14 新たな道
今までに覗き見したノートに書かれていた内容は、娘の私が見てはいけない内容だったような気がする。読んでしまってから後悔しているのだけれど、あの体験はむやみやたらに遭遇する事ではないと思うし、読んだ私にもダメージがあったし、小説家になろうに書いてしまった事も後悔した。
母が小説家になろうを知っていたら?しかもキーワードに乳がんとしてしまったので、母が検索してヒットして読んで、自分が書いたノートの内容が書かれていると知ったら?
小説をサクッと削除すればいいけど、ノートを覗き見していたのはどう言い訳をしたらいいの?
なろう系の転生ものなんて知らないし興味もないはず。だから見ようともしないはずだけど、『薬屋のひとりごと』のコミックは面白いよ。って母に勧めたから原作がここにあるって知るやもしれない。
あーーーなんて言えばいいんだろう?
「私には面白い小説だったから小説家になろうに書いちゃった。ごめん。」そう言って謝る?
小説家になろに書いているのがバレたらその時はその時。親子関係が悪くならないように、とにかく謝り倒す!それしかない。
これまでのページで登場した人達に、私の家族はいない。でも母の兄の名前は間違いない。子供の頃に母の実家で集まる時にはとても優しい伯父さんで大好きな人だからそこはフィクションではないと思う。
そして、輔さん。この人は父ではない。名前も全く違う。シェフの経験があったなんて聞いた事がないし飲食店でのバイト経験すらないと思う。結婚を前提に同棲していたって?これを父が読んでしまったら気を悪くしないはずはないと思うんだけど。
映像記憶というものは聞いた事はあったけど、それはドラマ等で見たことがある程度でどういうものなのかは理解していなかったのだけど、母が時々みせる記憶力の良さの理由は嘘ではないような気がした。
私が子供の頃に勉強で質問すると、その教科書をささっと速読して教科書はすぐに返してきて「~~について書いてあるページに、ここがポイントってあったけど?」とか「そこの部分の右側の下の方に答えにつながる事が書いてあったけど?」とそのページをいま開いているかのように答えていることが何度もあり、そしてそのページを見返すと同じ事が書いてあったのを思い出した。私は子供だったから、母は答えを知ってて確認のために教科書をささっと見ていただけだと思っていたけど、母と同じ教科書を使っていたはずは絶対にないからおかしな事だと今わかった。映像記憶の部分はフィクションではないような気がする。
考えれば考えるほど頭の中がグルグルしてくる。
あんまり考えすぎて動揺を隠しきれなくなると、ノートの覗き見がバレないようにする自信がなくなってしまう。
でもよくよく考えたら父がいつ見てしまってもおかしくない場所に置いてあるから、これを書いているのを知っているのでは?とも思うし、知っていなかったとしてもし父に読まれたら母がどう説明するのかを想像したら「フィクションにほんの少しだけ現実を織り込んで楽しんで書いていたの。これが本当ならやばくない?」って笑いながら答えるのではないか?と、だからこれは小説だと思う事にした。
これを母が書いたと思うから私にもダメージがあるんだから、これは図書館で借りてきた本で、私と直接の関りがある出来事だと思わなければいいのだ。
あのノートの書き込みはまだまだページ数があった。
なので、あのノートの覗き見を何度もするのは母に気付かれる可能性も高まるから次はすべてのページを撮影をしようと決めて撮影してきた。
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輔さんとの生活はあの事件が発覚してもなんの問題もなかった。だって輔さんがあの人と付き合うのは良くはない気がして兄に伝えてくれて別れることが出来たから今があるのだから。
これが運命というのかな?偶然なのか必然だったのか。よく聞くフレーズだよね。(笑)
それからは輔さんの独立に向けて二人で少しずつだけど貯金しながらの節約生活を頑張った。私のバイト生活は目標に向けてだから楽しいものだったので、仕事の評価もそれなりについてきて1年が経過した頃にはバイトリーダーに昇格した。
店長はとても尊敬する人で、色んな事を教えてもらった。
今の私の考え方はこの店長に教えてもらった事が根底にあってこそなのだ。
