12 事件(その2)
また、続きを読みに行こう。その後が気になる。
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彼に別れを告げて逃げ出してから、次のバイトを数回サボった。でもそんなに何度もサボれないので次は出勤する事にした。
もし彼がお店に来たらどうしよう。喧嘩をせずに別れ話の決着をつけられるだろうか?もう心は決まっているから大丈夫!と自分を鼓舞してから出勤した。
お店に近付いて、お店の前に立っている人がいるのに気が付いた。会うのはとても嫌な知った顔だ、それは彼ではなく、兄だ!
何で兄がこの店の前に?兄が私に気が付いた!こちらへ向かって歩き始めた。固まってしまった。
まさか風俗店に兄が来て、待ち時間消化でここに来たの?こんなところで鉢合わせだなんて最悪の場面じゃん。どんな顔したらいいの?
お兄ちゃん偶然だね、こんなところで買い物?とかって言えるような地域じゃない。まずーい!まず過ぎる!走って逃げるべきかそれとも、たまたま通り掛かった風に誤魔化す?
「皐、店長さんとちゃんと話を済ませてある。バイトを辞めさせてもらう了承も貰った。今日、出勤してくると教えてもらったから迎えに来た。家に帰るぞ。」手を引かれて兄の車に乗せられた。今更逃げ出しても行くところがない。友達の家を転々としてもバイトがなかったら食べるものも買えないから生活できない。
「おばあちゃんの具合が悪いんだ、家で面倒を看ることになったから、皐も家を手伝ってほしいから探したんだ。」
「え?おばあちゃんが?」
私が家に居場所がなくて困っているのを一番気にかけてくれていたのはおばあちゃんだった。そのおばあちゃんの具合が悪い?しかも家で面倒を看るってそんなに悪いの?
「それと、従兄の智也くんを覚えてるか?銀行員になったの知ってるよな?この界隈の売上金の集金をしてる時にお前を見かけて、風俗店で働いて自分を切り売りしているんじゃないのか心配してくれて、おばあちゃんの見舞いに来てくれた時にこっそり俺に教えてくれたんだ。」
「え?智也くんに見られてた?」
「それから一緒にこの界隈を探してくれて、あのお店でバイトしてるのがわかったんだ。喫茶店のバイトと知って少し安心したけど、今のお前の行動はいつ野垂れ死にしてもおかしくない生活なんだぞ!わかってんのか?自分を大切にしろよ!それと今、付き合ってる人いるよな?それもお店のバイト仲間の人が教えてくれたけど、騙されているんじゃないかって心配してくれていたぞ!そっちも気になって行ってみたが、短い時間だったが俺から見てもお前が騙されているんだろうとすぐに感じたぞ!」
「もう別れた・・・」
「別れた?」
「うん。お店に来られたら困るからサボってたの。」
「だからか… だったらもう家に帰ってこれるよな?」
「うん。おばあちゃんを看る。」
おばあちゃんは独り暮らしをしているのだが、糖尿病なので食べ物の管理をちゃんと独りでも出来ていたのに突然、低血糖になり倒れたらしい。それで誰かの目が必要になったらしい。そこで全く家に帰ってこない私の事をとても心配してくれていたらしく、私と顔を合わせたら泣いて喜んでくれた。
私も泣いてしまった。この家に私の居場所があるなんて思っていなかったから。
それから、スナックのバイトも辞めさせてもらえるようにお願いして、おばあちゃんの手伝いをしながら生活を整え始めた。そしてフランチャイズのファストフード店のバイトが決まり、日中だけの勤務が始まると同時期におばあちゃんの血糖値も安定して、食事に気を付ければいいくらいに元気になり、独り暮らしの自宅へ戻って行った。
この家に私の居場所がちゃんと出来るのをお膳立てしてくれたのだ。
おばあちゃん ありがとう。
お兄ちゃん ありがとう。
智也くん ありがとう。
私、ちゃんと周りに感謝できるようになったよ。
ファストフード店のバイトを始めて数ヶ月が経ち、バイト仲間も出来た。以前は飲みに行ったり、CLUBへ行ったりだったけど、今はバイト仲間と美味しいお店や、おしゃれなお店へ行くのが好きになった。
友達が美味しくて素敵なイタリアンレストランがあるから、バイトが終わったら行こうよ!と誘ってくれたので、バイト終わりに一緒に行ってみた。
明るくて清潔なオープンキッチン。ほんと素敵なお店だ。コックコートにシェフハットを被ったシェフが数人いて、私達は料理が出来上がる工程を興味津々でキッチンを眺めていた。
料理が運ばれて来た。へぇ~ シェフが持ってきてくれるって素敵な演出だなぁ。
「いらっしゃいませ。皐ちゃんだよね?」
え?私の名前を言った?
