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パトリシア・ブルックスのよくある前世(前編)


パトリシアはブルックス公爵家の一人娘として産まれた。

母親は肥立ちが悪く、パトリシアを抱きしめることもないまま天国へと旅立ってしまった。

父親は「“亡き妻の忘れ形見”」だと言って、パトリシアを宝石のように大切にした。

甘やかされたパトリシアを止められる者は屋敷の中には居らず、彼女は屋敷の小さな女主人になってしまった。


パトリシア六歳の時。

王子の誕生日会と称して、王子と歳の近い男女それぞれの子供たちが王城に集められた。


王子は母親である王妃になんとかおねだり「“一つだけなら開けていいですよ”」と言われ、プレゼントを開ける。

中から出てきたのは『華美な装飾がされた短剣』だった。

誕生日会に短剣を腰に差し、意気揚々と会場を向かう。

祝福の言葉をかけられながら、とある令嬢に「“とても素敵な剣ですわね!”」と声をかけられ、気分が上がり「“そうだろう”」と剣を抜く。


これがいけなかった。


剣舞のように剣を振った先に、パトリシアがいたのだ。

パトリシアの頬に剣先が掠る。

細く赤い線が浮かび上がり、ツウゥと血が垂れる。


「キャアアアアアアア!!」


この時のパトリシアの声量は凄まじかった。

「……ああ、わたくしの……わたくしのお顔にキズが……! わたくし“傷モノ”になってしまいました!………どう責任を取っていただけるの!?」

パトリシアの甲高い声に、パトリシアの父親が近づいてくる。

父親に抱きつき、嗚咽を上げながら抗議するパトリシア。

「お父様! お父様!! パティは、傷モノにされてしまいました! もう、どこにもお嫁に行けません!!」

「泣いてないで顔をお上げ、パトリシア。……なんてかわいそうに……陶器のような白い肌に、不似合いな傷が……いかが責任を取るおつもりか、王子!」

「す、すまな……」

「謝って許されることではありませんぞ!」


「何事ですか。」


王妃様も騒ぎを聞きつけ、近づいてくる。

「これは王妃様!……王子が、我が最愛の娘の顔に傷を負わせたのです! これはただ事では済ませませんぞ!」

「……アーリヤ、本当ですか?」

「その……えっと……はい、お母様。」

王妃様はため息をつき、パトリシアと父親に向かう。

王子アーリヤとの婚約で“責任を果たした”ということで、一つ手を打ってくれませんか。」

「私は構いませんが……パトリシア、それでいいかい?」

スンスンと鼻を鳴らしながら「“……謹んで、お受けしますわ”」とカーテシーをするパトリシア。


これからが王子の災難であり、受難の始まりだった。


―――


「どうして、わたくしがそのような事をしなければならないの!?」


パトリシアは今、十六歳である。


あの時から「“わたくしを傷モノにしたくせに!”」が彼女の口癖だった。

妃教育を拒み、「“わたくしに似合わないドレスを選んだ”」という理由でメイドを解雇したり、父親から貰っているお小遣いだけでは飽き足らず、婚約者の王子にもねだって、新しいドレスや宝石を買ったりと好き勝手にやっていた。

王子や他の人たちがそれとなく注意をしても、「“わたくしは傷モノにされたのに!?”」と甲高い声で喚き、改善する見込みがない。

アーリヤ王子も最初の頃は罪悪感でパトリシアの言いなりだったが、次第にエスカレートする彼女の要望に辟易していた。

比較的新しく入ってきた従者は、困惑するしかなかった。

―――どこに傷があるのだろうか?と。


一足先にアーリヤ王子が学園へ入学し、その一年後にパトリシアも入学。

そこでも彼女はわがままの限りを尽くす。

気に食わない生徒がいれば家の権力にものを言わせて不登校に追い込み、

教師に「“何を言っているのか、さっぱりわからない! 貴方、教師に向いてないんじゃなくて?”」と暴言を吐き、次期王妃という立場をひけらかして、教師たちを黙らせていた。

