衰亡
トラキウスが死に、その息子も孫も死んだ。今や彼の建てた王国は曾孫のペルキウスによって統治されていた。ペルキウスは、曾祖父勝りの怜悧な王であった。しかし難点は、人臭さが如実に表れたことである。彼は人の王として優れていたが、もはや私の存在など気にもかけなかった。変わらず私の袂で生活し、マルコシアスの建てた宮殿で妻と子と共にいたが、けれども私のことなど気にもかけていなかった。私のかける影よりも、宮殿の中庭に植えられているオリーブの木陰の方が、よほど彼らのお気に召したようだった。妻はよく、私の枝を何本か切り落とせないか、と言った。これに対してペルキウスは何の確証も持たないが、けれども曾祖父勝りの怜悧さで返した。
「あの木はただの木だが、あそこまで大きいのは世界に二つとない。切り落とすのはもったいないよ」
「でも、あの木は邪魔だわ。薪にもならないし、あれのせいで洗濯物が乾かないのよ」
「そう言うんじゃないよ。僕の曾祖父は、あの木のおかげで大義を得たんだ。あれの正体が何であろうと、僕達はあれを尊重しなければ」
私は悲しみを表現しようと体を震わせたが、しかし人は喜ぶばかりだった。
この頃、ペルキウスはとんでもないことを実行に移していた。人は昼夜を問わずごうごうと煉瓦を焼き、それからアスファルトと漆喰とを大量に作るようになった。それが何を意味するのか、すぐに歴然となった。
大地を掘り下げ、平らに均した。それから無数の煉瓦を丁寧に敷き詰め、徐々に天高く積み上げた。人は何やら大声で喚き散らしながら、私の方をちらちらと見ていた。それは私からさほども離れた場所ではなく、ペルキウスの国の外れに建てられた。
ペルキウスも歳を重ねた。壮年から老年へと差しかかる頃――彼の妻が亡くなり、彼らの子が国の政治をつかさどる頃――それは形を見せ始めていた。無数に積み上げられた煉瓦が、徐々に天へと伸びていく。くすんだ黄色の表面が日に晒されていた。
それは塔だ。測りようもないほど大きな。私がそれと気付いた時、すでに私の半分ほどの大きさになっていた。塔は三分の一も出来てはおらず、いまだ円錐の底辺を形作っているにすぎない。多くの人が、煉瓦を積み上げていた。塔の表面に梯子を掛け、上天へ向けて無謀にも好奇心の触手を伸ばしている。
老体に鞭を打って、ペルキウスも塔の建設に精を出していた。彼は怜悧な王だ。けれども人の子であった。他人の口を閉ざす術を持たなかった。
やがて塔が私の半分ほどの大きさになった時、それを見上げていた男の一人が嘲弄の言葉を吐いた。
「何が神だ。馬鹿野郎め。これからは人の時代だよ」
まさしく不遜で驕慢で、それでいて傲然とした響きだった。鞭で叩かれたような衝撃が私の体を駆け抜け、次いで激しい雷電がその塔の頭上に迸った。
途端に人々が、あらゆる全てから逃れようと塔から飛び降りた。何人もの人が塔のてっぺんから地面に叩きつけられて死んだ。そうでない者でさえ、木に落ちて骨を折るか、もしくは誰かを犠牲にするか、さもなければペルキウスのように熱に焼かれて大火傷を負うかした。
ともかくあのお方は、無言の内に激憤を発散してしまわれた。猛然と二度、三度と閃光を走らせ、そのたびに塔が崩れ落ちていく。何十年と積み上げてきた物が、ほんの半瞬にも満たぬほどの間に、ただの瓦礫となり果てた。まるで巨大な山脈でも出来たかのように、崩れた塔の残骸が地面にうず高く積み上がった。その余波で一日中、大気が煙に巻かれたようだった。細かな粒子が宙空を飛び交い、それを稲妻が巻き起こした烈風が運び去る。人が宙に舞う力の強い風であったのだが、けれども砂埃が治まったのは翌日の明け方のことだった。曙光を反射して黄金色に輝く砂粒が、その日の早くに、やっと東へと飛んでいった。風が行きつく先で砂が溜まり、不毛な土地になったと言うが、私の目には見えなかった。
