少女の幻影!
予選第三回戦、先鋒戦は見事に桐華が勝利を収め、そのバトンを中堅のかなへと託す。二回戦と同じく、ここでかなが勝利する事ができれば、ワタルの出番は再び無くなり、マックスハートは次の戦いへと駒を進める事ができる。
「かなっぺ、ここで勝ってさっさと次へ進もうぜ!」
「うん、そうだね」
「どうした、なんか元気がないじゃないか?」
「そんな事ないよ。ただちょっと考え事……ワタル君、もしかしたら出番が回ってくるかもしれないけど、その時はよろしく!」
「……はぁ!?」
当然の如く、かなは勝って戻ってくるという前提で話をしていたワタルは、かなの意外な言葉に目を丸くする。かなの顔つきは決して自信が無いというわけでもない。むしろ自信ややる気は目に見えてあるのがわかる。ワタルには何故なのかはわからない。
「わかるか、トーコ?」
「……さぁ」
桐華はわかっているような、わかっていないような、つまりは無表情で答えた。
「相変わらずのポーカーフェイスだな。まぁ、試合が終われば全てがわかるってやつだ」
ワタルと桐華は、バトルリングへ向かうかなを案じた。
そしてリング中央には、中堅戦、かなの対戦相手である三木亮輔の姿がある。見た感じは相手チームの前二人、つまりは芹川と純ほど際だった特徴も無いように見える。いや見た目の特徴点だけならば、純に限り普通だっただけに、見た目で判断は良くはないのかもしれない。見た目で判断するな、という言葉があるように、最終的な結論は拳を合わせるまでわからない。
「宜しく。三木です。リーダーと純にはキャラが濃いという理由で、迷惑をかけたと思うが……」
「あ、いや、そんな事はないかな。かなに限り……」
戦いをする者としては、少しお洒落が過ぎるとは思えるが、残り二人よりも幾分地味であり、むしろ軟派なイメージよりも硬派なイメージが漂う好青年な第一印象だった。肌もやや褐色であり、良い意味では最近のスポーツマンといったところか。体つきもよく、何かハードなスポーツあるいは格闘技をやっている事が伺える。
「それでは中堅戦――始め!」
半ば強引に試合が始められる。どうやらこの黒子は、選手の事情は気にしないらしい。
「さてさて……行こうか、ねぇ?」
かなは誰かに問いかけるように呟き、いつも通りの星蹴拳の構えをとる。しかしいつもと違うところは、実妹みなのように前傾姿勢の構えであるという事。それでも、みなの星蹴拳ほどの前傾ではない。
三木の構えはキックボクシングだろうかムエタイだろうか、各二つの中間のような構え。星蹴拳のようにオリジナルに昇華させた技であろう。そうなると速度という事に関しては、ほぼ互角と考えても良いだろう。
「女性とはいえ容赦はしない……行くぞ!」
ボクサーとして鍛えたフットワークだろうか。屈強な見た目とは裏腹に、一瞬にして間合いを詰めてくる三木。かなもそれに呼応するように、前へ飛ぶように走る。
(……前傾姿勢な分、加速力は早い。この勢いのまま攻撃すれば威力は高くなる感じかな)
かなは勢いのままに左ミドルキックを繰り出す。文字通りランニングミドル。三木もその蹴りを見て反応し、同じく左ミドルキックを繰り出す。二足の蹴り足がその場で交錯する。
「つぅ……!」
「むっ!?」
二人は蹴りの威力のままに、後方へと下がる。お互いに想像以上の重さが、足に残る形となる。
「痛ぅ……さすが男の子って感じかな。威力や重さに関しては向こうの方が上だね」
「大したものだ。よもやこれ程の打撃力を有するとは……」
今のたった一撃の攻防で、両者が持つ武器の性質がわかる。かなは繰り出した左足に激痛と重さが残ったのに対し、三木はどこか余裕すら伺える。むしろこのぐらいは当然、といった顔つきでもある。
「今の攻防で足を痛めたようだな。ならばこれは俺の勝機だっ!」
三木の速度に衰えはない。かなの蹴りは、三木にほとんど聞いていないのだ。一気に接近され鋭い拳の弾幕を降り注がれる。かつての相手――リバティーズの西岡住吉の拳を超えるキレの良さである。更に拳すらも重そうに感じさせる攻撃に、めずらしくかなが畏縮していく。唯一、今のところ全ての拳を避けられているのは、三木の攻撃が全て頭だけの攻撃しか来ていない為だろう。
「せいっ!」
「……っ!?」
そう思ったのも矢先、ヘッドハンティングしか来なかった攻撃が突如、足への攻撃へと変わる。いわゆる足払いをされた格好で、かなはその場に倒れる。
(……やられた。頭狙いは囮だ……)
「おとなしくしていれば、痛みはないぞ」
全く容赦なく、倒れたかなの顔面に向けて拳を振り下ろす三木。
(避けろ、かな! 避けろ避けろ避けろぉ!)
