表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
28/197

028.対話・後半戦

「そういえば、まだ教えられていないことがあるのですが」


 茜は改めて三人に問う。それは今までで一番重要な内容であり、今後のアーシェの人生に関わる内容だった。


「公用文の書き方を教えて頂きたいのです」


 これが書けなくて公僕は名乗れない。役人の代名詞ともいえる公用文の書き方を、アーシェは知らなかった。

 今後枢密顧問官として過ごすに当たり、そんなことも出来ないようでは、大衆に笑われてしまう。

 公務員が公文書を書くと言うことは、貴族が舞踏会に参加するようなもので、ダンスのできない令嬢を壁の花と称するのなら、公用文もまともに書けない役人は窓際の置物だろう。


「ふむ。明日より文官を一人貸し出そう」

「ロベルティーネ様ではだめなのでしょうか?」


 二人の会話にアーシェが口を挟む。

 ここに来て茜が求めたとき以外に、アーシェが発言をするのは初めてのことだった。アーシェ自身も反射的に口にした言葉に驚いていたが、彼女にとってはそれほど衝撃的なことであり、看過できない内容だったのだ。


 わざわざ自分のために時間を割いて、物事を教えてくれることは感謝しなければならない。しかしそれ以上に、人と一緒にいるのなら、教わるのならロベルティーネに教わりたいという感情から、アーシェは人生初とも言えるわがままを言った。


「申し訳ございません。明日は一族会議がございますのでお時間を作れないのです」

「そうですか……」


 ――まあまあ、ここは一人でもちゃんとできるところを見せてあげようよ。

 ――……ん。


 むしろこの数日間、領主の右筆であるロベルティーネを独占できていたことが奇跡的なのだ。

 彼女は女神の能力は然る事ながら、人の能力を見極め、仕事を割り振る能力にも長けていた。正式に彼女の捺印が必要な場合以外は、彼女の部下が書類をまとめ、それに目を通すだけで事足りていた。


 しかし、彼女はそれでできた余裕を休暇に使っているのではなく、二年間の空白を償うかのように、自らの予定に仕事を押し込めていたのだ。

 この数日、アーシェへ構う余裕があったのも、事前に一日中休まずに、次の日の仕事もこなしていたからであり、決して仕事が少ないわけではなかった。ただ、その努力を頑なにアーシェへ見せないあたり、親の矜持が表れている。


 結局話し合いの末に、転移魔法陣でお世話になった、ウィリアム・ミュレットを貸してもらえることになった。

 彼は数いるミリアシルの文官の中から特に秀でた者として、右筆に昇進した紛れもない秀才である。ここまで譲歩して貰ったのだからと、アーシェはそれ以上は何も言わずに謹んで拝借した。


 少しの悲しみが緊張の糸を断ち切った途端、強烈な睡魔がアーシェを襲う。

 今日はロベルティーネとの茶会により、珍しく昼寝の時間を設けていなかった。大人からすれば、昼寝は滅多に行わない睡眠なので、意識の外にあるが、アーシェにとっては大事な睡眠の一部である。

 いわばアーシェは全科目一夜漬け定期考査後の学生であり、試験が終わった瞬間に睡眠欲が復活したのだ。


「申し訳ございません」

「宜しいのです。却りて、わたくしこそ謝罪を述べねばなりません」


 うとうとと意識が朦朧となりつつも、大丈夫ですと返事を送る。口から出る言葉はもはや反射的なものに近く、普段のアーシェの異常なまでに卓越した慎重さと思慮深さは、きれいに抜け落ちて、普通の子どものような言葉遣いになっていた。


「皆々様に明日も神々のご加護がありますように」


 エルミニクが立ち上がり、アーシェを軽く持ち上げて介抱する。


 ひとまずアーシェを寝室に連れて行くため、会談は一時中断するとミリアシルが宣う。

 しかしエルミニクはせっかくの機会なので、自分がアーシェを連れて行くので会議は続けて良いと言葉を返した。

 茜としてはそちらの方が好ましい。彼も安全面と会談の有益性に妥協点を見つけたのか、全面的に彼女の言葉に従って三人の会議を続行した。


「其方はアーシェが眠りに入ろうと活動できるのか?」

「はい。強烈な眠気が付き纏い、幾許か思考が鈍っていますが、可能です。ただし、それではあーちゃんの発育に影響を及ぼしかねないので、普段は彼女が寝ると同時に私も睡眠を取っております」


 当たり前のことだが、この魔力で出来た身体を手に入れる以前は、アーシェが目を閉じると茜も目が見えなくなっていた。

 しかし今この状態は、目を開けている自分と開けていない自分が二人いて、記憶を共有している感覚がするのだ。


 この魔法を発動する前に何やら塗料を塗っていたが、同じものをつけていた三人の顔に変化がないことから、無色透明の液体だろうか。答えを期待しないで質問すると、特に重要な情報でもないのか素直に応えてくれた。


 簡単に言うと、彼等が求めていたのは魔法でできた木偶の坊である。

 それを集団幻覚と幻聴を引き起こす魔法薬を用いて、茜の身体に見せているだけというものにしたかったのだが、茜が面倒くさがって神に頼ったため、未発見魔法が発覚してしまったのだ。