パトリシアが「“わたくしは傷モノにされたのよ!”」という度に

「“傷?”」「“お顔に傷一つないから、お身体の方かしら?”」なんて囁かれていたことをパトリシアは知らなかった。


ある日のこと、王子と昼食を取ろうと中庭を探していた時、彼女は見つけてしまった。

辛そうな顔で何かを話している王子と、親身になって王子に寄り添う女生徒の姿を。


「もう、探しましたのよっ、王子!……あら、そちらの方はどなた? 婚約者がいる殿方と二人になれるなんて、随分と大胆な性格をしている方なのね!」


「“人の男にちょっかいをかけるなんて、図々しい性格ですね”」と、オブラートからはみ出ている言葉を相手の女生徒に投げかける。

「パトリシア……彼女はテイラー。君も知っているだろ? 最近、浄化魔法を発現させた“聖女”だ。」

ドレスとアクセサリーにしか興味がないパトリシアでも、存在だけは知っていた。


最近、黒き瘴気に汚染された地域や魔物たちがいる。

そして通常の魔法ではどうにもならず、特別な『浄化魔法』でなければ黒き瘴気を清めることができない。

……その使い手が、“どこか”から現れた。


聖女は立ち上がり、頭を下げる。

「はじめまして、テイラーと申します。縁あって、アーリヤ王子のお話し相手をさせていただいておりました。」

パトリシアは値踏みをするように上から下へと視線を動かす。

「家名を名乗らないのは、私には言う必要がないということ? それとも名前がないのかしら?」

「パトリシア、彼女は……平民なんだ。」


パトリシアはそれを聞き、噴火した。


「平民っ!? 平民ですって!? 税を収めることしか存在意義がない平民風情が、王子の話し相手をしていたって本気で思ってらっしゃるの!? 王子があなたの話に合わせてくれてただけなのに!? なんて、おめでたい頭なのでしょう!」


テイラーはその言葉を聞き、俯き震えるしかできなかった。

王子がテイラーの前に、庇うように出る。

「僕が、話を聞いてもらっていたんだ。君の気持ちを少しでも理解したくて……」

「わたくしの気持ちを理解するために、平民風情と話をしていた!? わたくしが平民なんかと一緒の括りにされるのですか!?」


「“わたくしをバカにして! お父様に言いつけますからね!”」と喚くパトリシアに、顔を上げ強い意志を持つ瞳で彼女を見るテイラー。

「お、王子は、パトリシア様をバカになんかされてません! 一生懸命パトリシア様のことを想っておりました。お話を聞いていて、それがよく伝わりました!」


テイラーは、ここで反論してはいけなかった。

ひたすら噴火した彼女が落ち着くのを待ち、落ち着いてから「“申し訳ございませんでした”」とひたすら謝るべきだった。


「……お前いま、わたくしに口答えをしたの?」


「えっ……?」

無機質な赤い目がテイラーを見つめる。

「平民風情が、貴族の中でも尊き身分に近いわたくしに口答えしたの!?」

「いや、あの……申し訳……」

「パトリシア……すまなかった、僕が軽率だったね。」

「王子はこの女を庇うの!? わたくしの婚約者なのに!? わたくしの顔を傷モノにしたのに!!!」


中庭の木に止まっていた鳥たちが羽ばたく。

肩で息を切らし、パトリシアは「“……わかりました”」と呟いて中庭から去る。


テイラーの地獄はここから始まる。


―――


教科書はめちゃくちゃにされ、運動着はボロボロに切り裂かれている。

持参していた弁当はゴミ箱に投げられていて、両親が「“三年間はずっと使うものだから”」と奮発して買ってくれたカバンは傷つけられ、便器の中にあった。

さすがに耐えきれなかった。

テイラーは次第に休みがちになっていき、卒業間際には学園に来なくなってしまった。

心配した王子は根気強くテイラーに学園に来なくなった理由を聞き出し、パトリシアを問い詰める。


「学年も違うわたくしが、どうやったらそんなことができますの?」

問い詰めたところで素直に白状する訳でもないし、「“図々しい方だと思ってましたけど、案外繊細でしたのね”」と鼻で笑う始末だった。


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