「前のバイトで一緒だったけど覚えてないかぁ~ 入れ違いが多かったけど賄い作ってたの僕だよ?」
「あ!輔さん?」
「元気で良かった。心配してたんだ。」
「あ、元気です・・・」
バイト仲間に前のお店の事を知られたくなかったので、話を切り上げたい。どうしよう…
「ここが僕の本業で修行中なんだ。良かったらまた来てね。それではどうぞごゆっくりしていって下さい。」
バイト仲間は「修行中のシェフと知り合いなんだ。イタリアンっていいよねぇ~」と不審がる様子もなかったのでホッとした。
美味しく料理を頂いて満足して帰った。
翌月、バイト仲間が「美味しかったあのイタリアンへまた行こうよ。」と誘ってくれた。
前のバイトの事さえ知られなければいいし、輔さんと何かあったわけではないからそこまで気にする必要はないから断る理由がない。
その日も最初の料理を輔さんが料理を運んでくれた。
「またいらしてくれてありがとうございます。コックコートのまま料理を運んだり話をするのは良くないので、22時以降に連絡をもらってもいいかな?」
電話番号が書かれたメモを渡された。
バイト仲間は、私が口説かれたと思って冷やかしてくる。違う、何かを伝えようとしているんだ。でも友達に聞かれては私が困ると思う内容なんだ、なんだろう…
輔さんに言われた通り、22時を過ぎてから電話した。
「皐ちゃんが辞めた後にちょっとしたことがあって、伝えようにも連絡先も知らなかったから。どこかで話がしたいけど会えないかな?」
「あのお店ではあんまり良い事がなかったからあんまり聞きたくないんですけど…」
「だよね、でも聞いておいた方がいいと思うから。」
あの嫌な過去と決別するためには聞いてスッキリした方がいいと思った。
輔さんから、バイト仲間のみんなは私と彼が付き合っていたのは気付いていたけど、とても心配してくれていたらしい。そんな時に兄がお店へ来て店長に会わせて欲しいと必死にお願いして、私が辞めてもいいか了承をもらってくれたんだと。
良くない人と付き合っているのを心配していて、彼の情報を兄に教えてくれたのは輔さんたっだ事も教えてくれた。
それで無事に辞めれた後に、彼がお店に来たらみんなで私の事は何も教えないでおこうと決めてくれていたのに、彼は全く店に来なかったらしい。
ま、結果オーライで良かったと教えてくれた。
私もそれを聞いてホッとした。彼にとって私はそれくらいの相手だったんだ。でもそれくらいで良かったんだと思った。
輔さんもあのお店で働いていたのは、独立資金が欲しいから深夜と本業のレストランの定休日にバイトをしていたらしい。でも、体がもたなくなったから最近辞めた。と
皐ちゃんも辞めて正解だったよ。あのお店はなんか調子が悪くなるお店だったから。と言ってくれた。
それからは飲食店あるある話で盛り上がり、輔さんの独立して出店したいという夢の話を聞いた。夢の話をこんなにキラキラとする人だなんて知らなかった。
いつも美味しい賄いを作ってくれる人くらいにしか思っていなかったからとても新鮮だった。
それから私は輔さんのお店に週1~2で行くようになった。私が輔さんを好きになったからだ。輔さんが独立したお店で一緒に働きたい。できれば結婚して夫婦で経営出来たらもっといいのにと思いながら。
2ヶ月くらい経ってやっと私の気持ちに振り向いてくれてお付き合いが始まった。
輔さんの定休日に私のバイトの休みを合わせてもらって一日中デートしていた。平日だからどこに行ってもゆっくり出来るし、目標である出店するお店の勉強のため、美味しいお店や雰囲気や評判の良いお店を渡り歩いた。
とにかく楽しい嬉しい優しい日々がやってきた。こんな日が私にくるなんて!どれだけ感謝したらいいの?今まで関わってくれた人達に手をついて頭を下げて感謝したい!
