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8 北のゾレア帝国が攻めてくる


…………


 さく、王城の草をかき分けて、いつもの木の陰にわたくしは向かった。

 ここなら誰もいないから。誰にも見られないから。一人で泣きたいときにはちょうどいい。


 わたくしは最低な女だから。


「おねえさま……」


 わたくしには前世の記憶があった。お姉さまがその赤銅色の髪色で、先祖返りの旧王家の血筋を示し、王太子の婚約者になって、古の失われた召喚士のジョブを発現し、戦争に行って、死ぬ。


 わたくしはいつもいつも誰かのあとだった。誰もわたくしには期待しない。優秀な兄と姉が全部期待をさらっていく。わたくしは生きてるだけでいいなんて、そう笑って許される。わたくしはからっぽだ。


 お姉さまは優しかった。強くて優しかった。どうしてわたくしじゃなくてお姉さまが死んでしまったんだろう。どうしてわたくしはこの人生を繰り返さなくてはならないの。わたくしにも未来をかえることができるのだと証明したかった。


「ごめんなさい……」


 王太子の婚約者だから、国を背負って戦わなければならなかったけれど、追放されたらもう戻ってはこれないでしょう?戦火に焼かれるこの国を捨てて、他国で他人事として安全に生きていったらいいのですわ。



…………



「なに! 北のゾレア帝国が攻めてくるだと!」


 王太子ベンジャミンは声を張り上げた。

 宰相ナージルは黒髪の長髪を肩に払い、うやうやしく右手を胸の前に握った。イシュラルドの敬礼に準するしぐさだ。


「はい。王国の騎士を動員していますが、いささか心もとないので冒険者ギルドにも要請を行っているところです」


「ふん、傭兵崩れの烏合うごうの衆か。まあ、弾除けにはなるだろうな」

「いえ、それが、此度は召喚士のジョブがいるのだと噂になっていまして」

「! 召喚士だと!?」


 召喚士とは我がイシュラルド王国建国の神話上の伝説のジョブだ。生きている間にお目にかかれることは珍しい。この世ならざる魔神を天上から降ろし使役させる。その戦力は一人で幾千もの軍隊と同等だという。


「まことか! 謀られているのではないだろうな」

「確かな情報です。受付の帳簿にも載っています」


 ただし、あなたは知らないほうが幸せかもしれません。そっと心の中でナージルは独白した。


 ああ、まさか元婚約者様が冒険者ギルドで冒険者の仲間入りをしているとは。



…………



 ジンに連れられてトンボ返りに冒険者ギルドに帰ってきた私は、さきほど見ていた依頼掲示板の内容に目を通していた。彼に引っ攫われてから、帰ってくる間に共に昼食も済ませすっかり午後だ。割のいい依頼はだいぶ少なくなってしまっていた。


(肉食うさぎの討伐五十匹……はもうないか、はぁ……)


 あとはなんだか面倒くさいうえに依頼料が少ない討伐くらいしかない。やはり朝一で受けておくべきだった。


(ええと、下水道腐食液スライムの掃除百匹……まあ仕方ないか)


 私が依頼の紙を掲示板から外そうと手を伸ばすと、横にいたジンがぱっとその手をつかんだ。私が驚いてジンの顔を見ると、彼はその金色の瞳を不満げにすがめる。


「そのまえに、ランクをあげてきたらどうだ」


 彼は顎でくいと受付カウンターを指し示す。今私が手に持っているのはFランクの依頼だ。私はつい昨日入ったばかりの新人なので受けられる依頼には制限がある。


「試験官と戦って実力を見せれば飛び級できる」


 ジンは自信満々にいってのけた。


(飛び級??)


 そんなに生き急いでどうするのだろう。私はまだ二日目だしこつこつ依頼をこなしてギルドの信頼を徐々に得たいのだが。


「こんなちまちました依頼で強くなれるとでも思っているのか。しぬぞ」

 

 突然の死刑宣告だ。ジンに言われると言葉の重みが違う。

 それっていうことをきかなければあなたにころされるってことですかね。


「え、ええ。……そうね、きいてみるわ」


 私は内心で震えながら受付に向かった。そういえばレベルが上がったことを事務の方に報告する義務があった。彼女らはデータベースで冒険者情報を管理しており、日々情報をアップデートしているのだ。報連相しなくては。


「あの、クレアさんすみません。冒険者番号七五五九二〇四番のユリアです。冒険者情報の上書きお願いします」


 受付のクレアさんは茶色のボブヘアを揺らして、かわいらしく振り向いた。

「あら、ユリアちゃん。新しい呪文でも覚えた? こまめね! えらいわ」


 ルーキーは伸びしろが大きいので一日ごとに情報が更新されるのも珍しくはない。レベルが一上がったとかでも喜んで更新にくるほどだ。

 さして気にすることもなくクレアは取り掛かった。後ろの棚にある水晶をとってきてはカウンターの台の上に乗せる。


「じゃあ、この上に手をかざしてね」

 クレアさんの言葉に手をかざす。水晶はうすぼんやり金色に光ると、私の情報をクレアさんの操作している魔道具の石板の中に転送した。


「ええと……ええええええええ!!!!!」


 一から七十八!? うそでしょう、とつぶやく声が聞こえる。

 私もびっくりしていたが、クレアさんはもっとびっくりしているようだった。


「召喚僕、岩の魔神ってあの……この前できたとかいうダンジョンのとこの? え、 ていうか彼、昨日一緒にいた人じゃない?」


 クレアさんは記憶力がいいようだ。毎日大量に冒険者が出入りするというのに昨日ちょっと話しただけの人の顔もばっちり覚えている。


「ひああ、ここ最近で一番驚いたかも。おかげで眠気も覚めちゃった。ありがとうね」

 どうやらクレアさんはお疲れのようだ。無理しないでくださいね。


「あ、じゃあ冒険者ランクあげるのね。ちょっとまってて」

 クレアさんは振り向いて、おーい、とカウンターの内側のスタッフ休憩室に向かって呼びかけている。なにが起こるんだろう、小心者なのでどきどきします。


「ああ、心配するな、俺は強い」

 ジンが震える私の肩をたたいた。うん、言葉の重みが前とは全然ちがうわ……。

 私がじっと目を見つめると、ジンは照れたように視線を泳がせた。

「ああ、まあ、だからその……いや、なんでもない」

 語尾がはっきりしなかった。ジンはこころなしかぷるぷるしている。


「おまたせ! じゃあいこっか!」


 見れば、クレアさんは記録媒体を手に、屈強な体つきの美丈夫を連れてきていた。金髪の角刈りに水色の鋭い目つきをしている。アサルトライフルとかが似合いそうな男だった。TAR-21(タボール)とか持っていそうだった。これは……目をつけられたら殺される。そんな存在感をはなっていた。


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