LV 6
「金剛寺を倒すなんて、中々やるじゃない。正直、ちょっと舐めていたわ」
喜んでいるのも束の間、今度はビキニ姿の赤髪女が健一郎達の前に姿を現した。
「私の名前は、霧隠 瞬火。よろしくねん♪」
健一郎達は素早く身構えると、キッと瞬火を睨み付ける。
「いやん♪ そんなに怖い顔しないでよ。私ってば、か弱い女の子なんだからぁ」
そう言うと瞬火は前かがみになり、胸の谷間を見せる悩殺的なポーズを取った。健一郎達男性陣は魅惑の谷間に釘付けになり、思わず「おおっ」と唸る。
「ちょっと、あんた達何を見ているのよ!」
「……不潔」
弓枝と静香が軽蔑の眼差しを健一郎達に向ける。健一郎達は、ブルブルと首を振った。
「くそっ! なんて奴でゴザルか、あやつ拙者達に『魅了』の言霊を使ったでゴザルよ!」
「ま、全くだぜ! まさか、こんな手に俺達が引っかかるとは!」
「うんうん。きっとそうなんだよ、言霊のせいなんだよ!」
「嘘つきなさい! あいつの名前の中に『魅』も『了』も無いでしょうが!」
三人の頭に弓枝のゲンコツが落ちる。三人は、涙目で頭のたんこぶを押さえた。
「うふふ、面白い子達ね。でも残念だわ。せっかく出会えたのに、今日ここでお別れだなんて」
髪をかき上げ、瞬火はフフッと妖しい笑みを見せると、両手を上に挙げ、そのままゆっくりと弧を描き始めた。すると、彼女の手の軌道上にポツリポツリと揺らめく炎が現れる。やがてそれは燃え盛る火の玉となった。
「さぁ、行くわよ! 私の言霊『火炎』! たっぷりと味わわせてあげる!」
■火炎の効果
燃え盛る炎で攻撃。
追加効果:火傷
瞬火が叫ぶと同時に、彼女を取り囲んでいた炎が一斉に健一郎達に降り注いだ。
「そっちが火を使うなら僕だって! 『火』!」
飛鳥の手から火の塊が飛び出し、瞬火の炎と真正面からぶつかった。だが、彼女の言霊の力が強いのか、ジリジリと押されていく。
「くっ……!」
「アッハッハ! お馬鹿さん! ただの単語である『火』が熟語の『火炎』に勝てる訳無いでしょ! そのまま燃え尽きてしまいなさいな!」
「そうはいかないわ! 『火矢』!」
■火矢の効果
先端が燃えている矢で攻撃。通常の矢より攻撃力が高い。
追加効果:火傷
瞬火の放った火炎を突き抜け、突然彼女の目の前に先端が燃え盛る矢が迫った。飛鳥の言霊と組み合わせ弓枝が放った『火矢』である。
「なっ?」
素早く身をよじりかわした瞬火だが、体制を崩した彼女に向かって火矢が次々と襲い掛ってくる。
「くっ、小癪な! 『瞬速』!」
■瞬速の効果
一瞬だけ大幅に機動力を上げる。
まるで瞬間移動したかのように、瞬火はその場から別の場所へ移動した。だが、その表情には先程までの余裕が感じられなかった。
くっ。こいつら、思ったよりやるじゃない……。流石に私一人じゃ……。
瞬火は、チラリと背後を見た。リーダー格の男は、岩場に腰を下ろしながら冷ややかな目で戦いの成り行きを見ている。
も、もし私まで負けたりしたら……。
ゴクリと唾を飲み込み、瞬火はブンブンと首を横に振った。
「わ、私を舐めるんじゃないわよ! 『濃霧』!」
瞬間、瞬火の周囲から霧が噴出し、辺りを覆いつくした。
■濃霧の効果 ※フィールド
霧を発生させ、身を隠す事が出来る。
「な、なんだこの霧は?」
「周りが全然見えない……。みんな、何処にいるの!」
すっかり濃い霧に囲まれてしまった健一郎達は、みんなの場所はおろか、自分が居る場所さえも分からなくなった。
「み、みんな、何処だ? ん? なんだこれは?」
「きゃあっ! 何処触ってんのよ!」
「ぶべらっ!」
手探りで様子を伺っていた健一郎は、弓枝のパンチを食らってぶっ飛んだ。
「ったくもう、エッチなんだから……って、な、何これ? 何だか体力がどんどん減っているんですけど?」
「ど、毒でゴザルよ! この霧に毒が混ざっているでゴザル!」
「早く脱出しなくちゃ!」
「脱出するって、どうやってさ!」
■毒霧の効果
霧に触れた者の体力を徐々に奪う。
毒霧に囲まれ、健一郎達の体力が徐々に蝕まれていく。
「どう? 私の言霊『毒霧』は? あなた達は、ここで苦しみながらのたうち回るのよ。諦めて観念なさい? アーッハッハッハ!」
霧の中で、瞬火の勝ち誇った高笑いが木霊する。
体力を奪われた健一郎は、その場にガックリと膝をついた。
……くそっ。このままじゃやられる! だけど一体どうしたら……。
「健一郎君! しっかりして!」
その時、健一郎の耳に聞き覚えのある声が聞こえた。
この声は……康子ちゃん?