飲食店なのでピークタイムは誰でもあたふたするものなんだけど、この店長さんはいつも「焦るな、急げ」と言ってくれた。
「焦るのは心の動きで、急ぐのは行動だから、気持ちだけ突っ走ってもまったくお客様の混雑の緩和にならない。でも、焦らず冷静に状況を見れれば今なにをしたらいいかを判断して行動を速めたらいい。そうすれば混雑を招かないんだから。」と
確かにそうだ。焦っても何も片付かない。でも、行動を速めたら片付く速度は格段に上がる。だからいつも、あーーー!って思う時こそ状況を第三者的な視点で見て、あーここだ問題点は。と自分を観察できるようになっていった。
リーダーになってから、他の人への指導をしている時に店長は内容を聞いていてもその時には何も口出しをされることはなかった。それから時間を置いてから事務所へ行って伝票整理をしてもらってもいいかな?と頼まれると後から店長が事務所へ来てくれて私への指導があった。
「いいところへの指導があったんだけど、それを行動で見せている?お手本として皆へ見せている?」と
そうなのだ、私がやれていない事を分かった風に口だけで指導しているとそう指摘してくれる。
さらに店長は、皆がいる場所で私に注意をしないようにしてくれているのは、私が指導される側で指導する側でないと思わせないようにしてくれているのだ。
指導している人へ周りの目も気にせず、自尊心を傷つけながらやっている私を戒めるために行動で教えてくれる。
指導する側ってなんだか優位に立った気がして、周りにそれを見せつけるような行動をしているのだけど、それは指導される側には場合によってや、内容によっては恥ずかしい事なのだからと教えてくれた。それからは皆がいる場所やお客様がいる場所での指導をなくしたし、行動も自ら率先して行うようになったら信頼してもらえるようになった。
店長は誰よりも早くテーブルのバッシングへ行こうとする、ガラスの汚れを見つけるとすぐにダスターを手にする、床にこぼされる方がいたりすると掃除用具が置いてあるロッカーへ真っ先に向かおうとする。それを阻止するようにバイト軍団で競ったりして、バイト軍が先に出来ると、よっしゃ~!と小さくガッツポーズして皆で勝てた気持ちを共有した。
お店の雰囲気も明るくなり連携する動きがとても円滑になったのを実感できた。
フランチャイズなので他店との交流会があった時に、そちらのお店の事務所内に「ミスひとつ 手間が二倍 損三倍」と書いて貼ってあった。そのお店では何も言わなかった店長が帰りの電車の中で私に「ミスひとつすると手間は、ミスの手直しが必要だからまた同じことをして、今後同じミスが起こらないように確認して、さらに今までの方法を変更しないといけないから三倍になるし、損はその迷惑をかけた人だけに留まらず、その方が他にあのお店は・・・ってもし誰かに漏らしてそれが広がったら損は無限に広がるよね。だから、ミスひとつ 手間が三倍 損無限だよね」と
他にも「実るほど頭を垂れる稲穂かな これって自分が知識や実績を積むほど立派になって、頭が重くなって腰が低くなるって言うけど、僕はそう思ってなくて、お米って八十八の手間がかかるから育てるのは大変だと言われてる。その手間を掛けてもらった事を覚えていくから重たくなっていくんだと思う。それを元に稲穂を種として植えて、これまでしてもらった八十八の手間をまた同じように掛けてあげれば一枚の水田にまた重い稲穂が出来る。同じような重さの物が出来て初めて頭を垂れられるようになるんだと思うんだけどなぁ」と
ぐうの音も出ない。この人の頭の中ってどうなってるの?接客の神様なんじゃないの?っていうくらいに尊敬する。
そんな尊敬する店長がある日、神妙な顔で
「ごめん仕事終わってから飲みに付き合ってくれないか?」って。店長vsバイト精鋭部隊として飲み会を何度も開催していたけど、個別で誘われることは今までになかった気がして
「何かあったんですか?」と聞いたら
「うん。ちょい皆で会話できる内容じゃないから。」と。心の中では なにー?なにがあったのー?今ここで言えない事ってなんなのー?って思っていたけど
「はい。大丈夫です!」って答えた。
お店の閉店作業が終わり、いつも飲み会が開催される居酒屋へ。
相変わらず店長は神妙なままだ。やだー!なんか聞いてはいけないお店に関する事?まさかお店の危機?もー何だろう?本当は帰りたーーーい!
