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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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001.老婆の終わる日

初投稿です。

何卒よろしくお願い致します。

 白い壁。白い床。白い天井。白い機材。全てに色がなく、全ての光が集まる空間に彼女は寝ていた。


「……」


 言葉は出ない。彼女の声帯はもう何年も前から使われることがなく、それに伴い機能も衰え消えている。

 半開きの瞼には脂が溜まり、その間からは覗くは光のない瞳。力なく虚空を見つめる瞳には現実の一つですら映っていない。


「……」


 その身体はもはや生きているとは言えなかった。その四肢は不完全であり、唯一残っている右腕も無数の管に繋がれて、髪は刈り剃られ、胴は何かを隠すように包帯が巻かれている。


「……ぁ」


 突如として、前触れもなく。

 まさしくその言葉通り、彼女の意識が覚醒する。泥沼の無から少しずつ浮上する意識は現代の()()。過去に囚われた死に損ないの怪物。霞がかかった思考の中で、彼女は演算と記憶を繰り返す。


 ――ここはどこだろう。今はいつ。私の名前。私は何者。えぇと、再認識。再確認。人の価値。民の重み。研究は。国意の後。生命の理想体。人道の計算。道徳を構築。うん、把握。


 ここはとある医科大学の地下にある研究所だ。『私』は人の寿命の限界を計測する実験に協力していた。ある年までは普通に生き、それからは最高の環境下で過ごして寿命を測定するため施設に移った。

 この部屋は最終段階の被験者のために用意された巨大な延命装置そのものだ。部屋のあらゆるものが医学に基づいた設計がなされ、中に隔離される者の寿命を可能な限り引き延ばす。


 この肉体も事故や病でこうなったわけではない。衰えた部位を切除して、ただただ心臓と脳を動かすだけの入れ物に変える。そこに命がある限り諦めない、医療を突き詰める崇高なる実験だった。


 ――これはいよいよ以て仏様のお世話になりそうだなぁ。……と?


 ふと、不自然に感じたことがある。

 何故こんなにも意識がはっきりしているのだろうか。


 彼女の身体は今や人工血管に人工血液。心臓ですらもしかしたら人工物かもしれない。そんな人工物だらけの、脳に栄養を送るだけの延命装置と言っても過言ではない身体で、どうしてこのように高度な思考を行うことができるのだろう。

 それだけではない。先ほどから全身に感覚が戻り始めている気さえする。暗闇の世界から次第に光が見え、瞼越しには淡く光るモニターが朧気ながら見えた。


 それから少しばかり時間が経ち、首を回せるほどに身体機能を取り戻した彼女は寝台の隣に奇妙なモノを発見した。

 それは光源だ。淡く光る光源は部屋の明るさや光の強さと言った関係を無視して、異様な存在感を放っていた。目で見るのではなく、まるで記憶に植え付けられるように、それを見たと言う情報が脳内に発生する。


 明らかに怪しげなその存在を彼女はまじまじと観察する。それは物質なのか、現象なのか。光を発していると言うことは、少なくともその光が眼球に対して作用する効力を持っていると言うことだ。そこまでなら科学的現象として説明できる。


 しかしその光は浮いていた。羽虫かと思ったが長い間そこにいても微動だにしないのだ。少しの振動も起こさずに滞空できる存在は、少なくとも彼女の引き出しには持ち合わせていなかった。


 ――えぇ……なんだろうこれ。


 困惑する彼女が真っ先に思いついた単語は幽霊だ。しかしこれでも昔は化学の筌蹄者(せんていしゃ)と呼ばれた、その道の権威である。可能であれば、そのような言葉は使いたくないと思うのは当然の考えだった。

 だが、それでも現実にこうして目にしてしまっては仕方がない。そう割り切ってその光を幽霊と仮定し、観察を続けた。


「うっ……がっ……こほっ……」


 ついに喉の感覚も戻ったのだが、彼女に関して言えば地獄のような出来事だ。

 数分前まで彼女は一人で呼吸すらもできなかった。脳を生かすための酸素は血液に直接供給され、肺は声帯と同じく何年と使っていない。それなのに機能が戻った肺は酸素を欲し動き始め、喉を通る空気は焼けるように皮膚を刺激する。

 そんな時だった。


【大丈夫ですか。】


 光が崩れ、一部が粒子になったかと思いきや、それが日本語の文字列へと姿を変える。やはりそれも朧気な光のはずなのに、記憶にだけはしっかりと残り、認識できた。

 空気は通っても、発生できるほどには回復していない声帯を無視し、なんとか目と首だけで訴える。彼女の意思が伝わったのか、宙に浮いている文字はいつの間にか【安心しました。】に姿を変えていた。


【久我梅子様でお間違いありませんか。】


 どうして私の旧名を知っているのか、梅子は訝しく思うも、光の問いに肯定する。すると再び【安心しました。】に文字が変化し、それからしばらくは無言の会話が続いていた。


 光の存在とコミュニケーションを取っている内に、いくつかソレについても分かったことがあった。ソレはどうやら幽霊ではないらしい。幽霊ですかと聞いたところ、幽霊とは死者の霊魂であり、ソレには生死の概念が無いという理由から幽霊には当たらないと言うことだ。


 ――あなたはどうしてここに来たのですか?


