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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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002.懐かしき同郷の者たち

 ――ここは……。


 気付いたら、真っ白な空間にいた。

 どこまでも続く白い大地、太陽もない白い空には三つの輪が浮かんでいる。手を振っても空気に触れる感触がしない。しかし呼吸は継続的に行われ、生命活動に支障もない。

 その場で私は四十路前辺りの身体をして立ち呆けていた。しかも全裸で。


 ――何故全裸?


「あー、あーっ。おぉっ」


 普通に声が出せる事に感動し、つい感嘆の声をあげてしまった。


 ――さて、ここは何処だろう?


 一見してあるはずのものがない。床も空も壁も。太陽などの光源もないクセに、周りは明るい。では何があるのかと言うと、私の他にも全裸で立っている人達が大勢いた。


 各々がこの待遇に戸惑っているのか、次第にざわめきが強くなっていった。

 そんな中、別に裸を見られても恥ずかしがるような領域を優に脱していた梅子は、現在の状況を冷静に把握する。


 ――足元に影がない。本当に私は死んでしまったのだろうか。うーん、それにしても全裸の集団の中に少し見覚えがあるようなないような顔ぶれがいるぞ。いやでもあの人達は随分前に死んだはず。確か名前は――。


「何処なんだ、ここは」


 梅子の近くにいた少し太り気味の中年男性が、困惑気味に説明を乞う。それに釣られ、周囲の人物から不安の波が伝わってゆき、何もない空間に満ちていた静寂は、瞬く間に動揺へと変わっていった。


 ――あー、これは。


 ようやく全員の顔と名前が一致する。ここにいるのは皆それぞれが時代は違えど何かしらの学問の最高峰に通じていた者達だ。


「ん、あれ、梅ちゃんか?」


 突然後ろから全裸の男に声をかけられた。


 梅ちゃん。これは私の学生時代の学友から不名誉にも授かった渾名だった。つまりこの人は学生時代の旧友という事になる。


 大昔の記憶を呼び起こし、この顔と身長に一致する人物を想起する。


「あー、妹沢さん?」

「そうそう。でもどうして梅ちゃんがここに? 確か理研に行ったんじゃ?」

「理研? そんなのとっくに定年退職しましたが」

「へ、定年? 理研って定年制度なんてないでしょ。それに勤めてからまだ二〇年くらいしか立ってないよね?」

「……二〇年?」


 旧友との時間感覚のズレに驚くが、梅子は一つの可能性に辿り着いた。


「……もしかして、妹沢さん。今って何年何月何日?」

「ん、えーっと、今日はあの実験をやる日だったから……昭和二十年三月十日だね」

「あー、そう来るか」


 やはり私達は死んだ時間とは関係なく呼び集められたようだ。


「ねぇ、色々と試したいのだけど、付き合って頂けませんか?」

「構わんが」

「では質問。妹沢さんはここに来る前、どこで何をしていました?」

「ん、あー、確か豊島んとこの友人の家を訪ねてたんだ。そんで警報が鳴って……ここに居た?」

「ふむ。じゃあ自分が死亡したって自覚は?」

「は?」

「いやなに、私の最後の記憶は二一世紀ですので」

「え?」

「ちゃんと妹沢さんの葬儀にも出ました」


 信じられないといった表情で固まる妹沢。しかし最後の記憶を鮮明に思い出したのか、顔から血の気が引いてゆく。


「そうか……そうだった、僕は、燃える火の中、あいつを助けようとして……死んだのか」

「ふむ、まあ昔の事なんて忘れて今の事を考えましょう」

「少しは、慰めてよ……」

「ご愁傷様です」

「…………」


 梅子は項垂れる彼から目を離し。手を二回叩いてここにいる大衆の注目を集める。


「はい、注目してください。まず、私が確かめた限り、ここにいる全員、私から見れば過去の人物です。もしかしたら私もまた過去の人物だという人もいるかもしれません。何が言いたいのかと言いますと、既に勘付いている方々も居られるでしょうが、この場所は死後の世界、またはそれに準ずるモノではないかと言う仮説を立ててみました」


「へぇ……」

「死後ねぇ……」


 返ってきたのは多くが否定的なものであったが、これも想定内だ。


「では、信じられないという方は、今日が何年何月何日なのか近くの人と確認してみてください」


 訝しげに今日の日付を確認し合う。すると数日違いの者もいれば、数十年単位で誤差がある者まで出てきた。


「ほ、本当に……死んだのか……?」

「あぁ……そうだった。私は……飢えに苦しんで……」

「確か……台北の空港で……」


 何人かに話を聞いてみたところ、寿命を全うした者はそう多くはなかった。大多数が病気や飢え、戦死、事故などだったらしい。

 確かに一部の者は、科学者なのに軍に楯突いて、全線送りにされていた人もいたなぁと、しみじみと感じていた。


「しかし死後の世界って、天国や地獄があるのかと思っていたけど、まさか何もない場所に全裸で放り出されるとはねぇ」


 内心、これからどうしようかと考えていたが、しばらくして皆がそれぞれ今後について考え始めたら、突然誰かの声が頭の中に響いてきた。


『訂正致しますと、ここは我々の定めている世界の定義に当て嵌まりません』


「誰だ?」「意識に直接?」「いや……こんな技術いつの間に?」


 姿の見えない声の主を探し、周囲を見渡す。すると天からいくつもの光源が各々の頭上に降りてくる。


『はじめまして。私はこの場の運営を任されている者です。我々の手違いで皆様と同時に出現することが出来ず、長らくお待たせしてしまった事を、心から謝罪申し上げます』

『さて、幾人か察している方もいらっしゃるようですが、皆様四七人がこの世界へ呼ばれた理由は単純です。それは皆様が数いる日本国の学者の中で、特に国家や世界に多大な影響を与えた人物で、なにより、比較的常識人だからです』

