1 こんにちは(ゴールイン)
出会いなんて突然なもんだ。
剣と魔法の、ある世界のある地方。
剣の国ブライダの、国境沿いの辺境に、キャスタル男爵の領地がある。小さな城下町のすぐ側にある武骨なお城の、茜色の夕日を浴びる塔の一室で、一組の若い夫婦がテーブルについて向かい合っていた。
二人の前には紅茶の入ったカップが1つずつ。
少しぬるくなったそれを、夫が手に取って口をつける。
彼は19歳の青年騎士、名はグロウ=キャスタル。キャスタル男爵家の次男坊。
短い髪に太い眉の逞しい青年で、凛々しくはあっても線の細い貴族然とした様子はない。騎士というより流れの戦士という風貌だ。
それもその筈、彼は数日前まで冒険者として自分の腕で日銭を稼いで暮らしていたのだから。
そんな彼の表情は、明らかに戸惑っていた。
対面する彼の妻もそれは同じ。どうしていいのかわからない様子で、やはり紅茶に口をつける。
その妻は17歳の少女、隣国セレスのエルシオ公爵家から嫁いで来たエレナ。
艶のある長い黒髪が美しく、こちらは明らかに育ちの良さがある令嬢である。しかし気の強そうなやや吊り気味の目つきどおり、言いたい事は言う気性もある。
そんな二人は向かい合ったまま困っていた。
何を話した物かわからないのである。
それでも夫――グロウは紅茶のカップを置くと、探るように口を開いた。
「遠い所からようこそ。なぜ兄貴ではなく俺なのか、俺にもわからないんだが……」
「お義兄様には交際を進めている女性がいるそうです」
妻――エレナが夫の様子を窺うような目でそう言うと、グロウは一転、感心する。
「へえ! 兄貴に好い女性が! なるほど、なるほど。ま、そりゃ一人ぐらいはいて当然か……おっと」
ニヤニヤと笑みを浮かべていたが、現状を思い出して気まずい顔を見せた。
「そういうわけで、俺なのか……まぁ、その……」
椅子の側に置いてあった荷物袋に手を伸ばし、グロウはごそごそとまさぐった。
冒険者が背負って危険な現場へ出向くのに使う、頑丈な背負い袋。そこから取り出したのは紐でくくられた小さな木箱だった。
「道中、饅頭一箱買ってきたんだが。いかがかな?」
「え? あ、そうね、ありがとう」
礼を言いながらエレナはちょっぴり困っていた。
(初対面の女性に持ってくるのがお饅頭って、どんなセンスなのかしら……って、何も持ってきてない私が考える事じゃないか)
彼女の荷物は部屋の隅に置いてある鞄一つしかない。実家から持って来たのはそれだけだ。
夫婦二人、互いに顔を合わせたばかり。
夫婦二人は今日が初対面。
結婚したのは両家の都合で、二人が会う前に籍を入れられてしまった。結婚式は後日という事で、まだ行っていない。
貴族家がまず家の都合ありきで婚姻を結ぶとはいえ、この二人のような事はまずありえない。男女が顔を合わせて時間をかけて交際する期間を設けるものだ。
つまり二人の結婚はちょっと普通のケースとは異なるのである。だが両者互いに細かい事情を教えられていない。とにかく相手がいるからくっ付けと、突然この城に連れてこられ、ここで初めて顔を合わせたのだ。
箱を開けて饅頭を齧る二人。無言で黙々と。
やがてグロウが大きな溜息をついた。
「なんでこんな事になったのかわからんが、とにかくもうちょっとお互いを知ろうか」
「趣味とか、好きな食べ物とか……本当にこの人とやっていけそうかどうか、とか?」
エレナが鋭い目でグロウを覗う。
肩をすくめるグロウ。
「言いにくい事をおっしゃるね」
「考えてないわけじゃないでしょ」
視線だけでなく口調にも、どうにもエレナには警戒心がある。
対するグロウは無駄にキリリと顔を引き締め、口調もやけに改まった。
「ボクは清廉な紳士なのでそんな事は考えませんよ。ご婦人には誠意をもって尽くすのみであります」
「自分で言うんだ。嘘くさ」
今度はエレナが肩をすくめる番だった。呆れている事を隠そうともしない。
それを見てグロウは表情を緩め「へへっ」と笑った。
「なら正直になるが、お互いの身の上話でもしねぇか? こんなくっつけ方されるなんざ、絶対に理由があるだろ」
エレナは紅茶をもう一口飲んでから、やはりグロウに覗うような視線を向ける。
「……言い出しっぺという事で、そちらさんからお願いしていい?」
その視線から警戒心が僅かに薄れているのを感じ、グロウは気楽にフッと微笑む。
「ああ、そうしよう。俺は家を出て冒険者をやっていたんだがな……」
この城で初めて互いの名を知り、この部屋で初めて互いの顔を知った夫婦の、互いを知るための身の上話はこうして始まった。
なお男も女も主人公のつもりで進めますんで。




