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パトリシア・ブルックスのよくある前世(後編)


パトリシアがどん底に落ちるのは、アーリヤ王子が卒業を迎える年。


その頃には、パトリシアと王子の関係はすでにギクシャクしており、それは周知の事実だった。

卒業パーティの一ヶ月前から、王子はパトリシアに「“テイラーも学園生活最後の晴れ舞台だ。卒業パーティにテイラーを連れていきたい”」と説得していた。

最初は「“わたくしという婚約者がありながら、平民風情をエスコートすると言うの!?”」と泣いて叫び、喚き散らした。

たまにクッションを投げられたりもしたが、それでも辛抱強く説得を続け、卒業パーティ三日前には「“……わかりました”」と了承を得た。


と、王子は思ってしまった。


―――

「キャアアアアアアア!」


会場に響き渡る悲鳴。

その場にいる全員が声の方へと顔を向ける。

そこには蹲って震えているテイラーと、冷めた目でそれを見下ろすパトリシアがいた。

見知らぬ誰かの会話によると「“テイラーさん、卒業おめでとう。よろしければこれを”」と言って、パトリシアはテイラーの顔に“謎の液体”をかけたのだった。

左目あたりを押さえているテイラーの顔から、シュワシュワと“溶ける”ような音が聞こえる。

駆けつけた王子がテイラーを庇うように、パトリシアの前に立つ。


「パトリシアッ!彼女に何をしたんだっ!?」


「……やはり、王子はその女が好きなのね。」


「は? 何を言って―――」


「その女のことが好きだから、その女を庇うんでしょ!? わたくしをッ、わたくしを傷モノにしたクセにッ!!」


パトリシアの言葉を聞いて、王子は自分の説得が何も伝わっていなかったことを悟る。


「……もう、何を言っても君には届かないようだ。」


諦めたような表情から、怒りを滲ませた顔へと変わる。


「警備兵! この者を捕らえよ!」


王子の言葉を聞き、警備兵がすぐさまパトリシアを押さえ込む。

「離してっ!……このッ無礼者!! わたくしを誰だと思っているのっ!? 次期王妃よ!? お前たちのような者たちが触れていいわけないでしょ!!」


「……パトリシア、君はまだ、自分が王妃になれると思っているのかい?」

「は? 何を言って―――」

「もう、君の面倒は見切れない……この場をもって、君との婚約を破棄する。」


パトリシアの動きが止まる。

“婚約を破棄? 『君との』? わたくし? 婚約を? 破棄?”


王子から言われた言葉が、熱くなっていたパトリシアの頭を埋めつくしていく。

言葉を飲み込んだあと、パトリシアは年甲斐もなく泣き叫ぶ。


「わっ、わたくしをっ、わたくしを傷つけたわねっ! わたくしの顔だけじゃなく、心まで傷つけたわねっ!」


周りにいる人間などお構いなしに、幼い子供のようにボロボロと大粒の涙を零しながら喚く。

王子はそんなパトリシアの姿を、ため息をつきながら見下ろす。


「……君の顔に傷をつけてしまった。それは事実だ……だが、君はあまりにも長い時間“それ”を振りかざしすぎたんだ。……気付いてるかい?君の顔の傷、もう跡さえも残ってないじゃないか。」


「……へ?」


幼少期の彼女を知っている者ならば『昔、顔に傷ができてしまった』ことを知っていた。

しかし、学園に通い出してから彼女を知った者たちは『不思議な口癖だな』としか思っていなかった。

それほどまでに、彼女の口癖になっていた「“傷モノにしたくせに”」は、周りに通用しなくなっていたのだ。

それでも「“顔を傷つけられたのは本当で”」「“わたくしは、ずっとショックで”」と吃りながら言葉を並べる。

ずっとパトリシアの言葉を聞いていた王子が、静かに口を開く。

「自分が傷つけられたからと言って、誰かを傷付けてもいいという考えをする者を、王妃にすることはできない。」


静かに言い渡されたその言葉は、最終通告のような響きだった。


「――なによッ! それなら最初からそう言ってよっ! 初めから『ダメだよ』って誰も言わなかったじゃないっ!!」

会場の人々の「“公爵家の娘がこの程度の教養しか持ち合わせていないとは……”」「“未だに責任転嫁するなんて……”」「“呆れてものも言えませんな”」などの声が聞こえてくる。

