舞う木の葉。舞うオカマ!
始まりの合図。それは第三回戦、マックスハートとディーパーディーパーの、大将戦が始まった合図。
その合図と同時に、一瞬にして芹川の懐へと踏み入る。その目にも止まらぬ高速ダッシュは、全試合の三木を遙かに超えたダッシュ力である。
「あら……これは驚き。響ワタル、貴方うちの三木ちゃんより全然強いのね」
「ったりめぇだ! オレサマは……」
懐に飛び込み、左腰周辺に木刀を置き、まるで抜刀術のような構えをとる。
「優勝する男だぜっ!」
そしてワタルらしい力任せの攻撃を繰り出す。繰り出す攻撃は、左から右へ薙ぎ払うように走らせる。
「さすが響ワタル。そう言ってくれなくっちゃね」
芹川はワタルの攻撃を、扇子を用いてまるで風を切るように、右から左へ仰ぐ。
ワタルの木刀は、まるで芹川を通り抜けたかのように、空振りしてしまう。
「なっ……!?」
「オホホ、言ってなかったけど……私、強いわよ?」
まるで木の葉が風に飛ぶように、優雅に後方へ飛び、右手に持った鞭を展開させる。蛇の柄のような鞭は、展開させると正に蛇そのものにも見える。そして芹川はその鞭をワタルへ向かって放つ。風を切りながら、飛ぶその鞭の音が、まるで蛇の鳴き声のようにも聞こえる。
「つぁっ!」
鞭による攻撃は、ワタルの左腕から背中にかけて、巻き付くように命中する。
「オホホ、皮膚の表面が焼けるように痛いでしょ? そうやってジワジワと蛇の毒にやられちゃいなさい。そして、弱ったところで美味しく食べてあげるわ」
「……蛇の毒、か。へへへ、ははは、はっはっは、はーっはっはっはっ!」
ワタルは一人、大爆笑をしている。会場中が何事かと、ワタルに視線を集中している。
「……何を笑っているの、響ワタル。全力になりすぎて頭でもおかしくなったの?」
「いやいや、オレサマの頭は正常だぜ。ただな……もっと強く、そして毒のある蛇に遭遇してっと、な」
「気にくわないわね、響ワタル。仮にそうだったとしても、貴方はここで私に食べられるの」
言葉通り、やや口調に苛立ちを込めながら、ワタルに向かって鞭を振るう。その木刀とは全く違った軌道で飛んでくる鞭だが、この芹川の攻撃を難なくはじき飛ばす。
「だから言ってるだろ? お前の蛇はきかない、その鞭で俺を倒したかったら速水仁以上の蛇を用意してくるんだな!」
「……なるほど。響ワタル、貴方は私と遭遇する前に、良い経験をしたようね。でも逆を言わせてもらえれば、それは私とて同じ事よ。勢いは確かに侮りがたいけど……響ワタルのように大振りな戦い方をする人間なんて、いくらでも見てきたわ」
苛立っていた口調は、会話と共に冷静になっていく。恐らくはこれまでの戦いの経験を、思い出しての事だろう。予選といえども、仮にも三回戦のチーム。かつての最高戦績はベスト8に入った事もある。そうは見えないが、芹川という人間は、戦いにおける感情の制御を心得ている。
「……堅っくるしい奴だな。そんな事はどうでも良い話さ。戦場では、理屈うんぬんよりも、強かった奴が勝つ……違うか?」
「ウフフ……いえ、全くその通り。だからこそ貴方は私には勝てないの。この大将戦を勝ち、サドンデスをいただき、次に進むのは私達よ!」
再び鋭く鞭を、ワタルに向けて振るう。ワタルも負けじと鞭を木刀ではじいて、それと共に一気に接近する。
「でもそれも違う。ここで勝って次に進むのは、オレサマ達だ。お前らも踏み台にして、もっと前に行くぜ!」
再び懐に入り込んだワタルは、先ほどの攻撃と違い、今度は斜め右上から左下にかけての袈裟切りを繰り出す。が、その袈裟切りも空を切るように、空振りしてしまう。そしてワタルが芹川を見る頃には、木の葉のように舞い後方へ飛び、鞭の適正距離から攻撃を仕掛けてくる。今度ははじかずに、ワタルも後方へ大きく飛び、鞭も届かない位置まで下がった。
