港区の決戦、最上階の女王
新宿からタクシーを飛ばすこと三十分。
目の前にそびえ立つのは、ガラス張りの巨大な要塞——港区・神谷町の超高層タワービル。
この最上階に、組織『日食』の心臓部がある。
「アイゼンよ。これを見ろ。……このビルの輝き、かつての王都の魔導塔を凌ぐぞ」
「左様でございますな。しかし、漂う臭いは腐った沼と同じ。人々の強欲を糧に、無理やり作り上げられた『光』にございます」
俺は、先ほど奪い取ったIDカードを入り口のゲートにかざした。
ピポ、という間の抜けた音と共に、現代社会の最高レベルの防壁が、あっさりと俺たちを受け入れる。
エレベーターは静かに、かつ急速に高度を上げていく。
表示される数字が『50』を超えた時、俺の懐の聖剣の欠片が、悲鳴のような共鳴を始めた。
「……来たか」
最上階。
全面ガラス張りの広大なフロアには、無数のサーバーユニットが神殿の柱のように並び、その中心に、一人の少女が座らされていた。
アバターのモデルとなった絵師——『シオリ』。
彼女の頭部には無数の電極が繋がり、意識は完全に「電脳の世界」へと没入させられている。
「ようこそ、魔王さん。……いえ、『万事屋』さん」
フロアの奥から、例の眼鏡の女が現れた。
その背後には、巨大なスクリーンが浮かび、そこには億単位のフォロワーからの『視線』が、物理的な圧力となって渦巻いている。
「彼女は今、一億人の意識を受け止める『器』となっている。間もなく、この街の全デバイスに、彼女の描いた『究極の呪い』が配信されるわ。……そうなれば、この世界は、私たちの意のままに再定義される」
「……下らぬ。たかだか一億の視線に、一人の小娘の魂を捧げるだと? それが貴様らの言う『新しい神』の正体か」
「あら、嫉妬かしら? 貴方が失った『魔法』を、私たちはこうして科学で再現したのよ」
女が指を鳴らすと、サーバーから黒い稲妻が走り、意識を失ったシオリの体が不自然に浮き上がった。
彼女のアバターである『電脳の女王』が、現実世界に半透明のホログラムとして具現化していく。
『おじさん……、助けて。……私、消えちゃう……』
女王の姿をした少女が、俺に助けを求める。
だが、その声さえもプログラムされた「罠」かもしれない。
「アイゼン! あれは『偽物』だ。惑わされるな!」
「はっ……! しかし、シオリ殿の生気が、あの装置に吸い取られております! このままでは……!」
「……ならば、この街の全デバイスが、我を直視するようにしてやるまでよ!」
俺は懐から、タクシーの中で急いで準備した『秘密兵器』を取り出した。
それは、マコトの部屋から没収したノートPCと、ダイソーで買った『大音量メガホン』、そして俺がこの数ヶ月で貯めた『dポイント全額分の権利』だ。
「貴様らの力は『数』だな。ならば、その数……我の『人気』で上書きしてやるわ!」
俺は、VTuberとしての配信を開始した。
タイトルは——【緊急生放送】魔王、港区の神をぶっ飛ばす【初配信から10日目】。
「聴け、世界中の愚民ども! 今からこの街に、本物の『魔法』を見せてやる! 瞬きするなよ、これは有料級の奇跡だ!」
一億人の視線を奪い合う、前代未聞の「視聴率戦争」が始まった。