【貴女の知識を再利用しに来ました。】


 私はどうやら次の眠りで死ぬらしい。ソレは私が死ぬ前に、知識の再利用とやらの事前承諾をしたかったらしく、こうしてご足労頂いたとのことだ。知識の再利用とはこの地とは別の場所で生まれる予定の小さな命に移植して、その世界の成り行きを見守ることだという。


 次寝たら死ぬと言うのはおそらく本当のことだろう。今この意識がある状態も奇跡に近く、推察するに、ソレが承諾のために強制的に覚醒させているのかもしれない。もしそうであればその技術には興味と敬意を抱かざるを得ない。

 人の意識を簡単に操作できるのであれば世界の麻酔医学界に革命が走るだろう。世界中の麻酔医が求めて止まない技術だ。


 ――知識の移植なんて可能なのですか?


【可能です。ご自身の身体を見て下さい。】


 梅子はソレの言う通り首を傾けると、そこには四肢があった。


「何で……えっ?」


 声が出ている。それだけでは無い。あるはずのない、過去に切除した四肢が元に戻り、肌か骨かも分からぬ身体は潤いを取り戻し、三十代ほどの姿に変わっていた。

 若返り。その言葉が最もしっくりくる現象を前に、梅子は自身の身体を触診し、本当に異常が無いことを確認した。


【貴女の過去の肉体を複製し、記憶を移植しました。】


 それができるのなら寿命という概念が無くなる。人は望んだ時に死に、望んだ時に生まれることさえ出来るようになるだろう。人口は常に均一に保たれ、世界は食糧難に悩まされること無く、恐ろしいまでに平等な世界を創り出すことも可能になるかもしれない。


「どうやって……」


【言語化するのであれば、この世の理に抵触しないよう、細心の注意を払い、新しい現象を生み出しました。】


 ソレ曰く、ソレは様々なモノを創り出せるらしい。しかしソレはただ創るだけでは物足りなく、自分ルールを設けて場面場面によって自由を制限しているのだとか。


「あなたは神様なのですか?」


【神を唯一無二の存在や精霊信仰のような神と定義するのであれば、私は神ではありません。この時空の創造において、私は直接的な関わりは無く、運用に関しても無関係と言えるでしょう。加えて私を認識している他の存在は、どの時空においても存在しません。】


 ソレはソレであり、ソレ以上でもソレ以下でも、ソレ以外でもない存在らしい。実際には日本語における『存在』の定義とも異なるそうなのだが、他に言い表せる言葉が無く、仕方なく妥協しているのだとか。


 梅子が見ているソレは、ソレを認識できるモノが存在した場合を仮定して、どのようにすれば認識しやすいかを試行錯誤した結果、実際に見せるのでは無く、見えると思わせるように記憶にすり込ませることが、最も再現性の高い対話方法だったのだという。


 そうしてソレと意味不明な話をしていると、梅子は一つの決心が付いた。


「覚悟ができました」


【宜しいのですか。】


 ソレは今一度梅子の真意を問う。

 しかし彼女の中では既に答えは決まっている。この数十年。記憶は無いが、ベッドの上で死から逃げ、死を待つだけのモノだった梅子に、最後の最後で人間の尊厳を与えてくれた。それが事前承諾のためだとしても、結果として彼女は一時的にも昔の身体で生活し、若返りという貴重な体験ができたのだ。


 その恩をもうこの世で返すことができないというのであれば、次の世で彼女のために働こうではないか。彼女の視線の先に何があるのか、梅子は推し量ることができないが、この先、何があろうとも恩を忘れることはない。


「この度、人としての生を再びお与え下さいまして、誠にありがとうございます。そのご厚意に深く感銘し、感謝の念を禁じ得ません。つきましては元より気息奄々の状態であった身、既にこの身は私のものではないと心得ております故、どうかあなた様の御意のままにお使い下さい」


【貴女のご意思、受け取りました。】


 その瞬間、私は猛烈な脱力感と睡魔に襲われた。


 ――これが死ぬという事なのだろうか。……寒い。


【あ■■く■、私の愛■■子ら■、導■■■】


「さ……いご……名前……あな……様……」


【私■名■■ありま■■が、■■■ら■■■■■■と呼■■■おり■■。】


 意識は朦朧とし、先程まで四肢であったモノが灰となり白いシーツを汚す。髪は白く抜け落ち、肌は荒れ果て、骨の輪郭が浮き出る。


 そして私の意識は、前に現れた存在の名前を目にする前にこの世から消滅した。




 意識が途絶える寸前、あの存在の前に小さな少女を見た気がした。



お読み頂きありがとうございます。

ご興味がございましたら、また次も読んで頂けると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 文学がお好きな方なのかな、が第一印象です。 私は、タイトルはこのままでも良いと思いました。
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