「あら、怖じ気づいたの? そんな所じゃ鞭はおろか、剣なんて届くわけがないわよ」
「わぁーってらぁ、そんな事っ!」
距離を大きく離したのは、一度間を置いて考えたかったからである。
(本当に木の葉みたいな奴だ……あいつのオカマキャラからは想像し難いけど、良い言い方をするなら、舞子のように舞って戦う華麗なタイプだ。戦い方自体は江藤に似ているな……江藤は必殺のぶったぎりで倒せたが、あのオカマは……はてさて)
「考えているのね、無理もないわ。正直私も考えているもの。お互いに攻めては捌かれの攻防……決め手が無いものね」
ワタルは今の言葉から、あらかたの戦略をたてた。お互いに決め手がない、という言葉。嘘か誠かは定かではないが、仮にこれが本当だとしたら、不意打ち効果でぶったぎりは効果があるといえよう。
いずれにしてもパワーの面では圧倒的にワタル有利。技術の面では圧倒的に芹川が有利。ワタルは当たれば一撃だが当たらない。芹川は当たっても必殺の一撃が無い。戦局は互角のように見えるが、倒すか倒されるかという観点で見れば、倒せる技がある分だけワタル有利と見るべきであろう。
「よっしゃっ、やらないで後悔するよりは、やって後悔しようじゃねぇか!」
ワタルは自分の両頬を両手で強く叩き、ワタルなりの気合入れをする。
「それに……ヒロキも待ってやがる事だしなっ!」
「ヒロキ……? まぁ、どうでもいいわ。覚悟は決まったようね、響ワタル」
「おうよ! 馬鹿と言われようと、オレサマの戦い方はこうだぜ!」
木刀に持てる力を注ぎ込みながら肩に担ぎ、腰を深く落とし重心を低く、そして全体重を地面に乗せる。
「……す、凄いわ、響ワタル。今の貴方のオーラは特大級よ! ……でも技はどうかしらね」
「へっ、技も特大級だぜ!」
ワタルは大きく飛翔した。下半身に溜めた力で一気に飛び上がる。上半身では文字通りぶったぎる為の力をまだ蓄積している。
「なっ、なんて体のバネしてるのよ、人間技じゃないわ!」
あまりの飛翔距離に、冷静な表情が一変、一気に驚き慌てふためく。芹川は右手に持つ鞭を、がむしゃらに振りまくった。しかしただ飛んでいるだけではない、その必殺のぶったぎりは、移動中はその体勢のまま体当たりでもしているかのように、体に当たる鞭をはじき飛ばしていく。
「いってぇ……けど。当たれよ、必殺のぉ、ぶったぎりぃぃ!」
前に進む事により生まれる突進力。山なりに飛ぶ事により生まれる落下の慣性。そして持ち前のバネと鍛え抜いた肉体から繰り出されるパワー。これら三拍子が揃っての必殺のぶったぎりである。
「……なるほど、攻撃に特化した技ね。しかも当てる事を念頭に置いてないで、当たった時の事を考えた一種の博打技ね……。さしずめ大振り台風ってところよっ!」
芹川はぶったぎりの軌道に合わせ、左手の扇子を舞わせる。これ以上ない程の轟音と共に、空振りさせられる必殺のぶったぎり。一人豪快空振り劇を、華麗に捌く舞子。見ていた客は誰もがそう思った。
そして相手が押した分だけ、舞うように引く。台風の強力な風により、吹っ飛ばされる木の葉だが、結局はのらりくらりと威力を回避したのだ。
「なぁっ、避けやがったな、ド畜生!」
「響ワタル、貴方は馬鹿ね。これ以上ない程の馬鹿だわ。そんな馬鹿な所がちょっと好きだけれど……舞い落ちる葉に、力任せに棒を振ったって当たらないわよ」
「……力任せに棒を振っても当たらない!?」
「えぇ、そうよ。そりゃまぐれ当たりはあるかもしれないけども、そんなまぐれ当たりなんて期待するのは、三流のやる事よ」
ワタルの脳裏に何かが走った。それは、ひらめきの閃光。
「よっしゃ!」
「ん……? 今度は何をする気かしら?」
「へっへっへ。ぶったぎり」
ワタルは再度、ぶったぎりの構えで立つ。ただ一つ違う所があるとすれば、木刀を担ぐ手が、従来の両手で構えるのではなく、片手で構えている事だった。