パトリシアは羞恥で顔が熱くなり、俯く。


「さあ、時間だ。」


王子の声を合図に、警備兵がパトリシアを別室へと連れ出す。


―――

「パトリシア・ブルックスの刑が決まった。斬首刑だ。処刑日は――」


牢屋に入れられて一週間も経っていない。裁判をするという話も聞かずに、自分の刑を告げられる。

聖女の顔を溶かしたことを筆頭に、あらゆる余罪が読み上げられ、ついには「“パトリシア・ブルックスの処刑嘆願書”」なるものまで集まったという。


だいたいは事実だが、そんなことは気にもとめず、“なんだか偉そうな男ね”と、パトリシアはぼんやりと眺めていた。

卒業パーティの夜に牢屋に入れられ、次の日の朝一番に、お父様が『少し辛抱しておくれ。必ずここから出してあげるからね』という言葉を、パトリシアは“まだ”信じていた。


男と入れ違いで、公爵が面会に来る。


「お父様! ねぇ、お父様聞いて? さっきよくわからない偉そうな男が、わたくしが斬首刑に処されるなんて変なことを言ったのよ!」

「“そんなわけないのに”」と言葉を続けようと公爵の顔を見ると、顔色が悪く、なにか焦っているような顔をしていた。

「……? どうしたの? お父様、いつもみたいに『大丈夫だよ、パティ』って仰って?」


公爵は視線を彷徨わせ、重たそうに口を開く。


「すまない、パティ。今回は、なかったことにはできないんだ。」


一瞬の静寂。

だんだんとパトリシアの呼吸が荒くなっていく。


「な……んで? そんなことを言うの? お父様……?二日前まで『大丈夫』って、『ここから出してあげる』って言ったじゃない!!」

「パティが傷付けたのが、そこらの平民や階級が下の貴族なら、いつものようにもみ消せた。しかし、今回は“聖女”だったんだ。」

「だから何よ!」

「国の庇護下にいる……お父様がパティを大事にしているように、国が大事にしている少女だったから、お父様の力じゃどうしようもないんだ。」


諦めの悪い子供に言い含めるように、公爵は続ける。


「せめて、男児なら跡取りだと言えたんだが……」


「(……何よそれ、そんなハズないわ! それじゃあまるで……)」

「男に産まれなかった、わたくしが悪いって言うの?」


右目から一筋の涙が頬を伝う。

鉄格子のそばにいた公爵から距離をとる。


「……も、……のね……」

「パティ……」

「お父様も、わたくしのことを傷つけるのねッ!!」


公爵が何を言っても「“嘘つき!”」「“男児ならってなによっ!”」「“もうキライっ!”」と泣き続けるパトリシア。

彼女を慰めるのを諦めた公爵は、そっと牢屋をあとにした。


―――


公爵家の娘ということで、公開処刑ではなく内々で済ませることとなった。

固い土の壁で囲われた小屋のような場所で、麻袋を顔に被せられ、跪くパトリシアに処刑人が声をかける。


「パトリシア・ブルックス。最期になにか言いたいことはあるか。」


その声を聞いて、パトリシアに処刑の日取りを告げたのはこの男だったことを知る。


最期……言いたいことは山のようにある。

なんで、わたくしがこんな目に遭わなければいけないのか。

わたくしは、思うままに生きていただけなのに。

わたくしだけが、悪いのか。


でも、ぽろっと口から出たのは、ずっと頭にこびりついている“お父様の言葉”だった。


「……“男児”なら全て許されていたのかしら?」


ヒュンッと“なにか”が風を切る音がする。


――ガシャンッ――



パトリシア・ブルックスの生涯は、ここで幕を閉じた。


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