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40 穏やかな日々へ(幸せはこの手の中に)

登場人物

グロウ:男主人公。剣の国ブライダの魔法戦士。

エレナ:女主人公。聖獣の国セレスの元公爵家令嬢。

エリュトロス:最強の聖獣らしき小さな飛竜。

オニクス:元魔王軍のダークエルフ。グロウに敗れて従者となる。

エルシオ公爵:エレナの父。

「その件に関しましては、お断りいたします」


 微笑みながらそう返したエレナに、エルシオ公爵は鋭い目を向けた。


「理由を聞かせていただきたい」

「今はまだこの国でやる事があります。だからもしかしたらの話、将来は引っ越しもするかもしれないけど。それは今じゃありません」


「やる事、とは?」


 問う父に、エレナはすげなく答えた。


「こちらの話です」


 小さく溜息をつくエルシオ公爵。

 口調が変わり、娘に言ってきかせる親の物になる。


「聖獣はセレス国の(かなめ)。個人所有の物ではない。元セレス国民として、それが理解できないのか。愛国心……と大げさな事は言わんが、郷土への想いさえ捨てたのか」


 だがエレナは怯まず、動じず、真正面から公爵へ言う。


「他国へ籍を移しておきながら、都合で故郷を優先し、郷土愛を言い分に使う……それなら最初から引っ越して来るなという話よね。ここへ嫁ぐ話を私へ持ってきたのは、父様、あなたよ」

「状況は変わったのだ。過去は現在より優先する事ではない」


 エルシオ公爵は、静かに、だが娘を叱責した。

 それでもエレナは動じない。


「なら優先すべき事を確認しましょう。エリュー、どうするの?」


 エレナに訊かれ、小さな飛竜(ワイバーン)は「ンゲー」と鳴いて飛んだ。エレナの膝の上に着地すると、腰を下ろしてそこに落ちつく。

 明らかに彼女の味方だった。

 その頭を撫でながら、エレナは穏やかに、断固として告げた。


「あえて聖獣の巫女として言うわ。聖獣は善意の協力者です。何が優先かと突き詰めるなら聖獣本人の意思。もし万が一、セレスから去るという聖獣がいたとしても、それを止める権利なんて誰にも無いの」


 その言い分に、公爵が納得したわけではない。

 しかし仮にここで聖女と聖獣の意思を否定すれば、真の目的である飛竜(ワイバーン)との関係を悪化させる事は明らかだった。

 108の聖獣、その頂点に立つ3体。その一体一体が、他の聖獣105体全てを合わせた力を凌駕する。万が一その怒りを買えば、その日がセレス国滅亡の日だと言われているし、公爵もそう思っていた。

 だから公爵はここで引き下がるしかなかったのだ。


 せめてもと、公爵はグロウへ頭を下げた。


「グロウ殿。我々は一日千秋の思いでお待ちしております」

「力になれず。どうも……」


 ちょっと気の毒になり、グロウも頭を下げ返した。

 エルシオ公爵は席から立つと家から出て行く。

 エレナがエリュトロスを抱きながら立ち上がり、その背に声をかけた。


「父様。いい縁談をありがとう。私、とても幸せなの。ここに嫁げて本当に良かった」


 娘からの感謝に、公爵は……


「すまんかった」


 一言そう告げ、家を出て、後ろ手に戸を閉めた。



 エルシオ公爵が出て行き、馬車と騎馬達が去って行く音が聞こえた。それが消えてから、グロウはエレナへ言う。


「俺は別に引っ越しても良かったぜ?」

「なーに? 地位が欲しくなったの?」


 そう訊くエレナにグロウはニヤリと笑った。


「そう思うかい?」

「全然」


 首を振ると、今度はエレナがにっこり笑う。


「でも、まだブライダ国を新婚旅行で回るって約束、残ってるじゃない」

「やる事ってそれか!」

「そうだけど?」


 そして二人、顔を見合わせて朗らかに笑いあう。


「流石にそれは正直に話さなくて正解だぜ。しかしまぁ、親父さんや王様の覚えも悪くなるだろうに、あの渡り合い方は怖いもん無しだな」


 グロウが言うと、エレナは「ふふん」と胸をはる。


「そりゃ当然。あのとんでもないライオン怪人に、もうちょっとでやられる所だったんだから。あれに比べたら大概の相手はネコみたいなもんよ」


 そしてグロウの胸にそっと触れた。


「頼りになる旦那様が私のモノですし、ね」


 妻の手をグロウが握る。


「幸せも、本当に良かったのも、まぁお互い様だ」

「だよね」


 (うなず)くエレナ。

 そのまま夫の胸に頭を寄せた。

 グロウはその頭を優しく抱き、顔を自分に向けさせると、しばし見つめ合って……二人の顔が近づき……



 エレナの腕からエリュトロスが抜け出して、音もなく飛んで窓からそっと出て行く。もちろん尻尾で丁寧に閉めておくのも忘れない。

 流石は聖獣。あの夫婦がここ数日間四六時中飽きもせずに繰り返す「二人だけの営み」に気を利かせるだけの知性を、この竜は持ち合わせているのだ。


 そうやって外に出た所で、ダークエルフの従者・オニクスとばったり出くわした。

 察するオニクス。


「ぬう……グロウ様夫妻は()()お取込み中のようだな。今年の年貢をいくらにするのかはっきりさせてくれと、村人からせっつかれているのに。仕方ない、神官のユゼスにでも相談するか」


 すごすごと立ち去るオニクス。

 その後にエリュトロスも暇なので着いて行く。

 何人(なんびと)たりとも侵してはならない幸せは今日も守られた……嗚呼(ああ)、この平和がいつまでも続きますように。



(完)

ハーレムもスパダリも微塵も存在しない恋愛物、完。

おつきあいくださった方々へ感謝。ありがとうございました。

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