トリックハキカナイ!
盲目の男。藤沢信二が、予選四回戦での桐華の対戦相手である。藤沢の身の丈とそう変わらぬ長い木刀を持ち、盲目の為に目線による攻撃の先読みができない。
(……あの人も誰かの為に負けられない戦い。でも私も……私も約束した、あの日あの場所で)
桐華は容赦なく、目の前の対戦相手であり盲目の男、藤沢に対し愛銃ガバメントを向ける。藤沢も剣道の中段の構えを維持する。音だけで桐華のいる方角を向き、そして長い木刀を構える。
「ソレデイイノデス。ジブンモ、ホンキノアイテトタタカイ、ソシテカチタイ」
「……っ! ……行きます」
桐華はガバメントから水弾を射出させる。牽制程度に三発の弾を藤沢に放った。通常の相手ならば余裕で避けきれる攻撃であるが、藤沢は違う。桐華は最後に確かめておきたかったのだ。本当に音により、相手の攻撃がわかるのかを。仮にも目も見えず、聞こえもしていなかったら、大怪我では済まない事になる。
当然のように、藤沢はこの水弾を回避する。避け方も最小限の動きで避けている。
「サキホドモイイマシタガ、ジブンハ、メガミエナイカワリニ、ミミガイイ。コノテイドノコウゲキデハ、ジブンヲタオスコトハデキマセンヨ?」
「…………」
そんな藤沢の指摘も気にも止めず、桐華の表情は極めて冷静沈着である。そして桐華は藤沢を中心点として、時計回りに走り始め、動きながらの水弾連射を始める。
(……音で判断するなら、立ち止まっていては駄目だ。……自分の音を消せば弾の音だけに、神経を集中させられて避ける事を容易にされてしまうから。……自分の足音と射撃音、そして弾の音とこれだけの音で、かく乱すれば耳が良いといっても避けにくくなるはず!)
無数に放った水弾が、藤沢を襲う。藤沢も長い長刀を利して、水弾を受け流すように捌いていく。
「オトヲナガセバ、オトハヌケテイキマス。ジブンニ、ナミノコウゲキハ、キキマセンヨ」
その流麗な動きからなる受け流しは、そこで見ている者に目を奪う。まるで激流に逆らう事無く、身を任せ同化しているようにも見える。流す、というよりもすり抜けている、といった表現の方が正しいのかもしれない。
(……これで良いの。彼はその性質上、自分から攻撃を仕掛けてくる事は無い。……後の先を取る事ができても、先の先や、先の後を取る事はできない。……音で判断するという事は、逆に言えば、音がしなければ攻撃も防御もできないのだから。……そしてそれは彼と同じ接近戦をする人ならの話、遠距離主体で戦う私と彼は絶対的に相性が良いのだから)
桐華はどんなに受け流されようと、水弾を藤沢に射出し続ける。変わらぬペースで、藤沢も桐華の弾を受け流し続ける。
「フフフ、オソラクハ、アナタノカンガエドオリ、ジブンハコチラカラ、セメルコトハデキマセン。コノショウブ、ハジマッタシュンカンカラ、ゼッタイテキアイショウニヨリ、アナタノカチハメニミエテイマス……ソウ、コノコウボウハ、ジブンノタダノアガキデス。シカシ、ジブンニモ、カツホウホウハアリマス」
「……時間切れ引き分け」
「ソウデス。アナタハセッキンセンガデキナイ。ワタシハ、ジブンカラセッキンセンガデキナイ。シカシ、ゼッタイテキアイショウノナカデ、アナタハ、ジブンヲ、タオスケッテイリョクガナイ。ヒキワケニモチコムコト。ソレハ、ケッカテキニハ、ジブンノカチヲイミシマス」
最初から相性的に勝てないのなら、時間切れ引き分けを狙い、勝ちも負けも無かった事にする。それが藤沢のとった作戦である。そして藤沢の言う通り、桐華は接近戦ができない分、敵を倒す決定力に欠けてしまうのだ。
(……彼の狙いは時間切れ引き分け。……確かにこのままでは時間切れに持ち込まれてしまう……)
桐華はわずかな一瞬で、時計を見て、試合開始時刻と現在の時刻を計算する。