それから私が成人するのを待ってアパートの一室で同棲を始めていた。
輔さんは私の家族に調理師としてちゃんと仕事を続け、いつか結婚して一緒にお店を持つ夢があると挨拶をしてくれて、家族から了解を得ての同棲開始だった。
そんなある日、一緒に見ていたテレビのニュースに出てきた写真の顔を見て空気が凍った。
前の彼だ
≪殺人≫の容疑で逮捕された人の写真だ
二人で顔を見合わせた。言葉も出ない。頭が真っ白だ・・・
どうしていいのかわからなかった。なんて会話していいのかもう全く分からない、時間が歪んだように進んでいるのか止まっているのか、空気さえも捻じれているような感覚だった。
寒気が止まらない。輔さんはそんな私を後ろからぎゅっとハグしてくれていた。
電話が鳴った。飛び上がる位とても驚いた
兄からだった。家族から電話を引いていつでも連絡が取れて、いつでも帰ってこれるようにするのを条件に同棲を許してくれていたから。
「〇〇県警〇〇署の刑事さんが家に来られて、俺しか家に居なかった時だったから俺が対応したんだけど、お前と話がしたいと言われた。何故か質問したら写真を見せられたし名前も言われた〇〇〇〇って【前のあいつ】だよな?お前は外出している旨を伝えたら、皐が戻ったら都合の良い時にいつでもいいから連絡してほしいと名刺を置いて帰られた。両親には何も言っていないから、すぐに家に帰ってくるように。」と
電話を切って「すぐに家に帰らないと。」言いながら立ち上がった。
輔さんも「送っていくよ。」としか言葉が出なかった。
私は慌てすぎてアパートの階段を踏み外し、残り7、8段から落ちてしまった。足に力が入っていない。身体のいろんな場所をぶつけているのに痛みを感じられていない。
怖さと何が起こっているのかまだ理解ができなくて涙が自然と出てくる。
やっとのことで実家に辿り着き、私を家の中まで手を引いて連れてきてくれた輔さんはそれからすぐにアパートへ帰って行った。
何も知らない両親は就寝していた。
もう深夜だったけどすぐに名刺に書いてある電話番号に電話した。
私の名前や生年月日などの本人性確認がなされてから
「〇〇〇〇をご存じですね。お聞きしたい事がありますので、〇〇県警〇〇署までご足労をおかけしますがお越しいただく事は出来ますか?」
近いとは言えない〇〇署なので、返事に困った。それをすぐに察してもらえたのか
「お迎えに伺いましょうか?」
「え?警察のお迎えって、そんな、私、悪い事した覚えないんですけど・・・」
「そちらからだと〇〇署は少し距離がありますので、中間の〇〇市の中央署はお分かりになりますか?」
「はい。そちらならなんとか場所は分かると思います。」
「〇〇駅からなら徒歩ですぐですから。では、ご自身でお越しいただけますか?」
「はい。」
「では、明日でしたら何時に到着できそうですか?」
「え?明日にですか?」
「捜査にご協力いただけると助かるのですが。」
兄が横にいてくれて一緒に耳を受話器に着けていてくれたから、小さな声で
「お前が潔白なら、ちゃんと証明してこい。怖くないから。」
と言ってくれた。
そうだ!この事件に私は何も関係ない。
怖がることは何もないんだ!
「はい、明日でしたら、10時には中央署へ行けます。」
「ではお越しになられましたら、受付にお渡しした名刺を出していただければ分かるようにしておきますので宜しくお願いいたします。では、お気を付けてお越し下さい。」
兄がぎゅっと肩を握ってくれた。
「明日は一人で行ってくる。お兄ちゃんにこれ以上迷惑を掛けられないから。ちゃんと何も関係ないって証明してくるから。」
「そうだな。わかってるから。信じてるから大丈夫だ。」
それから一睡も出来なかった。
翌朝、両親は突然帰ってきている私に気付き驚いていたが、兄が
「輔くんと喧嘩したんだって~ だから輔くんが昨日の夜に送ってきてくれてしばらく預かって欲しいってさ~ どっちが皐の本当の家なんだ?って言ってやったさ!」
うまく胡麻化してくれた。
バイト先へ親戚に不幸があったので数日間はお休みを頂きたいです。ご迷惑をおかけしてすみません。と連絡をしてから、刑事さんとの約束の時間に間に合うように家を出た。
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まじかーーーーーーーーー
私も言葉に出来ないです・・・




