アーリヤ・ガルシアの初恋‐一
アーリヤ・ガルシアは、ガルシア王国の第一王子である。
父の厳しい教育と母の深い愛情のおかげで、同世代の子よりはしっかりとした子供であった。
そんなアーリヤが、劇的に変わる出来事が起こった。
アーリヤ自身の誕生日会での出来事。
貰った短剣を見せびらかし、振り下ろす。
剣舞の真似事をしていた。
はたから見たらふらふらと剣を振り回しているだけだが、周囲の人々は無邪気な王子の姿を微笑ましく見ていた。
……剣を降った先に、顔があるなんて思ってもみなかった。
―――シュッ
「きゃっ」
よくよく見てみると、わがまま放題の令嬢として有名なパトリシア・ブルックスだった。
剣舞の真似事を褒めていた人々は、顔を逸らし、その場から少し離れた場所でひそひそと話し出す。
「大変だ、ブルックス家の令嬢だぞ。」
「前の茶会で、お菓子が気に入らないと騒いで、主催に謝らせたらしいぞ。」
「今回は謝罪の代わりに、婚約しろとでも言い出すかもな。」
短剣を振り回さなければ。
短剣を持ってこなければ。
贈り物を開けなければ。
そんな後悔がぐるぐると頭を巡る。
“婚約しろと言い出すかもしれない”
そんな言葉が耳に届いた瞬間、背中に冷たい汗が伝うのがわかった。
無意識に唾を飲み込んだ。
王族ならば、そろそろ許嫁があてがわれる歳ではあるが、まだ先だろうと楽観的に考えていた。
悪評しか聞かない令嬢と婚約だなんて、と血の気が引く感覚に陥る。
とにかく謝罪しよう。
誠心誠意謝れば、賠償金支払いなどで許されるかもしれない。
「す、すまない……パトリシア嬢……どう詫びたらいいか……」
「お詫び、ですか。」
王子は、『お願いだから、婚約なんて言い出さないでくれ』と祈りながら、パトリシアをチラリと見る。
パトリシアは少し考えるフリをしてから口を開く。
「……顔に傷がついてしまいました。周囲から“女は顔が命”と、わたくし言われてきましたの……」
責めるような口調ではないけれど、パトリシアの言葉がアーリヤ王子の心に罪悪感を植え付ける。
“なので”という彼女の言葉で一瞬、視界が真っ白になった。
ぐっと拳に力を込める。
『やはり責任として婚約か』――そう覚悟を決めた。
「顔に傷が付いたので、女のわたくしは死んでしまったも同然。なので、これからは男児として生くことを、王子が承認してくださいませ!」
嬉しそうに弾むパトリシアの声。
それ以外の音が、世界から消えたように思えた。
――彼女の笑顔を見た途端、全ての不安が消え去ってしまった。
かわいい。
人々を魅了する、まるで天使のようだ。
開花する途中の花さえも、彼女の笑顔を見てしまったら、また蕾に戻ってしまうかもしれない。
胸から湧き上がるこの気持ちを、表現する言葉がわからない。
耳が熱い。
なんなら耳の横に心臓があるみたいに、バクバクと音を立てていてうるさい。
これが前にメイドたちが話していた『恋』というものだろうか?
……そうだといいなと思ってしまった。
パトリシアに対する悪評も、何かの間違いなのではないか?
こんなに愛くるしく笑う子が、悪事を働くわけがない!
彼女の可愛さを羨んだ者が、嫉妬して変な噂を流したのだろう。
王子は、パトリシアから目が離せなかった。
ブルックス公爵から「“責任を取れ”」と詰め寄られた。
先ほどまで“婚約したくない”と悩んでいたのに、天啓を得たかのように世界が輝いて見てた。
『責任を取るという形で、婚約すればいい!』
そしたら、また彼女の笑顔を見れるだろうか?
口を開かけるも、興奮しすぎて口がうまく回らない。
その隙に、当の本人が「“男児になることを認めろ”」と公爵に詰め寄る。
加害者の僕を責め立てず、自身を変えることを選んだパトリシア。
……なんて心が広いんだ!
彼女はきっと、良い国母になれる!
僕と一緒に、この国を支えていける!
「“責任を取るから、僕と添い遂げてくれ”」
頭の中では、かっこよく思いを告げ、それに感動したパトリシアが「“幸せにしてください”」と返してくれている。
周りからあたたかい拍手に包まれ、二人を祝福する場面が想像できているのに、口から出てくるのは「あの……えっと……」と意味を持たない言葉ばかりだった。
天使の笑顔とはまた違う、少し大人びた笑みの彼女と目が合う。
「王子、最後までお祝いができないのが大変心苦しいのですが、これにて失礼いたします。」
実際の言葉は――『用事ができたので、さっさと帰りますね。』
だが、アーリヤ王子の耳には届かなかった。
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