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友士灯―ともしび― 継承編  作者: 葉霜雁景
第十四章 穿たれた一点
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燻し出し

 志乃こと孝信を見送った後、紀定は一人、目的地に到着していた。用心棒たちによる試合を見下ろせる、「お偉いさん」の部屋に当たる場所。下では志乃が笑いながら跳ね回り、火花を散らして戦っているが、熱狂の音はこの部屋に虚しく響くばかり。というのも、紀定が既に、組織の主要人物だという男を仕留めておいたので。

 男は荒事に巻き込まれることこそ慣れているようだが、自分から戦いを挑むことはなく、襲われたら反撃ができる程度の力しか持っていなかった。自分が仕留められたとしても、証拠隠滅のために罠を隠している可能性もあるが、とりあえずは見当たらない。


 男を拘束したのち、流れ弾が当たらないよう壁際へ置いておく。舞台を見下す窓と評せるだろう部位は、大胆にも岩盤を人が屈まず通れるほどの穴をくり抜いて作られており、舞台から飛び上がった者が飛んできてもおかしくはない。少なくとも味方である孝信がそうなのだから、彼女と戦う用心棒たちがそうなるのもまた、おかしくはないのだ。

 男の部屋にも盗品と思わしき物はいくつも置かれていたが、男が置物として飾っていたのだろうもの、これから取引するのだろうものとで分かれている。どちらにせよ、福一が率いる者たちによって運び出され、正規の物流へと戻される品々だ。罠が仕掛けられていないと確認できれば、紀定が触れる必要もなくなる。


「紀定のアニキ! ただいま参上いたしました!」


 物品を検めていたところへ、威勢のいい声が耳をつんざいた。縦横無尽に伸びた抜け道を利用して、福一の部下たちがやって来たのだ。アニキと呼ぶのは変わらず勘弁してほしいが、呼び方にいちいち反応するのも馬鹿らしいので流しておく。

 先ほど声を上げたのは少年だが、揃った面子の年齢層は様々だった。これだけの物品を運び出すのにも苦労しなさそうな心強さがある。


「ああ、ご苦労様です。見たところ、物品に罠が仕込まれてはいなさそうですが、じゅうぶんに気をつけて運び出してください」

「任しといて! ほな早いこと運び出しましょ」


 少年の呼びかけで、やって来た面々は即座に物品を確かめ、流れるように持ち出していく。動かしてもおかしな様子はないが、紀定はじっと目を光らせ続けていた。


 拘束された男も運び出されると、部屋は広々とし、下から聞こえてくる剣戟や怒号がより響き渡るようだった。戦う者も見物人も、熱が高まっているのもあるだろう。そっと覗き見れば、群集が押し合いへし合う様子と、舞台に散る火花に鮮血が目に飛び込んでくる。

 盗品を取り返すのが第一の目的だが、この商人たちも捕まえなければならない。激しく戦っていれば、それだけ洞窟に負荷も掛かり、危険も高まっていく。大勢が混乱に陥ったり、一所へ向かって強引に進んだりするのもまた危険だ。死傷者を出したくなければ、相応の注意を払って事を進めなければならない。


 だが、次の段階に進むための重要な駒は、目下で楽しく大暴れ中だ。


 笑い声を響かせ、身軽かつ縦横無尽に駆け回る孝信こと志乃は、人間だとは言い難い。用心棒の中には人間もいたが、やはり動きに差が出ている。派手な戦いぶりを見せる者たちの大立ち回りは、戦場と縁のない者からすれば、虜にされるのも納得の危うい魅力に満ちていた。

 その中でも孝信が、特に刀を交えている相手が一人。笠を被った浪人の風貌をした妖怪は、よくよく観察すると見覚えがあった。忘花楼ぼうかろうにおいて賭博を担っていた部分、戯楼ぎろうにて雇われていた妖怪、確か名は柄傘といったか。白雨も忘花楼もなくなった後、ここへ流れ着いたのだろうか。


 意図せず記憶漁りに逸れた気は、舞台を挟んで向こう側、見慣れた顔を目にしたことで瞬時に戻る。福一の配下である男が、松明を片手に紀定を見上げていた。彼以外にも、放る火を手にした者たちが、狙い定めた通路に潜んでいる。

 崩落、あるいは火事のどちらかが起これば、人は否応なく逃げるもの。崩落はそう簡単に起こせない上、避難が追いつかず犠牲が多くなるおそれがあったため、紀定たちは火による追い出しを選択した。


 早急に見つかって鎮火されることを防ぐため、もう火を放つよう首肯で促す。ある程度まで火が広がるのが先か、塞がれた通路に近い観衆が気づくのが先か。どちらにせよ、大勢の行き先を揃えるには強烈な一手が必要になる。特に難しいことはしない。ただ、注目を集めている存在が、「火事だ!」と叫ぶだけでいい。その役目は孝信に任されている。


 いくらはしゃぎ回っているとはいえ、孝信は人間よりも感覚が鋭い。火の気配が増えたことも察知しているはずだが、紀定は油断しない。油断したら予想もしなかったようなことをしでかすのが、妖雛にして人妖兵という存在だ。

 痛い目は芳親で見ている……と、隙あらば湧いてくる苦々しい記憶には蓋をして。紀定は意識を影へと集中させる。跳ね回る孝信の影に潜むのは難しいが、全身を浸からせての潜伏はしない。ほんの少し気を引くだけでいいのだから。


