第6話:目覚め早々ツンデレおじさん
三日三晩、乃愛は目を覚ますことはなかった。
保護欲を揺すぶられる童顔。
ため息が出るほど美しい金髪。
何も発さず、ただ眠っている姿は、絶滅したとされる《妖精》によく似ていた。
「昼食だ。起きたら食べるといい」
「寝すぎるのは体に良くないぞ」
「村を助けてくれるのでは……」
言いかけて、呑み込む。
先程から何を言っている。
この娘は疲労で眠っているだけだ。すぐに起きる。
──もう三日も目を覚ましていない。
いつか目を覚まして、何も無かったかのように笑うはずだ。
──目を覚ますことはないかもしれない。
手が震えた。会って数日の少女に、どうしてこんなにも、心を揺るがされているのだろうか。
「頼むから目を覚ましてくれ……」
乃愛の顔にかかる髪をよけた。
同時に、「ううっ……」と唸る声が聞こえる。
「──ばぁっ!」
「うわあぁっぁぁ!?」
儂が尻もちをつくと、上からケラケラと愉快そうな声が落ちてくる。
幾つもの『驚き』が重なり、目の前の光景を呑み込むことができなかった。
「ふふふっ──ロルおじ驚きすぎ! ウチ、死んだと思ってた〜?」
「そ、そんなことは……というか、いつから聞いていた?」
「うーん、激シブボイスで『昼食だ。起きたら食べるといい』って言ってたとこから!」
「一番最初からじゃないか……」
「ドンマイ! そういうこともあるって!」
寝起き早々、バシバシと背中を叩いてくる。
相変わらず老体を敬うことはできないのは、儂の知っている乃愛だという証拠だ。
なんだろう──胸を撫でるような擽ったさが、ゾクゾクと音を立てて込み上げてくる。
「ありがと……ウチのことをスゴく心配してくれて」
「いや、儂は決して心配しておらぬ。ただ……」
「ただ?」
「そういえば──儂の《魔石》がなくなったのだが、心当たりがあるだろ?」
「ギクッ──今それ関係ないじゃん! 話をすり替えないでよ!」
「あれ一つで、立派な一軒家が建つくらいだ」
途端に、乃愛の顔が引き攣る。ガタガタと手を震わせ、血の気が引いていくのが目に見えてわかった。
「返してくれないか?」
「ごめんなさい……もうない、です」
「なくしたのか?」
「も、門番の、槍をデコったときに使っちゃった……」
道理で彼奴の槍は炎を纏ったわけだ。
アレには一軒家の価値が……否、考えるまでもないな。一軒家どころかそれ以上の価値がある。
値段がつけられないほどに高価な、人の命を救う槍だ。
「儂では、この《魔石》にこれほどの価値を与えることはできなかった」
「いきなりどうしたの」
「助けられてばかりだと痛感しただけだ」
色々と貰ってばかりだ。どうにかして礼をしたい。
「儂が元の世界に帰してやる」
──それが儂にできる、最大の恩返しだろう。
しかし、最良に思われた提案は、乃愛にとっては最悪だったようで──
「迷惑!」
「ん……元の世界だぞ。帰りたくないのか?」
「うん。最初は驚きで泣いちゃったよ。でも、よく考えてみたら、良い思い出よりも、悪い思い出ばかりの場所に帰りたくないなーって思ったの」
「メイクとやらはいいのか?」
「よくはないけど、ウチ、すっぴんでも最かわだし! それに、ゼロから作ってみせるから!」
そう言って、顔の横で人差し指と中指を立てたポーズをする。後に知ったが、乃愛の世界では『ピース』と言われているようだ。
彼女が元の世界に帰らないと聞いて、ホッとしている自分が憎い。
「てか──ゆっくり話してるヒマなんてないじゃん! 村のみんなは? ウチが寝ている間に死んでないよね!?」
「……」
「どうしてそんなに暗い顔をするの? もしかして……」
「見てもらった方が早い」
儂は家の扉を指さす。
乃愛はベッドから跳ね起きて、一目散に扉を開いた。バコン、と大きな音が響く。
外の眩い光が部屋を満たし、乃愛の頬を宝石のように輝く雫が伝った。
「よかった……みんなっ!」
彼女が嬉しそうに目を細める先には、たくさんの『声』で溢れかえっていた。
「──ああ、女神様。病からお救いくださり、本当にありがとうございました」
「──女神のお姉ちゃん! 助けてくれてありがとう!」
「──なんて麗しい。女神様の為なら、この命を捧げます」
「──女神様! 主は貴方です。何なりとご命令ください!」
「村の全員が認めた。この村の長は──君だ」
「待って待って! 凄いことをしたけど、村長になりたいだなんて一度も……」
困惑するのも無理もない。儂ですら、初めて聞いた時は耳を疑った。
だが、この村を救ったのは他でもない乃愛だ。
