027.対話・前半戦
一通りの要求を言った茜はもう言うことはなく、次は保護者たちの番である。
「まず女王陛下から、先日賢者について匿名枢密顧問官への任命を仰せつかった。正式な任命は元旦に行われるが、既に権限の付与は為されている」
「陛下は私の出現を感知していらしたのですか」
賢者が出現した国のトップはその日の夜に神のお告げが来るらしい。
親の名と子どもの名前、そして出現した時点での場所を知ることができ、知った陛下はたいへん笑顔で謁見に臨まれたのだとか。
神様はすごいですねと呟いていると、エルミニクが茜に最初の質問を投げかけた。しかしその質問は、茜の予想していたものとはかなり方向性が違っていた。
「出身地ですか?」
「何かございまして?」
「いえ、日本国、旧大日本帝国京都の乙訓なる地でございます」
その後既婚者か、子どもはいるかなど、茜の知識というよりも、個人情報を根掘り葉掘り問いただされた。
彼女曰く、為人を知ることでこれから齎される情報の真偽、有用性を判断することができるのだという。
彼女は立場上、淑女主催の茶会から紳士主催の立食会まで幅広く参加する。特に後者は、夫の護衛という立場が多いため、人の表情の変異には敏感に察することが必要とされ、信頼に足る人間かどうかも会話を通じて把握できるのだ。
その中でも最も正確に捉えることができる会話は、日常会話や個人の情報を含む内容である。
「既婚者です。子どもは二人いました。この国で言うところの学院を卒業してからは一貫して研究に励み、研究機関をいくつか渡り歩き、最終的に倒れるまでは学院内の研究室に身を置かして頂いておりました」
閻魔大王の裁判ではこういうことを話すのかな、と下らないことを考えながら、全ての質問に答えていく。前世のことなので一切の隠し事をせずに、赤裸々に答え、信頼を得るべく努めた。
その結果茜の思惑通りエルミニクは満足したようで、最後に一つだけ質問をして終わった。
「貴女は国にさらなる知恵を与えるのですね?」
「私にできること、知っていることであれば」
何でも答えるわけにはいかない。それはこの世に来る前に、他の派遣員と交わし合った約束に反するからである。
神は健全な世界の発展をご希望であり、健全な世界にNBC兵器などは必要ないだろう。
しかし、この親たちなら理性的な判断を下せそうな気がするので、できる限りは協力したいところである。
実母との話し合いが終わり、次に話すは本命であるミリアシルとロベルティーネだ。実のところアーシェの場合実母より義母の方が交流を持っており、茜も先ほどよりはやりやすかった。
しかし実父であるミリアシルは、エルミニク以上にアーシェとの交流が少ない。日常的に話す言葉と言えば食事前後の一言二言であり、親子らしい会話は、少なくとも茜の記憶にはなかった。
「然らば話を進めよう」
その尊大な話し方も全く違和感なく出せるあたり、数千年の家を継ぐ当主であることをこれでもかと言うほど思い知らされる。
「其方の意見を聞きたい案件がある」
「お聞かせ下さい」
これはいわば入社試験だ。現実という名の解答用紙に書き込んで着実に成果を上げて点数を稼ぐ加点方式の実技試験。これからの茜の立ち位置と人生を大きく左右する大事な仕事である。
「公都外層区域の整備計画だ」
公都三層の内の外層は貧民が生活している区域であり、貧民は公都の市民権がなく正式な結婚や施設の利用権などを制限されている。
いわゆる下流階級の外層民が市民権を得るためには、上級市民の人間と結婚するか、領主に税を納めて市民権を買い取る必要がある。ちなみに公都外壁の外側にあるから外層である。
建築や都市開発は夫の領分なのだけれどと呟きながら、茜は資料を受け取った。
今回の区画整備は、アーシェとは生涯縁のないような者どもが暮らす場所だ。多少失敗したところで、問題は起こらない良い教材と考えた結果の選択だろう。茜はそう考えて、素直に差し出された資料を見る。
その資料をほんの一瞬だけ精神世界へ取り込み、アーシェと共有する。別に誰かから助言を貰ってはいけないとは言われていないので、問題なかろう。
――そもそもどうして税金が払えない貧民が発生するのかしら。
公都の都民税は決して重いわけではない。その要因は偏に貴族が扱う通貨と、平民が扱う通貨が異なることにある。
貴族が個人的に運用している土地ならまだしも、貴族の長たる領主が治めている土地の運営に、平民の使うモネ硬貨はあまり必要ないのだ。
今回の区画整備に用いられるものも、人材でも資金でもなく、膨大な魔力であり、平民の力は求められていない。
「期限はいつまででしょうか」
「二月を目処に毎週途中経過を報告して貰おう」
助言を求めるだけにしては随分時間を設けているようだ。しかし茜は、一切の知識、情報がない状態からの始まりなので、言葉よりも難しいかもしれない。