 潜む影は地にあらず。翻る袖、裾、黒髪。ひらひら飛び回る蝶に、針の先を触れさせるように。捉えるのは、孝信と名を偽る少女の体に現れては消える、一瞬の影。

 戦闘ではあまり複雑に動かない芳親と違い、志乃は自由気ままに動いているが、それなりに動きの予想はつく。共に過ごしていれば考え方も何となく分かってくるし、それによって戦闘時の選択も読めてくる。刀より手足が出るという特徴も加われば、なおのこと。


 ――そこ。


 踊る黒髪の影と襟の重なりに、くい、と。動かした紀定の指が、そのまま志乃に伝わる。楽しくて仕方がないといった笑みに揺らぎが生じて、青白い目が紀定を捉えた。

 何てことのない一瞥だが、確実な伝達の証。無音にして須臾の交差が、流れを変える。


「――なんと! あちらから火の手が上がっているではありませんか!」


 刀を交えていた柄傘からも、舞台で影を躍らせていた他の用心棒たちからも距離を取って、志乃は高らかに驚嘆を響かせた。男の声を装っているのに、よくもまあ大声まで出せると紀定が感心するのも束の間。熱狂が崩れ、恐慌が伝播し始める。


「ひぃッ、火だ、消せ! 消してくれ!」

「あああ、オレの店が!」

「冗談じゃねぇ、さっさと逃げ……なんで品が消えてやがんだ!?」

「こっちもすっからかんだ、誰が盗んだ!」

「この際どうだっていい、どけどけ! こんなところで焼け死んでたまるか!」

「どけオラ! 邪魔だ邪魔だ!」


 舞台の周りはたちまち大混乱、大混雑。しかし、人混みへ紛れ込んだ味方たちが、それとなく流れを目的の通路へ誘導していく。誰よりも目立つ誠吾が、通路への入り口を転々としながら片手を上げ、「こっちだ!」と大声で導いているのも功を奏した。素性の知れない大男が現れても、それを不審に思う余裕は誰にも残されていない。人の波に呑まれてしまった怪我人も救出しながら、紀定たちの仕組んだ流れは、人々を外へ押し流していく。

 放たれた火は赤々と通路を塞ぎ、舞台のある広場へ舌を伸ばそうと、様子を窺うまでに成長していた。満ちゆく煙はしかし緩慢に流れ、人を追って外へと向かっていく。夏の暑さとは比べ物にならない、嫌悪と恐怖を煽る熱が、じわじわと取り巻いてくる。長居はできないというのに、仲間が舞台に立ち尽くしているせいで、紀定もその場に縫い付けられていた。


 舞台の上には孝信こと志乃だけでなく、妖怪なのだろう用心棒たちも留まっている。逃げた者、既に事切れた者もいる中で、残った数人の姿が不気味に照らし出されていた。自分の命が煙や炎に奪われるより、一度始めた喧嘩に決着をつける方が大事、あるいはそれらより先に相手を狩ろうと企む獰猛な愚か者たちが。

 ふと、孝信が紀定を見上げて笑った。角は見えずとも牙を見せ、青白く光る目を細めて。地獄を覗いて鬼と目が合うような光景だが、紀定に恐れは湧かなかった。


 ――あんの、ガキ。


 カッと色を帯びたのは、気にせず先に逃げていいとでも言うように笑う志乃への、怒りである。

 今すぐにでも襟首を掴んで引っ立ててやりたいが、既に片手は口を覆うため塞がっているし、もう人間が下へ向かうのは危険。ここからでも文句を叫ぶくらいならできるが、そんなことをすれば喉が焼けかねない。


 仕方なく、後で叱るからそのつもりでと、身振り手振りに笑顔で伝える。志乃が察して笑みを引きつらせるのを確認してから、外へ繋がる隠し通路へ飛び込んだ。

 あまり根拠にしたくない事実だが、志乃は芳親に殺されることを望んでいるため、ここでむざむざ死ぬような選択はしない。それでも、志乃を危険から遠ざけられなかったのは痛手だった。紀定にとって志乃はかけがえのない戦力だが、放って終わり、使い捨てて終わりの道具ではない。人間が到底いられないような死地、危険な場所へ置いたまま自分だけ去れば、心が軋むのも当然のこと。


 暗い洞窟を迷いなく駆け抜けながら、紀定は胸裏の地盤を撫でる。かつて柔らかかった地盤は忘花楼での一件を機に固まり、紀定の中に道を広げた。志乃は恐ろしい存在ではなく、諫め、繋ぎ止めておくべき存在だ。手を掴んで引っ張り出すことができなくても、必ず戻ってこいと杭を打つことはできる。

 通路の終わり、山中に隠れた木戸を押し開けて外へ出ると、夏の明るさに一瞬目が眩んだ。同時に、蝉ではなく人間の騒がしい声が聞こえてくる。恐怖や不安、怒りで気が荒だった者たちを、福一たちが宥めているのだろう。朝来山あさきやまへ案内してくれた、関原を始めとする岩断の人々も呼んだと報告が来ていたから、恐らく盗品の引き渡しに関しても騒動が起こっているかもしれない。


 やることはまだまだ山積みだが、一つ一つ解決していかなければならない。しかし人手はじゅうぶんにあるため、うんざりとはならない。苛立ちに呑まれることなく、紀定は森を抜け、福一たちに合流すべく走っていった。


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