「あのな、うちの夫婦って結婚10年を越してるって知ってるよね?」
「はい。奥様と一緒に皆で飲み会してお祝いしたじゃないですか。」え、まさか店長に離婚の危機がやってきてるの?
「子供がいないのも知ってるよな・・・」
「はい、だから店長の愛妻家ぶりも知ってます。」やだ本当に離婚の危機じゃない?
「昨日な、嫁さんから妊娠したって報告されて・・・」
・・・。
それって喜ぶ事じゃない?なんでそんなに神妙なの?お子さんがいらないって事?まさか奥様の浮気を疑ってるとか?顔が歪んでいくのが自分でもわかった。そんな私の表情を見て店長は察したのか。
「こんな事を皐さんに言う事じゃないって思うけど、子供が欲しくて3年前くらいから不妊治療もしてたんだけど、結婚して10年経っても子供が授からないのだからもう諦めよう。って不妊治療を辞めたんだ。そしたら妊娠って。そんな事ってあるのかな?」そう言って中ジョッキのビールを飲み干した。
「店長、こんな事を私が言うのも変ですが、店長はその妊娠に身に覚えがないんですか?」
「いや、ちゃんと覚えがある・・・」
「だったら問題ないじゃないですか!なんでそんなに神妙なんですか?奥様はどう報告してくれたんですか?」
「嬉しそうに報告してくれたよ。」
「それで店長はどういった行動されたんです?まさか、今みたいに神妙な感じになったんじゃないですよね?」
「なった・・・」
「えーーーーー!それ絶対にアカン行動じゃないですか!」
「いやだって諦めたんだよ?それが妊娠したよって言われても、へっ?ってなるでしょ?だから今日はどういう顔して家に帰ったらいいのか分からなくなって飲みに付き合ってもらったんだ・・・」
・・・。
「店長、私にそんな相談してる場合じゃないです。今すぐに飲むのをやめて家に帰って奥様に、ありがとーーー!って言ってきて下さい。喜びを最大に表現してきて下さい!お子さんが出来て嬉しくないんですか?」
「すごく嬉しい。めっちゃ嬉しい。でもそんなすぐに妊娠ってわかるものなの?」
「あのーもう私を部下だとは思わないで聞いて下さい。それと大きい声では言えないのですが、奥様の前の生理はいつでしたか?」
「・・・先々月だった」
「それで昨日報告してもらったんですよね?」
「そう、だから早すぎないか?」
「いえ、もうわかるはずです。実は友達が妊娠した時に生理が2週間遅れてるからやばいかも?と言ってて、その翌週に婦人科へ行ったら妊娠だとわかったんで、早くないです。」
「そんなすぐなの?」
「はい。」
「そーなの?」
「はい。」
「そーなのか!」
「はい。だからすぐに帰って下さい!」すぐにタクシーを捕まえ店長は帰って行った。
それから店長とは飲食業の接客を極める戦う同志として性別を超えて個別の飲み会が開催されるようになった。
奥様が妊娠9ヶ月に入った頃に店長の顔色が悪くなり、元気がなくなったので、何かあったのか心配になりこっそり質問をした。
なんと、奥様がもう破水してしまい入院されたと。あれだけお子さんが生まれるのを楽しみにしていたし、喜んでいたし、赤ちゃん用品の何を買ったとかの報告をしてもらっていたので、私も心配になり二人で元気がなくなり、お店の皆が動揺していた。
店長は包み隠さず皆に奥様の状態を報告して、看病で病院への行き来が多くなるから不在になることが増えることで皆に迷惑をかけるかもしれないと。
これまでに皆で連携できるようになっている自信が全員にある事を店長に伝えた。だから奥様と生まれてくるお子さんを支えてほしいと。
それから奥様は臨月に無事に突入されてすぐに元気な男の子を出産された。
それから退院されるまで店長からお子さんの写真を見せながら自慢が毎日続いた。赤ちゃんだからしわくちゃだけど、もう店長にそっくりすぎて、間違いなく店長のお子さんだとわかりますよね!って言うと、もう顔がとろけて落ちそうだというくらいに顔が緩んだ。そんな店長を見て私も涙を流しながら一緒に喜んだ。
それからはバイトリーダーとして日々充実した生活を1年程送っていたのだけど、大きな問題にぶつかってしまった。
