愛しの生真面目君主様 4
ジョゼフィーネは、朝早くに目が覚めた。
緊張しているからかもしれない。
が、昨日までは、ちょっと早い程度だったので、緊張だけではなさそうだ。
まだ、夜が明けて間がないのだろう。
周囲は、ほの明るいといった感じ。
11月に入ったはずなのだが、室内は暖かい。
王宮内は、魔術師がいつも適温に保っているからだ。
そういう意味でも、ロズウェルドは恵まれている。
ジョゼフィーネはディーナリアスの胸に押し付けていた顔を、もそっと上げた。
そして、瞬きを繰り返す。
(う、うわ……ディ、ディーンの……ね、寝顔……)
ディーナリアスが、眠っていた。
当然なのだが、当然ではない。
ロズウェルドに来て、初めて、ジョゼフィーネは、ディーナリアスより早く目を覚ましたのだ。
瞬きを止め、今度は、じぃぃいいいっと、その顔を見つめる。
(ね、寝てるのに……カッコいい……なんで……?)
気にしたことはなかったが、ディーナリアスは、まつ毛も、くすんだ金髪。
目が伏せられているので、髪と同じ色をしているのが、よくわかった。
小さな寝息が聞こえてくる。
なんだかとても不思議な気分になった。
(……本当に、寝てる……ディーンが、私の隣で……寝てる……)
隣というより、ジョゼフィーネがディーナリアスに抱き込まれている格好なのだけれど、それはともかく。
(いっつも……こんなふう、だったんだ……)
しみじみと、実感する。
初対面のディーナリアスに、キスをされて気を失った。
まだ彼を怖いと思っていたのを思い出す。
けれど、ディーナリアスの隣で、いつも眠っていたのだ。
彼は、その頃からずっと、こうして隣にいてくれた。
嫌なことをされた覚えもない。
無理強いもされたことがない。
ディーナリアスの立場からすれば、なんだってできるはずなのに、彼は、ジョゼフィーネの意思を大事にしてくれる。
政略結婚でも愛は必要だと、真面目な顔で言うディーナリアスに対し、彼女は、できるはずがないと思った。
後ろ向きで、ハイパーネガティブ思考から抜け出せずにいたからだ。
(最初から……ディーンは、ちゃんと話をしてくれてた……私が、聞けてなかった、だけで……なのに、呆れずに……何回も、何回も……)
手を振りはらい、耳を塞ぐジョゼフィーネに、ディーナリアスは、放り出すことなく手を伸ばし、言葉を尽くしてくれている。
だからこそ、彼女も立ち上がることができた。
ようやく、前を向くことができた。
もう悩まない、だとか、後ろ向きになったりしない、だとかは言えない。
先のことはわからないからだ。
この先も、いろんなことで悩んだり、落ち込んだりするには違いない。
自分のことだから、後ろ向きになったりもするだろう。
それでも、諦めることはしたくなかった。
ここは、自分の場所。
そう信じられるようになっている。
今の状態と同じく、ディーナリアスは、いつも彼女をつつんでくれるのだ。
頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれたり。
本当には、ほしかった優しい手を、彼は持っている。
その手を離すことだけはしたくない。
彼が王になっても、王をやめても、ずっと繋いでいたかった。
きっと、彼となら、愛し愛される婚姻を続けていける。
「……大好き……ディーン……」
なんとなく。
本当に、そう、なんとなく、だ。
ジョゼフィーネは、ディーナリアスの唇に、自分の唇を重ねた。
そうしてもいいのだろう、と、なんとなく、思ったからだ。
自分からキスをするなんて、考えたこともなかったのだけれど。
ぱち。
「ふわ……っ……」
ディーナリアスが急に目を開いたので、びっくりして思わず声を上げた。
体も少し引き気味だ。
その体が、抱き寄せられる。
ぶわわわっと顔が熱くなった。
しっかりと、ディーナリアスに抱き込まれている。
「目覚めの口づけ、というのも、なかなかよいものだな」
「あ、あの……お、起こすつもりじゃ、なくて……」
「かまわぬさ。お前に、起こされるのは、良い気分だ」
言いながら、ディーナリアスが頭を撫でてくれた。
彼の顔を見つめつつ、ジョゼフィーネは、ほんの少し理解する。
さっきの「なんとなく」の理由だ。
ディーナリアスは、ジョゼフィーネにキスをする。
彼女は、それを、1度も嫌だとは思わなかった。
びっくりすることはあったが、不快には感じなかったのだ。
それは、諦めとも違う。
婚姻相手だからしかたがない、などと思った記憶はない。
ひと目惚れしていたからでもなく。
(……ディーンが優しいって、わかってたから、かも……)
正妃選びの儀の日。
膝抱っこで、頭を撫でられた。
それだって、ただ怖いだけだったなら、嫌だと思っていただろうし。
繰り返し撫でてくる手に、ディーナリアスの優しさや真面目さを、どこかで感じていたのかもしれない。
ジョゼフィーネは、じいっとディーナリアスを見たあと。
もう1度、ちゅ…と、軽くキスをした。
ディーナリアスが、優しく目を細めている。
気恥ずかしくなって、うつむこうとした、その顎が、くいっと持ち上げられた。
ディーナリアスが、唇を重ねてくる。
やわらかな感触とぬくもりに、胸が、きゅっとなった。
ディーナリアスを、とても好きだと思ったのだ。
彼からも、好かれていると、思える。
言葉を尽くすのは大事なことだけれど、言葉では言い表せないこともあった。
そうしたものを、重ねた唇で伝えあっている。
あと数時間で、婚姻の儀だ。
自分は、この人の妻になる。
唇が離れ、ジョゼフィーネは閉じていた目を開いた。
ディーナリアスの手が、頬を撫でる。
青みがかった緑の瞳に、ジョゼフィーネが映っていた。
彼が、にっこりして、言う。
「今日から、お前は、俺の嫁だ」
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