真横に転がるようにして、振り下ろされた拳を間一髪でかわす。空振りに終わったが、殴られた地面には鈍い音と共に、拳が下ろされていた。かなはその拳が直撃していたらと思うと、体に緊張が走っている。
「なるほど。反応速度はズバ抜けて良いようだ。まるで数年前に戦った、相沢みなを思い出すな……」
三木から出たその名前に、かなは敏感に反応する。
「ちょっと……みなを、知っているの?」
「む? あぁ、あれは中学三年の頃だったか、ある大会で俺は相沢みなと戦った事がある」
「……中学三年の頃、みなと……」
「……!? そうか、相沢……君はもしかして相沢みなの姉妹なのか?」
「……うん」
「やはりか、試合中に何だが、相沢みなは元気なのか? あれ以来全く姿を見る事が無くなった……、俺はあれ程の強さと才能を持った選手を他に知らない」
かなは少し黙った後、不意を付くように一気に責め立てる。
「今は試合中! 無駄なお喋りはいらないんじゃないか……っな!」
語尾に力を込めながら、かなは星蹴撃を繰り出す。それを十字防御でガッチリとガードする三木。
「そうだ、思い越せばその奇妙な構えも、相沢みなが当時やっていた構えにそっくりだな」
「星蹴拳――連星撃!」
一撃で駄目ならば、連続で攻撃をする。しかし放たれた連星撃はかつての連打が見る影もなかった。無論、ボクサーとしてもムエタイ格闘家としても、鍛えられた三木に勢いの無い連星撃は、回避する事に造作もない。
「だが一つ一つの技のキレはそっくりとはお世辞にも言えんな。なんだこの出来損ないの技は?」
「くぅっ……!」
三木の言葉に悔しさからか、唇を噛みしめるかな。その言葉の呪縛から逃れるように、かなは大空を舞う。
「喰らえぇ、落星撃!」
空から落とす無数の蹴り。真っ直ぐに三木を狙って落ちていく。だが、余裕の笑みすらも浮かべずに、それをただ作業のように避ける。星蹴撃、連星撃、落星撃といった技を全て攻略された。かなは地面に着地し、一人息が上がっている自分に気が付く。
「ふむ、再び相沢みなと戦えるかと思い、勝手ながら期待をしたが……お前は相沢みなの劣化コピーに過ぎん」
一度決めかかっていた心が、再び揺らいでいる事に気が付く。この世でたった一人だけ、いつまで経っても相沢みなの幻影というプレッシャーを受けているのだ。
「コラァ、かなっぺ!」
いつの間にか塞ぎ込んでいた心に、バカみたいな大きな声が響く。
「……み……な……!?」
かなが声をする方を向くと、そこにいたのは相沢みなではなかった。そこに見えたのは赤いハチマキ、響ワタルの姿だった。
「テメェ、かなっぺ! 何を中途半端な事してんだっ、お前に何があったのか、何を考えてるのかとか、オレサマはそんな事は知らねぇ! だけど、何があろうとお前はお前だ、相沢かな!」
会場中に響く声で、ワタルは叫んだ。
「……あと五分。がんばって」
桐華も応援した。気づけば体を支配する緊張は、全てでないにしろ無くなっていた。
(……ワタル君の言う通りだ。今は中途半端な事は駄目。できない事はできない、やれる事をやるの。良いね、かな!?)
再び構えなおした星蹴拳の構えは、いつもの構えだった。
――残り時間あと四分四十秒。