『我々はその業績を見込み、皆様にこの生まれて間もない未熟な世界への片道切符をご用意させて頂きました』

『ここにいるという事は、事前に了承をしてくれたはずですが、今一度、皆様の魂を来世で活かして頂けないでしょうか』


 皆、ここにいる全員が圧倒されていた。確かにここにいる全員が前世で死ぬ直前、不思議な声を聞き、藁にも縋る思いでその条件を飲んだ。しかし本当に現実に起こるとは思っても見なく、死ぬ前に本気にしていたのは、梅子も含めて極少数のみだろう。


「要望と質問があるのですが」

『どうぞ』

「まず全員分の服を頂きたいです」

『はい』


 すると自身の身体、正確には皮膚から数ミリ離れたところに光の粒子が群がり、それが形を成して純白の布が現れる。


 ――これ神社の人が着ていたやつだ。


「ありがとうございます。では質問を。私はここに来る前に知識の再利用と聞いたのですが、それはつまり記憶や肉体も引き継げるのでしょうか?」

『はい、記憶は現在の状態から一切の欠落なしで引き継ぎます。しかしあなた方の肉体は既に朽ちているため、新しく望むままの肉体となり、新世界で誕生します』

「全く新しい体という事ですか。では、新世界での戸籍等はどうなるのでしょうか?」


 できるだけ彼等の手で世界を改変しないために、世界中のどこかにいる存在から最も望む姿に近い肉体を選出する。近い者がいないようであれば、数世代前から遺伝確率を操作し、肉体を作り出す。それでもできないようであれば、新規の肉体を出現させる。ただし最後の場合は、戸籍等の身分証が用意できないとのことだった。


「では最後に、私達はその新しい世界に行って何をすれば良いのでしょうか?」

『我々の望みは健全なる惑星の発展です』


 規律のある世界。自然と人類の共存。健全なる惑星の発展の定義は個人個人の想像に任せ、何があっても我々は介入しない。そう言い放った彼等は次に一つの注意事項を示す。

 これから行く場所には、既にある程度整った文明が存在する。そこで生まれた社会に反する行動を取ればもちろん社会から弾き出され、人々の反感を買うことになる。故に必ずしも自由に行動できるわけではなく、原住民のことも考慮することをお勧めする。

 彼等はそれ以上は言わずに、梅子の問いに対して完全に説明できたと判断した。


「私からの質問は以上となります。お答え頂きありがとうございました」

『他に質問のある方はいますか?』


 皆がしんとした中、ある男が挙手をした。


『はい、佐藤信三郎さん』

「もう佐藤じゃないんだが……ごほん、えぇと、私は死ぬ間際奇妙な存在に会い、ここに来た。今でもまだ半信半疑だが、君たちはこれから向かう場所は別世界と言う。もし私達がいた地球とは別の星に移動され、元の体のままがいいと望んだ場合、その人はぺしゃんこに潰れたり、体液が蒸発したりはしないのだろうか」

『ご安心下さい。今回向かう先の環境はあなた方が住んでいた環境と大差ありません。しかしあなた方の星がそうであったように、赤道直下の最高温度と惑星の自転軸下の最低温度は摂氏一五〇度以上の差があるでしょう』

「なるほど」


 佐藤を始めとし、それを機に幾人もの質問者が出てきて、次々とこれから向かう場所の情報が流れ込んでくる。

 梅子はその情報をまとめ上げ、凡そ地球と大差なく、環境だけで言うなら快適に暮らせるようだと結論付けたが、終始文明については一切語ってくれなかった。


『もう質問は御座いませんか。それでは皆様頭上をご確認ください』


 そう言われて、各々頭上の光を見る。


 全員が光の玉を見た直後、その光の中に数字が浮かび上がった。


『それは現世で他界したときの順番で、そのまま異世界へ届ける順番になります』


 四七……やはり最後か。


「はい」

『はい、久我梅子さん』

「こうして現実に……現実? まあ目の前に過去の偉人や親しかった知人が居るわけですし、もう少し仲間内で話をさせて頂けませんか?」

『構いません。思う存分お話しください』

「皆さん、集まってください」


 梅子の意図を察した者からぞろぞろと集まってくる。

 いかに戦時中、戦前の人物がいようとも、女だからと言って反発するものなどここには居ない。ここに集められた人物は腐っても皆当時、世界でも通用した最高峰の有識者たちなのである。