「造神か。造形を司る神だな」


 茜の願いに応えてくれた神は造神。芸術家からは美の双神。領主からは家造りの神として親しまれている。

 大抵の場合、造神と聞くと前者を彷彿とさせるのだが、魔力で都市を築き上げる領主からは、芸術的な建築物を連想させるのだ。運良く『人造り』という物騒な成果を上げた茜は、喜ばしいのか嘆かわしいのか反応に困る。


「禁忌に触れたりはしませんか?」


 前世では表向き人間の複製は禁止されていた。この世でも賢者という名の介入者がいる限り、油断はできない。

 あちらで禁止されていることがこちらで禁止されていて、あちらで禁止されていないことがこちらで禁止されていることも、十分にあり得るのだ。何か事を為すのなら常に法律の論理積を取り続けるべきだろう。


「人が人を生むのに何の問題があるというのだ。ましてや人未満など何の禍根もない」


 どうやら倫理的な問題はないそうだ。ついでに今後の使用許可も得ることで、茜は疑似的にアーシェと別行動がとれるようになった。もちろん宿主には毎度許可を取るし、できる限り事前に許可を貰い、次善策として事後報告も必ずする。

 同居人とは引き続き良好な関係を築き上げていきたいものだ。こんなくだらないことで関係を悪化させてはつまらない。


 その後茜は理論的な考えを持つ二人と、倫理について摺り合わせを行った。この世界にはどのような兵器があるのか、この世で非人道的だと言われることは何か、この世界の大まかな刑法を聞いた。


 この世界の兵器とは主に魔具のことを指し、あまり多くの加護を持って生まれることのない直階貴族でも、多種多様な魔法を扱えるようになる魔具は、まさしく兵器と言えるだろう。

 一部の魔具であれば、魔力の詰まった魔石を用いて、平民でも使用することができ、小国の冒険者の中には粉末状に加工した魔石を適量消費して、爆発などの単純な火力を生み出す『魔術』という技術を使う者もいるのだとか。


「取るに足らない魔法もどきだ」

「魔石に封じた魔力を無理矢理解放しているので、決して融通が利くものではありません。破壊することにだけに目を当て、生み出すことを諦めた悲しい術です」


 そんな魔具や魔術も結局は人の手により製造され、人の身体から出るエネルギーを用いて、当人の判断で使用されるため、ほとんどの魔具は非人道兵器にはなり得ない。


 では彼等の言う非人道的行為とは何か。それは魔力を神に捧げる存在――つまり貴族を殺すことである。より正確には魔力の発生源を止めることだ。

 貴族を殺せる権限を持つのは領主以上の存在のみであり、たとえ長男であろうとも許されることではない。


 平民社会では、家主は子孫を殺める権限があるのだが、貴族ではそれが許されず、ある意味では個人の権利が守られている。


 しかし『貴族』とは貴族の子であり、かつ魔力を持つ七歳以上の男女である。そして身分に問わず、戸籍を与えられるのは五歳からであり、五歳未満の子は貴族の子であっても戸籍自体がないため人権の保障がない。

 もちろんまっとうな家であれば、通常の人間と同じように扱われるのだが、希に才能のない子を世に出す前に処分する家も存在するのだとか。


「五歳であることに意味はあるのですか?」

「出生率である」


 医学分野が薬学と魔法医学しかないこの世界では、出生率が著しく低い。貴族であれば品位にもよるが、通常時であれば平均九割を超える。

 しかし平民に関しては五割を切る領地も珍しくなく、生まれてきても無事育つ割合はさらに減るのだ。


 日本にも七五三の習慣があるように、五歳を過ぎた子どもの生存確率は飛躍的に増す。そのため、戸籍登録は第二の鬼門である五歳を乗り越えた五歳から、と法律で決められているのだ。


 また、面白いことにこの国の法律は平民についての規定は一切なく、項目の大半が公族に対して定められており、貴族に対しての法律も全体の一割強程度しかない。

 国が発行している法律を王定法と呼び、それ以外の法律は領定法や条例と呼ばれ、貴族法や平民法は領主が領地毎に定め、それによって臣民の扱いが違うことがある。


 上位の領地ほど貴族に対して平民の地位が低く、男爵領では相対的に平民価値が高いことが多い。セルヴ領も例外ではなく、貴族がおもむろに平民を処罰したところで刑法上の罪に問われることはないそうだ。


 尤もこれにも例外はあり、セルヴ領の一例を挙げると、貴族のお抱え平民を領主一族以外の貴族が許可なく傷害した場合は、器物損壊罪に問われる。因みに当領はどちらかというと判例法主義であり、その前例から法令が更新される。


「お待たせ致しました」


 茜にとっては新鮮な、様々な常識を話し合っている間にエルミニクが帰還する。どうやらセリアにアーシェを預けるのではなく、そのまま寝室へと自ら運びにいったらしい。

 明日アーシェが起きると喜ぶだろうなと想像しながら、気を取り直して会談に臨む。


「……始めるか」


 本当の会談はここからだ。アーシェに遠慮して言えなかったことがたくさんある。それは茜も保護者たちも同じであり、ここからは建前と本音が入り交じる大人同士の対話だ。


 ここで上手く立ち回れば老後の心配をしなくてすむと、茜はより一層気を引き締めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