色々聞きました
馬鹿らしい、時間の無駄だった。
本当にね、この世の始まりという答えの参考に聞いていたけど。
しかも信者は世界中で500万人もいるという。
たった500万、すごい数だけど世界でみれば億単位、何千万が宗教の普通だと思う。
まぁそれでも気になったことは聞いた。
たとえば他の宗教とはどうなの?って、気になるじゃん。一般人としては。
人生初の信徒だったし。始めてのことは好奇心を刺激するのだ。
でも、神棚も仏壇もある家に育った私には。宗教閒の壁というのに鈍感だった。
「嘘、嘘っぱちだよ。あれはサタンの罠」
全否定、信じられない。
衝撃的だった、同時に宗教戦争の原因といえるものが私の前にいた。
壁どころじゃない、違う遠い世界だ。海の向こうだってこんなに遠くない。
地平線の切なさを唐突に理解した、たとえ勘違いとしても。
決して混じらないあの景色を思い出させる。
私の視点で、あくまで個人の視点だけど。
違う神を崇拝していても信徒という共通点がある。
だが、
神を信じる仲間達を、彼女は一切の迷いなく切り捨てた。
あれは悪魔の罠なんだと、むしろ悪魔の使いとまで蔑んだ。
そう、あっけなく断言した。
聞き違いはしていない。
なんでもサタンの罠はそこらじゅうに溢れてるのだ。
TVに、新聞に、雑誌にも、学校や病院。ありとあらゆるものに、
言葉にさえも。
私は世界を否定してるように見えた。
ようするに、
人は綺麗だった。だけど汚れてしまった。
罪人である人間は真実的に、幸せになれない。どうやっても救われない。
だけど信仰を捨てずに罪を贖えば、また綺麗になれると。
私は考える。綺麗とはなんだろう。
例えば絵画には書いた人の感情が篭る。
芸術家達は感情を途方もない時間をかけて表現する。
色々な色、線、表現の深み、繊細さ、豪胆さ、卑しさ等など。
そういったものが入り混じって絵画が完成する。
だけど、彼女の綺麗は真っ白なキャンパスのような話だった。
たしかに汚れてないけど、ピカソやゴッホの絵より綺麗だとは思わない。
綺麗とは汚れてないことなのだろうか?
私は違うと進言したい。だけど私はボキャ貧だった。
伝えられなかった。救うという言葉も使ったことがなかった。
その後も質問を繰り返した。
問1
死んだ信徒は救われないの?
回答
神様が復活させてくれる
問2
キリスト教の、プロテスタントやカトリックの人達も嘘なの?
回答
嘘、サタンの罠。地獄に落ちる
問3
なんで神様は今現れてくれないの?
回答
私達に試練を与えている。試練に耐えて本当に神を愛してる私達だけが楽園に戻れる。
問4
ノアの洪水ってあったの?
回答
あった、証拠も発見されてる。近いうちにまた審判の日がくる。
問5
救われないとどうなるの?
回答
復活もできないし、永遠に地獄で苦しむ。
あかんわ、こりゃ話にならないわ
もう、笑うしかない。あっはっはっはっははは・・・
笑い話をもう一つ、
どうやら私を大規模な集会に連れて行ってくれるらしい。
他の人なら断るだろう。だけど、
私は断れなかった。
いや、
断らなかった。
家に帰った私の手の中には聖書があった。
読めっちゅーことですね、はい。机に無造作に投げててやった。