「それでは特区開発にあたり各自の目標と全体での目標を立てましょう。異議のある方は随時応答しますので一声かけるか静かに手を上げてから発言をお願いします。この時点で異議のある方はいますか?」

「「…………」」

「いないようですね。では次に作戦会議の進行役を決めたいのですが、立候補する者はいますか?」

「「…………」」

「いないようですね。では引き続き私、久我が進行役を務めさせて頂きます。立ち話も何ですから、どうぞ床にお座りください」


 全員が座り終わったところで、再び話を始める。


「ではまず初めに私達の最終目標を決めたいと思います。何かいい案はありますか?」


 誰も手を挙げない中、ある男が挙手をする。


「はい、では五番の方……すみません、初めて発言する人は名前だけでも良いので軽く自己紹介お願いします」

「あぁ、そうですね。私は金丸鋼、元法学者です」

「では金丸さん、どうぞ」

「あぁ、それで提案なんだが──」


 金丸につられて他の有識者達も意見を述べる。序盤は梅子を含むいわゆる理科系の学者は一切口を挟まなかった。それは話題が主に人類の言語の統一や、宗教、教育、政治、法律関係だったからだ。だが一人の科学者がその流れを変えた。

 その男は先程謎の光に佐藤と呼ばれていた男だった。


「はい、どうぞ」

「科学技術は、どこまで進化させるべきだろうか?」


 その問いは戦前に死んだ者と、戦後に死んだ者とで大きく意見を分けた。


「科学は人類が歩んできた証しだ。発展させるべきだろう」

「いや、進めすぎず、遅らせすぎず、管理すべきだろう」


 その二つの主張は何処までも平行線で、結局、発展に賛成か、反対か、棄権かの多数決になった。


「はい、それでは科学の発展に賛成の方は挙手を、私の手が上がっている間は集計します……二、四…………。はい、では次に反対の方は挙手を、……二、四、六、八…………。はい、確認取れました。結果、棄権十八、賛成五、反対二四により、科学技術の無条件の発展はなしになります。異論のある方はいますか?」

「「…………」」

「いないようですね。では次は何処まで科学技術を発展させるかですが──」


 協議の結果は、科学技術は飛行機を作らせるのは不可。蒸気機関も不可。薬学などの医学はある程度可。文明はそのままで、文字言語は後の人の事も考えて出来るだけ統一、あわよくば日本語で。研究記録は原住民に見つからない様に、しかし出来るだけ残しておくように。と言うことで纏まった。


 前の転生から次の転生までの期間は約一〇〇年であるらしく、運が良ければ超高齢の状態で次の人を迎える事はできるが、神々に催促される程の後進世界では望み薄だろう。

 つまりは我々が独自で研究した成果を後世に残すのは困難極まるということだ。


 ――まあ、私は最後だし祈るしかないのだが。


 そうして体感で数時間に及ぶ打ち合わせが終わり、今は各自旧友との再開を楽しんでいた。最後の最後くらい、穏やかに逝きたいのだろう。

 そんな中、佐藤と梅子もまた、何処か互いを懐かしむように背を預け合い、座っていた。


「やはり生きていたんだね」

「久しぶりです。信三郎さん」

「あぁ……久しぶり、か」

「最後の記憶は、やはり……」

「あぁ、確か……三四年だったか?」

「うん」

「そうか……梅子さんは?」

「それがわからないのよ。西暦二〇二〇年までは生きていたと思うのだけど」


 それを聞いた信三郎は驚いた声で聞き返した。


「えぇ!? それじゃあ梅子さんは二世紀をまたいだのかい? そうなると歳は最低でも百にじゅ」

「こらこら、女性の歳を詮索するのは感心しないよ」

「あ、あぁ、ごめん。少し驚いて」


 ここにいる全員と情報の共有をし、最近の世間話や自らの死後のことなどを話しているうちにもはや時間の感覚など無くなっていた。食事も睡眠も必要としないこの空間では何時間経っているのかわからない。それこそ何日、何ヶ月も話していたかもしれない。


 もっと話していたかったが、時間が来たようだ。梅子は信三郎を連れて光の近くへ行く。


「もっと話してたかったけど、またいつか。梅子さん」

「ふふっ、もう会えないかもしれないのに。まあ、そうだね。またいつか。信三郎さん。……後生では幸せになってくださいね」

「……梅子さんこそ、今度は自分のやりたいことが出来る人生であれば良いね」

『それでは皆様、意識を集中し、自分の思い描く理想の身体を想像してください』


 自分の意識を集中し、若かりし頃の我が身を想像する。

 体が淡い光に包まれ、次第に体の感覚が消えていった。

 その時、心地よい光に包まれながら、梅子の心にある疑問が過ぎった。


 ――結局あの人の名前聞きそびれてしまったな。そういえば信三郎さんも少女に出会ったって言っていたっけ。学習能力的には子どもの姿もありかもしれない。まあ、身体面、主に体力的に考えてそれは無──


 そうして彼女達の意識は光に飲まれ、過去に英雄と謳われた者達の、新たな人生が始まった。



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