――ここは本気で取り組んで想定以上の結果を出そうかな。
――常に本気で取り組んでくれないと困るわ。
「いくつか質問をよろしいでしょうか」
「差し許す」
ではと一言間に挟み、茜は資料から読み取れる疑問点をいくつか洗い出す。
まず、外層とは本来の公都の区域ではない。領主の監視が行き届かない場所に、脱税者が勝手かつ逃げるように住み着いた結果、生まれたスラム街であり、そんな街を整備すると言うこと自体に違和感を覚える。
外層の居住区は、主に北の大門付近に集中していた。これは他の三門が、他の街からの行商で賑わうため住み難かったことが原因だろう。
しかし北には、人の足で一週間ほど進んだ場所に、グラシア大峡谷と呼ばれる巨大な谷があり、その森から時折魔物の群れが南下してくるので、北の外層区域は常に危険が付き纏うのだ。
しかし同情する余地はない。彼らがいるせいで、今まで公都を拡張する場合、どうしても北以外に伸ばす必要があり、公都内の北区がいつまで経っても発展しない問題を抱えていた。
「そこから考えるに此度の計画は北へ拡張するための前段階でしょうか」
「然り。区画整理の後に北の大門付近に軍の特殊演習場を増設する予定である」
曰く、今まで大規模演習を行う際は、南東へ三日ほど進んだ演習場へいかなくてはならなかった。
しかしこの特殊演習場は、魔法により空間を歪めることで、広大な土地を必要とせず、それにより軍は室内で秘匿性の高い演習を行えるようになる。
空間を拡張するためには拡張時に膨大な魔力が必要となるが、そのコストを考慮してもなお、実行に踏み切る価値のある案件なのだとか。
現在セルヴ領は二世代間に渡り人材不足が続いている。
予備人材はなく、早急の増員は見込めないため、一人一人の質を高める必要があった。加えて人材不足のせいで件の大規模演習場へ行く余裕がとれず、日を跨がず帰還できるような近場の訓練場を必要としていた面もある。
「その特殊演習場というものは小屋の中に数千平方メートルもの敷地を創り出すこともできるのですか?」
「無尽蔵の魔力があるのであれば理論上は可能である。但し必要な魔力は指数関数的に増加するため現実的ではない」
予算は十万アルテ。
貴族が使う通貨であるアルテの実態は、全属性の魔力である。貴族は必要に応じて自分の魔力を単属性で造幣局へ納め、それに応じたアルテを貰い受ける。
もちろん魔力があれば無尽蔵に受け取れるわけではなく、領地から提示された金額を受け取れるような、受け取り専用の銀行窓口のようなものだった。
しかし全属性の魔力を持っている貴族は領主一族以外は滅多にない。そこで貴属性と呼ばれる、闇と光の属性を持つ貴族が造幣局局員となり、足りない属性を掛け合わせることで、アルテを造り出す。
簡単な話、一アルテが欲しいのなら、六アルテ分の単属性魔力を差し出せば良いのだ。
「しかし初めて聞く通貨ではその価値がどれほどのものか実感がわきませんね」
「先ほどの焼き菓子は、一アルテで三箱購入できます。モネに変えると小金貨と同程度で取り引きされるでしょう」
つまり一アルテ一〇〇モネといったところだ。しかしどちらにせよ、あのクッキーがどれほど高価なものか知らないので、一度城下町に降りていろいろな物価を見てみたい。
「大体分かりました。では現状の情報の中から助言致しますと、北門付近に中規模農業地帯を新設するのは如何でしょうか」
現在セルヴィスでは二次産業が盛んであり、一次産業は他の農業地帯に依存している状態で、自給自足率が著しく低い。
平時であれば問題ないのだが、緊急時では、最低一年程度は単一都市のみで生活できるような環境を整える必要がある。
理想なのが周辺都市町村で一つのグループを作り、その中で完全に自給自足できることである。
現時点であれば、少なくとも遠郊農業ばかりではなく、近郊農業にも着手すべきだ。
「主食は事足りているのだが」
「でしたら穀物でなくても結構です」
ここでの目的は穀物生産量を増やして自給率を上げることではない。
今まで不安定な治安などの影響により、開発が遅れた北門付近に、軍の施設を配置することで生まれた安定した治安を、有効的に活用することが重要なのだ。
頻繁に軍の関係者が出入りするような環境になれば治安の安定化が見込まれ、そこに平民からの出店や移住の猶予が生まれる。
加えて凶暴な魔物、魔獣が発生した場合もすぐに対応することができ、魔物による作物への被害も抑えられる利点もある。
「それらを踏まえて区画整理案を提出致します」
「よろしい」
脳内で、いくつもの案を出しては修正を加え、逡巡すべきと判断したのなら記憶にとどめて次に入る。
そして、ある程度納得がいく答えにたどり着いたら、いったん思考を切り上げて現実に戻ってきた。