彼女なら、『この村を桃源郷にする』という、無謀な約束ですら、実現してくれる──そんな気がした。
「言葉通り、村の全員で決めたことだ。儂からもお願いしたい。どうか──この村を導いてくれないか」
「いいよ」
困惑していたのに、やけにすんなりだった。
よかった、と安堵したのも束の間。乃愛は過去にも見せた悪い表情を浮かべる。
「条件がある」
「な、なんだ」
「ウチがプロデュースするからには、半端なものは作りたくない! やると決めたからには、本気で最強の村──いや、国をつくるよ!」
「ウオォォォォォッ!!!」
乃愛の話を真面目に聞いていた村人は、拳を天に突き上げて、腹の底から声を出した。
「村を発展させたいかァーッ!」
「ウオォォォォォッ!!!」
「デコでキラキラの国を作りたいかァーッ!」
「ウオォォォォォッ!!!」
「ウチは可愛いかァーッ!」
「超可愛いですッ!!!」
村人が着々と乃愛に洗脳されていくザマを、隣で見ていることしかできなかった。彼女に対する忠誠心は、結束力となり、この村の発展に必要不可欠となるはずだ。
そうとわかっていても、言葉にできない複雑な感情が胸の中で交差する。
「まずは衣食住を充実させよっか。ロルおじ、無茶させちゃうけど、大丈夫?」
「もちろん。儂を誰だと思っている」
「魔法使いのおじさん!」
「その通りだ。儂一人で、百人分働いてみせる。勝ち馬にでも乗った気分でいるといい」
「心強っ! じゃあ森から真っ直ぐの木をたくさん集めてきて!」
真っ直ぐな木?
もっと困難なことを頼まれると思っていたので、物足りなさを感じた。
「それだけでいいのか?」
「終わったら別のこと頼むから!」
儂は部屋から杖を取り出す。
魔力の微細なコントロールは、杖があった方が容易だ。時短かつ効率よく終わらせてやる。
◇
「行ってらっしゃ〜い!」
ロルおじを見送ると、ウチは目の前で拝んでいる村人に視線を向けた。今の村は、道が不揃いな上にデコボコが気になる。
「今ある家は──全部壊して作り直そっか!」
「えっ……」
流石に困惑するよね。でも、ここを発展させるには大事なことだから。
「ウチの言うこと、聞けないの?」
「理由もなしに、ずっと住んできた家を手放すことはできない」
「今の家のまま発展させるより、最初から設計し直す方が絶対に良い街になる──って言っても難しいよね」
そうだ。今後必須になってくるイメージマップを、今作ってしまえばいいんだ!
思い立ったらすぐに行動する。それがウチのモットーだ。
土台となる岩と、加工しやすい土。これさえあれば──
「ウチの作りたい村はね──」
イメージを膨らませながら虚空に触れた。
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DECO ver.1.1
MODE:抽出・合成・変換
COST:対象複雑度に比例
BATTERY:100%
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『合成』と『変換』に触れると、岩と土は光を放って交わった。その様子を、村人は「女神様の奇跡だ」と言いながら見ている。
何が『女神様』だ。確かにウチは可愛いけど、その呼び方は少し違う!
「これがウチのイメージ! どうかな?」
「これはなんというか……凄い、な……」
「道が沢山あるのに、真っ直ぐ綺麗に並んでいるな」
即興で作ったのは、京都の街並みをイメージしたジオラマ。
やっぱり、異世界の人からしたら珍しいか。
修学旅行で行った京都の景色は、都会で育ったウチには異世界のように感じた。
いつもはキラキラしているコンビニが、そっと影を消しているようで、可愛らしかったのを今でも覚えている。
「仮住居を先に作るから、寝る場所には困らないよ!」
せっかくなら、仮住居の時点で驚かせてやる。
みんなの思い出が詰まった家を無くすからには、ウチもそれなりの覚悟を決めないと。
「……頼む。女神様の思い描く街に作り替えてくれ。もちろん、俺だけではなく、他の奴の意見も聞いてほしいが」
「私もお願い。この街並み、物凄く好きよ」
二人に続くようにして、「俺も!」「私も!」と、あちこちで声が重なる。
言い争いになると思っていたが、まさかの全会一致だった。
総勢約百人──。
「みんなの想いは、ウチが責任を持って受け取るよ!」
やると決めたからには、本気で──。
元の世界にいた時には、感じたことのない胸の高鳴りを感じた。