やがて転機が訪れた。あのお方の言う一縷の望みが、遥か西の海を越えて、この地へとやってきたのだ。その王は質の良い武器を持ち、もしくは鍛錬を施された兵士を従えていた。屈強な男達が浜辺に上がってきた時、怜悧なペルキウスは床に伏せっていた。
彼の息子が敵を迎え撃ったが、しかしペルキウスの子は父とは違って愚昧で、そして優柔不断な男であった。いざ兵士を集めてみたが、誰を将にするだとか、誰に先陣を切らせるだとかいうことを決めるために膨大な時間を費やした。
彼らの布陣が決まった頃には、海を渡ってきた者共がマルコシアスの宮殿を取り囲んでいたのである。ペルキウスの子は吃驚して言葉を失った。剣を捨て、宮殿を抜け、略奪と破壊の限りを尽くされる故郷を凝望していた。肩を落とし、煙が立ち上るかつての都を大驚失色の面持ちで見つめていた。
対してペルキウスは、怪我を負った体で勇敢に戦っていた。彼はかつてオリーブが植えられていた庭先で、海を渡ってきた王と対峙していた。王の名はヌキア。ペルキウスとは違い、浅黒い肌をした王だった。彼は首にぶら下げた金の首飾りを揺らめかせながら、老いて、しかも手負いのペルキウスと戦っていた。
激しく二合も打ち合うと、老年のペルキウスの息が上がった。対してヌキアはまだ若い王だ。その慧眼が、流星光底の如き鋭さを保っている。息一つ乱してはおらず、かつての怜悧な王を、じわり、じわりと追い詰めていった。
ペルキウスは己の老衰を狂おしいほどに憎悪した。視界がぼやけ、荒い呼吸によって切っ先がぶれるたびに、彼はまなじりに涙を盛り上げた。
血溜の中にペルキウスが倒れた時、あのお方の落胆の声が私の中に響き渡った。どうやらお眼鏡には叶わなかったようだ。ヌキアは、死骸となり果てたペルキウスの体を乗り越え、その子をも殺し、それから私に触れた。ヌキアは正しく蛇の者だった。彼のどこに希望があるのか、私にはまるきり理解出来なかった。
ペルキウスの死を以って、私の衰滅も決定的となった。もはや根は完全に腐りきっていた。養分は無く、私はただ、朽ちるのを待つ身となった。あとは蓄えた活力を使って、唯一の果実を作り出すことに専念すべきだった。
葉が落ち、枝が枯れた。それと同時に、ヌキアの連れてきた海の人々が私の外殻を剥がした。巨大な幹を斧で叩き、船を造って外の世界へと向かっていった。私の体は徐々に痩せ細ったが、ヌキアには関係のない話であった。彼は人々の求めに応じて私を削り、船を造り、海へと繰り出すのであった。
やがて私は腐りゆく。もはや人にあのお方の意思を見出すことは困難になっていた。世界は普く蛇の影が支配し、私の影はもはや、私の足元でさえも隠してはくれなくなった。人々は私の枝が落ちるたびに歓喜の声を上げた。それどころか、斧を担いで天高く伸びた幹を登り、枝を切り落としていく有様だった。
製造した船で、遠く西の海へと繰り出してゆく。もはや私の目では見えない世界に出かけて、見たこともない物を積んで戻ってくるのであった。
私の意識は薄らいでいた。最も力が漲っていた頃と比べれば、半分ほどの大きさと成り果てた。縦も、横も。
枝は全て落ち、幹も大半が腐りきっている。真ん中から徐々に力を失っていったから、倒れるのも時間の問題だった。人々はもう、私に目を向けていなかった。無用の長物となった私に注意を向ける者はなかった。誰もが海を見て、平原に目を凝らしていた。新しい何かを浪費するために、虎視眈々と炯眼を走らせていた。




