだなとわかる。


「もちろんさ!僕自身の話になるけれど、しょっちゅう怒られてばかりさ。

……今日だって、お母様に『令嬢の顔に傷をつけて、謝罪もできてないとは何事ですか!』って怒られてきたんだから!」


大きく手振り身振りをして、怒られるのは、君だけじゃないと伝える。

……怒られるようになったのは、パトリシアのことを考えすぎてる昨日今日の話だが。

今日だって、実際はお母様たちに怒られたわけでなく、自分から頼み込んでここまで来たのだが、

彼女が笑顔になるのなら、いくらでも嘘をつこう。


「怒られるということは期待され、その期待に応えられなかったということ。だから僕は、お父様やお母様、それからみんなの期待に応えたいんだ!」


周りから失望されたくない。

それは本当の話だ。

でも今は、周囲の人々から必要とされなくなるより、パトリシアに必要とされたい。

その比率が多いだけである。


「怒られることも愛だと受け止められる……王子は、お強いんですね。」


やっとパトリシアと目が合った。

誕生日会で見た、花のような笑顔ではない。

しかし、少し虚ろな瞳と、控えめにあげられた口角。

一つ年下のはずだが、大人のような雰囲気が漂っている。


「(可憐だ……!)」


おもわずパトリシアの両手をそっと手に取り、目が零れ落ちそうなほど開いていた瞼をギュッと閉じる。


「こ、公爵に渡した手紙にも書いてあったんだが、」


喉がカラカラだ。

うまく声は出ているだろうか?


「改めて僕の口から言わせてほしい。」


目を開き、本気だと伝わるように真面目な顔を作る。

本当は、口から出てきそうになっている心臓を抑えるのに必死だ。

どうか、お願いだから『はい』と頷いてくれ。


「僕と婚約してほしい。」


手汗が酷い気がする。

気持ち悪いと思われてないだろうか?

もう少し、かっこいい言い回しがあったんじゃないだろうか?

恋愛指南書には、なんて書いてあったっけ?

ぐるぐると考えていると、パトリシアに手を握り返される。


あの時と同じ、花が開くような天使の笑顔。


少し困ったような、でも満更でもなさそうな。

頭がぐつぐつと煮えたぎる。

太陽に何時間も晒されているかのように熱い。

こんな汗でベタベタの手を握り返してくれている。

もしや。

もしかしなくても。

そうであってくれ!


そして、パトリシアの口が開かれる。



「謹んで―――」



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