067.平民の考えることはよく分からない
枢密院会議より五日、晩秋を迎え入れる九月一日に緊急御前会議が始まった。
とは言ってもその場に出席できる者は領主と次期領主候補のみ。親の仕事の引き継ぎや、その手腕を吸収すべく、大抵は実子の中でも学院を卒業した者を連れてくることが多い。
領主候補は最大三人まで連れてきて良いことになっている。いわば臨時の側近三官だ。
そんな大人たちの戦場には、当然アーシェの居場所は存在しない。
規則上はアーシェが参加しても問題ないことになっているのだが、ミリアシルから、アーシェの正式な発表は年末年始の御前会議にて行うため、今回は待機しているようにと言われたので、それに従う以外の選択肢など持ち合わせていなかった。
待機と言っても自由時間だ。アーシェは分身を一体部屋に置いて素描の練習をし、本体はカスタレアに行って冒険者の依頼を熟していた。
しかしその日だけは、周囲の視線に含まれた感情が、普段とは明らかに違うことに気付いた彼女は、何かあったのだろうかと思い、初依頼の時にお世話になった受付嬢、ダリラ・アマティに声をかける。
「アマティ様、お久しゅう存じます」
「あ、お嬢様。お久しぶりです」
合掌をして無魔の礼をするアーシェに対して、アマティはぺこりとお辞儀を返した。
久しぶりと言っても合わなかったのはたったの四日。それもアーシェは、茜人形の視界から時々様子をうかがっていたので、大した懐かしさも感じなかった。
ダリラもダリラで受付嬢という仕事柄、そして対象が冒険者である故に、依頼を処理した冒険者が、数日帰ってこないというのは良くある話で、たった四日の空白期間など、然したる感情も芽生えない。
組合連合会館での騒動や翌日の接触事故騒動などを経て、組合職員は直感的に、この集団が要注意人物であることを察していた。
集団の中心であるアーシェリット嬢は比較的、と言うか貴族とは思えないほど、とても平民に理解ある行動を取るのだが、周りの取り巻きたちが問題なのだ。
彼等は普通に接する分であれば、平民だろうと一人格として扱ってくれる。そこに貴族特有の蔑みの目はなく、依頼者からも、とても丁寧に接してくれていると評判が良い。
しかしアーシェリット嬢の件になると話は変わる。彼等は彼女を人として扱っていない。まるで神を祀るかのように崇め奉り、侵してはならない神聖なものとして認識していた。
そんな存在に、人が触れることを許せるはずがない故に、その禁忌を犯した者は射殺しめんばかりの殺意と共に組み伏せられるのだ。
あの日の夜の組合職員上長会議にて、彼等の担当は二等職員以上のものが当たるようにと通達され、抜擢されたのが、つい先ほど案内したという準一等職員であるダリラだった。
彼女が徹夜で調査したところ、アーシェリットという名前を呼ぶことに関しても、護衛の彼等は強い忌避感を覚えているらしい。
それを知って以来、彼女のことをアーシェリット様ではなく、お嬢様と呼んでみたら、今まで感じていた微かな殺気は完全に消え失せていた。
それを見た周りの職員たちも同調し、以来アーシェのことは、皆お嬢様と呼んでいるのだ。
幸いなことに、有名な冒険者には二つ名を付けられることが多く、有名でなくとも将来有望な新人にも希に付けられることがある。それは他称であったり、自称であったりするが、アーシェの場合は前者と言えないこともない。
もしそれで本当に二つ名が定着してしまったら、今後幾つになってもお嬢様と呼び続けられるのだが、そこは組合の知るところではない。
「もし、お尋ね申し上げたいのですが」
アーシェは自分が感じ取った違和感を素直に言った。
普段の周囲の目は、面白いものを見るときの興味や、一行を値踏みするような視線があるのだが、今日はそれ以上に嫌悪のような感情が色濃く見えている。
