ヨリって一体なんですか? 1
ここで後始末ができたら、どんなにか清々しいだろう。
リロイは、そう思っている。
ハーバントは王宮の裏のほうにある池に沈めた。
何年掛かりかは知らないが、魚の餌となり朽ち果てる。
それまで生き長らえるのは苦痛かもしれない。
さりとて、自分の主を怒らせたことに対する贖罪としては軽いくらいだ。
(彼がここに来ていることを、あの国は知らないのでしょう?)
ならば、ハーバントと同じような「後始末」をしても問題にならないのではと、言外で、リスに聞いた。
が、リスは知らん顔をしている。
ということは「後始末NG」ということ。
リロイは、冷静で分別があるように、周りからは見られている。
しかし、事が自分の主に及ぶと、冷静さも分別もなくすのだ。
実際には、リスよりも、気が短い。
「宰相殿、ディーナリアス殿下にお取次ぎを!」
「ですが、殿下は、すでに、お答えを返しておられます。これ以上の謁見は無用と判断すべきでしょう」
「彼は、わかっていないのだ! 彼女を正妃にすることの意味が!」
リロイは、本気で苛々し始める。
ディーナリアスを「彼」などと言う、この横柄な口を縫ってやりたい。
心の中でだけだが、物騒なことを考えていた。
(この男……超ウザいんですが……)
(そう怒るなよ、リロイ。そうは言っても、妃殿下の幼馴染みなんだぜ?)
(それは、わかっていますよ。しかし……ウザ過ぎるでしょう?)
マジ、ヤバい、ウザい。
この3つは、子供の頃、最初に覚える新語だ。
従って、ロズウェルド王国内で、もっとも広く普及している。
使わない者がいない、といっても過言ではない。
「そちらと、我が国とでは、文化も慣習も異なります。そちらでは不名誉とされることであっても、我が国では、そうとは限らないこともあるのですよ」
「リフルワンスだけではない! 諸外国からも笑い者とされるはずだ! あなたがたは、自国の次期国王が嘲られてもかまわないのかっ?」
(マジ、ウっザいな……なんなの、コイツ? もしかして、オレが思ってたより、馬鹿だったのかもしれねーなー)
(後始末ができないのなら、さっさと追い返しませんか?)
でなければ、消し炭にしてしまいそうだ。
リロイの血管は、今にも切れそうになっている。
ディーナリアスは、ロズウェルド王国という大国の王太子だ。
次期国王となることも決まっている。
小国ごときが「笑い者」にすることなど、できるはずがない。
笑えるものなら笑ってみろ、というところ。
国ごと消滅させてやる。
リロイの思考は、少々、過激なのだ。
ディーナリアスしか、リロイを御しきれる者はいない。
だからこその「王」であるのだし。
「それでは、なぜ、貴殿は妃殿下と婚姻を誓い合っておられたのでしょう? それこそ、笑い者にされるではございませんか」
「私は……」
痛いところをリスに突かれた、というより、リスが痛いところを突く気で突いただけだった。
王太子が顔を歪めている。
「ああ、貴殿には笑い者になる、お覚悟がおありだということですね?」
リスの言葉に、王太子の瞳が揺らいだ。
リスに言い返しもしない。
それだけで、王太子の心情を読み取れる、リスでなくとも。
(そりゃあ、妃殿下も帰りたくねーわな……)
リロイは、返事をせずにいる。
あまりに苛立っていて、自分を抑制するので精一杯だった。
リフルワンスの王太子は「彼女と婚姻を誓い合っていた」と言ったのだ。
しかも、ディーナリアスの前で、そう言った。
が、結局のところ、それは限りなく「嘘」に近い。
おそらく、王太子はジョゼフィーネと、本気で婚姻する気はなかったのだろう。
なんの覚悟もなく、口当たりのいいことを言い、ジョゼフィーネに、婚姻をちらつかせたに過ぎない。
ただ、ジョゼフィーネを、己の元に引き留めておくためだけに。
(リロイ、あんまりカッカすんなよ? オレだって腹は立ってんだ。でも、こいつのことは、ディーンがカタをつける。わかってるな?)
(ええ、わかっていますよ)
王太子は、敵対国とも言えるロズウェルドに、のこのこ出向いて来るほどには、ジョゼフィーネを取り返したがっている。
婚姻する気はなかったものの、彼女に対する執着はあるのだろう。
ならば、大人しく引き下がりはしない。
王太子の「裏」に、誰かがついているのもわかっていた。
「それはともかく、殿下との謁見は、諦めていただきます。これ以上、貴殿が何を仰られても、殿下の御心が変わることはございません」
リスに、痛いところを突かれたのが、堪えたらしい。
さっきまでの威勢は消え、王太子は唇を噛んでいる。
「……わかりました。今日のところは、これで失礼いたします」
しばしの間のあと、王太子が体を返した。
室内に近衛騎士はいないが、扉の向こうには控えている。
出て行けば、あとは近衛騎士が王宮の外まで「お見送り」するはずだ。
2人は、王太子の姿が扉の向こうに消えてから、口を開く。
「あいつ、もう1回くらいは、なんかやらかすぜ?」
「その前に、始末をしたいところですけれどね」
「そーいうこと言うなよ。オレも、参加したくなるだろ」
リスが、軽く肩をすくめた。
リロイの腹は、まだおさまっていない。
苛々している。
「本当に我が君のお手を煩わせる価値があるのですか、リス?」
「価値はねーよ。でもサ、あいつをどうするかは、ディーンが決めることなんじゃねーの?」
そう言われると、リロイも勝手はできなかった。
確かに、リスの言う通りでもある。
ディーナリアスがどうするか、どうしたいか、それが大事なのだ。
「ディーン、どうするかなぁ」
「どういう意味でしょう?」
「あのつまんねー王太子が、次にすることってのがサ。オレには、なんとなーく、見えてるわけ。それに対して、ディーンはどうすんのかなぁって」
リスが、両腕を頭の後ろで組み、くるっとリロイに背を向ける。
その姿に、リロイは諦めた。
こういう態度の時、リスは絶対に「解」を渡さないのだ。
心の中でだけ、つぶやく。
(まったく、あなたには呆れますよ、リス)