私が妊娠したのだ。
私は結婚して出産できるとばかり思っていて、輔さんに妊娠の報告をしたら、望んでいた答えは返ってこなかったのです。
「いつかは結婚をするつもりだけど、今はまだ独立できる状況じゃないから子供を育てられる余裕ないよ・・・」
「えっ?妊娠したのに喜んでくれないの?」
「子供が出来るってそれは嬉しいけど、今だと手放しで喜べないよ・・・」
「今はって、それは中絶してほしいってこと?」
「いや、そうまでは言ってないけど・・・」
「喜べないって事はいらないって事じゃん・・・」
「いや・・・すぐには答えられないよ・・・」
「すぐに喜んでくれないって事はそういう事じゃん・・・」
「・・・。」
その日はもう会話が出来なくなってしまった。それから数日間は会話らしい会話が出来なかったが、一週間ほど経過してやっと会話が出来るようになった。
「輔さん結論はもう出ているよね。」
「まだなにも答えてないよ。」
「すぐに答えられないって事はそういう事だとわかったから中絶しに病院に行ってきます。」
「それでいいの?」
待っていた答えが来た!というような反応だと確信した。
「よくなくても今じゃないでしょ・・・」
「・・・。」
どんなに反対されても頑張って生んだとしても、この子を育てられる自信はなくなってしまった。店長の様に戸惑いながらもあんなに喜ぶ姿を間近でみていた者として、輔さんの反応との落差は見ていられない。独立してからそれからだったら手放しで喜んでくれる時になったら二人で大切に育てられるだろうから、今は諦めるしかないと決心した。
それから一人で病院へ行ったし、手術の説明も私だけで聞いて、バイトは二日間だけ休みをもらう事にして、中絶手術を受けた。迎えも来ないでと頼んでいたので、その晩は早くに眠りについて輔さんとは顔を合せなかった。翌日はゆっくりと一人で静かに休んで、また晩には早く眠りについた。それからは何事もなかったように出勤した。
何日も眠れない夜もあったし、やっと眠りについても夜中に泣きながら起きてしまう日があったりしたから、それから輔さんとは何かと衝突するようになり意見が合わなくなってしまった。でも、簡単に夢は捨てたくなくて一緒に居ることをやめることは出来なかったそんな時に、おばあちゃんがまた倒れたと連絡があったのだ。
今度は本当に命が危うい状態(糖尿病からくる心不全で倒れていた)で発見されたため、もうそんなに長くは持ちこたえられないという連絡だったので、当分の間は輔さんのところには帰ってこられないからと伝え実家へ戻った。本心は実家へ帰る理由が出来てほっとしていたし、また私が困った時におばあちゃんが呼び戻してくれたことを感謝したいし、少しでも長くおばあちゃんの傍に居たかった。
それからバイト帰りには必ずおばあちゃんの入院先に寄って、おばあちゃんと少しだけ会話してから帰る日々を送ったのだが日に日に弱っていくおばあちゃんへ「元気になってお家に一緒に帰ろうね。」と毎日言うようにしていたのだけど、それに段々と答えられないおばあちゃんの姿がとにかく辛かった。そして一か月程でおばあちゃんは旅立ってしまった。
輔さんのところへ戻る理由が見つからず、輔さんの定休日だけ部屋に行くという生活になった。
その他の日には飲み歩く私の荒んだ異変を店長に気付かれてしまい、いつもの居酒屋へ行こうと誘ってくれて
「細かい事は何も聞かないけれど、自分を大切にできない人は、他の人も大切にできないぞ!いいか?」と
もう何も言えないけど泣きながら輔さんと別れます。と言っていた。
スナックに場所替えしてカラオケで22才の別れを何度も歌ってくれた。その時私の年齢はまだギリ22才だったから。
もう泣くのが馬鹿らしくなり笑ってしまった。
それから何度も輔さんと話し合いをして別れることを決めた。
バイトに燃え、副店長になれるように日々努力した。
新しい私の目標である夢が出来たのだ。
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