(……始まりから六分経過、一試合十五分だから残りは九分。……万が一に備えて勝負をかけないと)
通常の藤沢に合わせた軌道の他に、桐華は照準を地面に向け始める。
「ム、ナニカスルツモリデスカ!?」
「……トリックワン。リフレクターバレット」
通常の軌道の他に、トリックワンによる跳弾させた軌道を混ぜて、藤沢に攻撃を仕掛ける。
「ミズガジメンニアタルオト!? シカシ、ソンナコトヲシテモ、ムダナコトデス。ドンナキドウヲエガコウガ、サイシュウテキニ、ジブンニムカッテクルノナラ、ヨケルノハタヤスイコト」
最低でも二通りの軌道を描き、襲いかかる水弾。そんな攻撃でさえ何の変哲もない攻撃だと、容易く避けてみせる藤沢。そんな最中、桐華のガバメントも水切れを起こしてしまう。
「ウチオワリデスカ? コンナゼッタイテキ、コウゲキチャンスデサエ、ジブンカラコウゲキデキナイノハ、クチオシイデス」
「……貴方にどんなハンデがあろうと、私は私の想いの為に負けるわけにはいかない。残り時間をフルに使って貴方を倒します」
「エェ、ジブンモ、アズササンノタメニ、ナントシテモ、コノイッセンヲ、シシュシテミセマス」
ガバメントのリロードが完了すると、桐華は水の入ったボトルを取り出す。これは三回戦時に、水壁を出した時と同じ物である。そしてそのボトルを空高く投げる。
(……通常の軌道と跳弾の軌道だけでは駄目ならば、水壁を使った三つ目の軌道を使う。……いくら受け流しが上手くても、これだけの弾幕を回避するのは、容易ではないはず!)
通常の射撃、跳弾する射撃、水壁を使う射撃、の三種類の攻撃をかける。ガバメント一丁ではどうあっても足りないので、桐華は今まで使わなかったデザートイーグルを装備する。威力調整は最低にまで落としてあるが、それでも致命打を与えかねない銃である事に変わりはない。
利き腕である右手にデザートイーグルを、左手にガバメントを装備し、弾幕形成を開始する。右手のイーグルで通常の軌道と、トリックワン。左手のガバメントも通常の軌道と、トリックツーで射撃する。上と下と、真ん中から藤沢めがけて襲いかかる水弾。
「……アナタハ、トンデモナイヒトデス。イママデノタイセンアイテダッテ、コンナコトヲヤッテノケルテキハ、イマセンデシタ」
桐華を認める発言をしながらも、聴覚と長刀により、その弾幕を受け流していく藤沢。
「アナタノワザハ、オソラクハシカクニ、ウッタエルワザデス。メノミエナイワタシニハ、アナタノワザノコウカハ、ハンブンノコウリョクニシカナラナイ」
藤沢の指摘も最もな話である。トリックワンもトリックツーも跳弾、あるいは水壁による視覚的奇襲効果が高い。通常ならあり得ない軌道で襲ってくる弾を、視覚で判断してしまう事によって、回避を困難にさせるというものが大きいのだ。視覚で判断せずに、聴覚で弾の軌道を読む藤沢にとっては、直進軌道でも跳弾軌道でも一つの攻撃の軌道にして変わらないのだ。
「……真っ直ぐいっても、跳弾させても、貴方に当たる瞬間の弾は真っ直ぐに変わらない。……恐れ入りました」
「アキラメルノデスカ? ソレデモ、コレホドノダンマクヲケイセイデキル、アナタハ、トテモスバラシイプレイヤーデス」
「……ありがとうございます。……でも諦めてはいません」
「ナニカ、ヒサクデモアルノデスカ?」
「……秘策……私はあの人を優勝にまでのし上げる為になら、どんな秘策でも卑怯な手でも考えてみせる」
先ほどまで形成された弾幕は無い。水壁も完全に下に落ちている。嵐が過ぎ去ったような静けさだけが、リング中央に訪れている。二丁の銃のリロードを完了し、桐華は再び藤沢に銃口を向ける。
「……行きます――第三のトリック」
「ダイサンノ、トリック!?」
――残り時間は一分を切る。デザートイーグルとガバメントから再び水弾が発射される。