しかしアーシェたちは、平民から恨みを買うような行動はした覚えがなく、その視線の原因も何も分からない。
かといって面識のない視線の主たちに聞くのも気が引けるので、こうして事情を知っていそうな受付嬢と話をすることにしたのだ。
「あぁ、はい。そのことなのですが……」
案の定彼女は事情を知っていた。
どうやら最近貴族と平民の間で諍いがあったらしく、貴族が不当な理由で平民――の権利を武力によって主張していた義賊――を殺したと言う噂が広まっているらしい。
義賊の噂自体は、アーシェが活動を始める少し後あたりから、既にあったらしいのだが、悪徳貴族を成敗する義賊の話は吟遊詩人が大衆向けに良く謡う内容で、大した珍しさもない。重税を課し、村娘を攫い、自身は贅沢の限りを尽くす。
そんな領主の横暴を世に曝し、公衆の面前で断罪して囚われの娘たちを救い出す義賊像は、そういうところから生み出されてきた。
ごくありふれた内容だからこそ、組合側も気にしていなかったのだが、今回はなんとその模倣犯が冒険者の中から現れてしまったのだ。
しかも襲われた領主は、領地に対して特別重い税金を払わしているわけでもなく、全国的に見れば良心的ですらあった。
金遣いは荒いが、それは大災厄の後、趣向品に手を出す余裕がなくなったことによる、需要低下を阻止するための投資のようなものであり、少しばかり視野を広げれば随分とまっとうな領主であったとの調査報告が出ていた。
しかし何も知らない件の冒険者は、自身は働かず民から財産を奪っているからと、その財産で不要な贅沢品を買い漁っているからと言って、義賊を名乗り領主の館を襲撃した。当然その領主は愚かな冒険者に対して死刑を言い渡し、翌日街の正門前に首が吊された。
それだけならば、組合としても馬鹿な冒険者が一人出たので、他の者は真似しないようにと注意を入れれば良いだけなのだが、その冒険者は名声欲しさにか、組合や多くの酒屋を渡り歩き、犯罪予告をあたかも正義は我にありと言わんばかりの態度で言いふらしていた。
その犯罪宣言のおかげで領主は護衛を増やし、愚かな殺人行為を未然に防ぐことが出来たのだが、問題だったのはその意見に同調する愚者があまりにも多かったことだ。
彼が極刑になったと聞いた義賊もどきたちは、正義感の下、やはりあの領主は極悪人だったと悪評を流し回った。
そのせいで平民の反貴族思想が強くなり、噂が噂を呼び、カスタレアに流れ着く頃にはその領主だけでなく、あらゆる貴族の事実無根な妄評が、商人や冒険者を伝って輸入されていたのだ。
「わたくしが申すのも些か気が引けるのですが、飼い犬の手綱を握らないのであれば、相応の罰を与えるのが世の常ではなくて?」
「申し訳ございません……」
「いえ、非難しているつもりはなく」
一受付嬢にどうにか出来る内容ではないだろうし、「あまり広まるのは困りますよね」と言った世間話程度で放った言葉だが、どうやら彼女には叱責と取られてしまったらしい。ただ、それはそれで上長に報告してくれそうなので、特にそれ以上訂正することはなかった。
アーシェとしては一番困るのは、このまま反貴族運動が続けば、大国貴族の諜報活動に支障を来してしまう可能性があることである。それでは誘拐犯の都合の良いように事が運んでしまい、更なる被害が出ることは間違いないだろう。
もしやこの噂の出所は誘拐犯なのではないかと疑いたくなるほど、相手にとっては随分と都合が良すぎるところも気になる。
ただ、噂の出所を探って、もしそれが罠だとしたのなら、色々と面倒なことになる。アーシェは端から深追いするつもりはないのだが、この件に関して組合連合以外の組織が探りを入れるとなると、貴族の関係者であると勘ぐられてしまう可能性がある。
それをコナーたちに伝えるべきかどうか悩み、彼等とはあまり関わりを持たない方が良いだろうと判断し、アーシェは身を引くことを決意した。