ガバッと健一郎は起き上がる。
「健一郎君、何処なの? 返事をして!」
「康子ちゃん、ここだよ!」
姿は見えないが、確かにその声は昨日に出会った少女、康子の声だった。
「健一郎君! 『健』の言霊を!」
「『健』? そ、そうか! 分かった! 『健』!」
「いくわよ! 『康』!」
健一郎の放った言霊『健』に、康子が放った『康』が加わり『健康』と言う熟語が生まれる。瞬間、眩い光が健一郎の体を包み、彼の体を蝕んでいた毒が浄化された。
「ありがとう康子ちゃん! よーし、後はこの霧をなんとかすればいいんだな! おい、弓枝! まだ動けるか!」
「な、なんとかね……」
「お前の言霊『疾風』で、この霧を吹き飛ばしてくれ!」
「なるほど。あんたにしては良い考えじゃない? 分かったわ、やってみる!『疾風』!」
■疾風の効果 ※フィールド
速く激しく吹く風を起こす。
弓枝が放った言霊『疾風』により、周囲一帯に激しい風が巻き起こった。そして、皆を囲っていた毒霧が一瞬にして吹き飛んだ。
「な?」
姿を現した瞬火は、突然の出来事に驚いている。
その隙に、康子は素早く健一郎に駆け寄った。
「大丈夫? 健一郎君」
「大丈夫だけど、どうして君がここに?」
「実は、私も最初のクエストをクリアしようと思ってやってきたの。そしたら、健一郎君達の姿が見えたから……」
「そうだったのか。ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして」
ニコリと、康子は微笑む。
「ところで、パーティリーダーはどなた? 健一郎君?」
「いや俺じゃないよ。あいつだ」
健一郎は、後ろでフラフラとよろめいている飛鳥を指差した。
康子は、タタッと飛鳥の元に駆け寄る。
「突然ですいません。私もパーティに入れて下さい!」
「え?」
突然現れた見知らぬ少女に驚く飛鳥。
返事を待たず、ビシッと敬礼をした康子は飛鳥のパーティに加わった。
「健一郎君! もう一度、『健』の言霊を!」
「OK!」
再び『健康』の言霊が発生し、今度はパーティ全員のステータス異常が治療された。
「た、助かったでゴザル……」
「……あの子は誰?」
「か、可愛い子だなぁ……」
「ふん。なによ、やけに健一郎と親しそうじゃない」
仲良さそうに話す健一郎と康子の姿を見て、弓枝は不機嫌そうに眉を吊り上げた。
「……やきもち」
ボソッと静香が呟く。
瞬間、弓枝の顔がボッとリンゴのように真っ赤になった。
「ば、馬鹿言わないでよ! な、な、なんで私があんな奴の事を!」
手足をバタバタさせ、弓枝は必死に静香に抗議する。
そのあからさまな態度に、飛鳥とタリーはニヤリとほくそ笑んだ。
「さてと、形勢逆転だな」
ジリジリと、健一郎達は瞬火ににじり寄った。
瞬火は、タラリと額から汗を垂らす。
「まだよ! まだ私は負けてなんかいないわ! かくなる上は、毒の濃度を増やした毒霧で……ング?」
『毒』の言霊を発動させた所で、瞬火は目を白黒させた。突然口の中に何かが入ってきて、思わず飲み込んでしまったのである。見ると、健一郎が不敵な笑いを見せていた。どうやら彼が何かを投げ込んだらしい。
「あ、あなた……、一体私に何を飲ませたの?」
チッチッチと、健一郎は指を振った。
「なーに、ちょっとした俺様特製の草をご馳走したのさ。お前の『毒』と、俺の『草』とで融合した『毒草』をな!」
「な、な、な、なんですってぇ!」
そう叫んだ瞬間、顔面蒼白になった瞬火はその場にぶっ倒れて気絶した。
「よっしゃあ! 後残るは一人!」
健一郎は振り向くと、岩場に腰掛けているリーダー格の男を睨み付ける。
男はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、スクッと立ち上がった。そして、ゆっくりと健一郎達に歩み寄ってくる。
「やるじゃねぇか。俺達がここまで苦戦するなんて、あいつとの戦い以来だぜ」
男は、健一郎の前までやってくると、両手をポケットに突っ込んだまま前屈みになり、健一郎の顔に触れそうになるくらい顔を近づけガンを飛ばしてきた。その迫力ある顔に、思わず健一郎はたじろぐ。
「俺様の名は、御剣斬磁。お前の名は?」
「く、草壁健一郎だ!」
「草壁健一郎……ねぇ。よくそんな名前でここまで戦えたもんだ。素直に感心するぜ」
斬磁は、ハハハと乾いた笑いを見せると健一郎に背中を見せた。そして、倒れている瞬火をおもむろにかつぎあげ、その場を離れていく。
「ちょっと待ちなさいよ! まさかあんた、ここまでやっておきながら逃げる気?」
「弓枝、やめとけ」
叫ぶ弓枝を健一郎が制する。
「なんでよ! 最初に喧嘩を売って来たのはあいつらじゃない! 今ならこっちの方が人数も多いし勝てる……」
その時、弓枝の背中に誰かがそっと触れた。振り向くと、そこには静香が居た。
「……今の私達じゃ、勝てない」
ポツリと静香が呟く。
健一郎も同意見だった。見ると健一郎の手足が震えている。健一郎は、斬磁に睨まれた瞬間、奴との力の差を一瞬にして悟ってしまったのだ。
「オラ、行くぞ」
斬磁は、倒れている金剛寺を蹴り起こす。金剛寺はフラフラになりながら起き上がった。
「お前ら、この二人にわざとトドメを刺さなかったんだろ? 今回はそれに免じて見逃してやるよ。だがな、その甘さはいつかお前らの災いになるぜ。心しておくことだな」
そう言い残し、斬磁達はその場を去った。
「御剣……斬磁……」
御剣の去った方を見つめながら、健一郎は暫くの間その場から動く事が出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「ヒャッハアッ! カモネギはっけ~ん!」
旭山の下山途中、御剣達は何者かに遭遇した。
「俺様達は、泣く子も黙るハイエナ団! その名の通り、弱っているプレイヤーばかりを狙う最低なハイエナ集団さ!」
「お前ら、弾打団だろ? 俺達のナワバリを荒して回るお前らは、いつかシメてやろうと思っていたが、こんなに早くチャンスが巡って来るとはな! 見張ってて正解だったぜ!」
「ヒャッヒャッヒャ! 見たところ、だいぶやられたみたいじゃねぇか! ここで俺達に出会ったのが運の尽き! 今すぐ楽にしてやるぜぇ!」
すっかり辺りを囲まれてしまった御剣達。だが、金剛寺と瞬火はお互いに顔を見合わせると、やれやれと言った感じで首を横に振った。
「ついてないぜ」
「ヒャッハァ! 本当、お前らはついていない!」
「違うわ」
瞬火がフゥと溜息をつく。
「今の御剣の前にノコノコと出てくる、あんた達がついていないって言ったのよ」
「何だと?」
クククと、くぐもった声で笑いながら、御剣はハイエナ団に一人近づいていく。
「な、何だてめぇは? ぶっ殺されてぇのか!」
「あー、ホッとする」
「なにぃ?……うがっ?」
目に見えぬ速さで目の前の男の首を掴んだ御剣は、そのまま男の体を片手で軽々と持ち上げた。掴まれた男は、苦しそうにジタバタともがく。
「は、は、離せ……!」
「ぶっ殺すのは、お前らみたいなクズ相手だと楽だぜ。何も考えなくていいんだからよおおおおおお!」
ギラリと、御剣の目が獣のように赤く光る。
「ひ、ひぃ!」
そしてその直後、旭山にハイエナ団達の叫び声が響き渡った。