09
「私は、今すぐ何かが欲しいんです」
ぽつりとこぼれたルーシアさんの言葉。私とアーちゃんは黙って続きを待つ。
「今まで、この体を治すために旅を続けました。明確な目的がありました。けれど、それはもうなくなってしまって。私はこの先どうすればいいのか、分からないんです」
それこそ考えすぎだと思うけど、本人にとっては重要なことだよね。人間って、難しい。
「じゃあ、私と来る?」
「え?」
「難しいことは考えずに、あっちこっち見て回ろうよ。旅をしていれば、何かやりたいことが見つかるかもしれないしね」
それにルーシアさんがいると、色々と教えてもらえそうだしね。私も楽ができる。
それも正直に言うと、ルーシアさんはきょとんとして、すぐに楽しそうに笑った。ようやく見れた、自然な笑顔。うんうん。笑顔が一番だよ。
「正直ですね」
「お仲間に誘ってるのに隠し事をするなんてしたくないからね。仲良くしたいから」
「ふふ……。そうですね。私も、仲良くしたいです。いつまでかは分かりませんが、ご一緒してもいいですか?」
「大歓迎だよ!」
断る理由なんてないからね! 三人だともっと楽しくなりそうだし。
「いいなあいいなあ。私も一緒に行きたいなあ」
アーちゃんが唇を尖らせるけど、私に言われても困る。じゃあ一緒に行こう、なんて言えるわけがない。私が嫌とかじゃなくて、アーちゃんのお仕事の問題だ。
「アーちゃんは世界樹を守るお仕事があるでしょ」
「そうなんだよね……。面倒だよほんとに。勝手に育てばいいのに」
なんてこと言うかなこの子は! ルーシアさんの笑顔が引きつってるよ。
「その……。すず。この方はいつもこの調子ですか……?」
「この調子です」
「おきらく精霊ですよー。あははー」
なんだか本当にテンションが高い。少し考えて、もしかして、と思う。
「アーちゃん。ちょっと疲れてる?」
「ちょっとだけ」
「そっか……。えっと、撫でてあげる」
「わーい」
私の膝の上に座ってきたので、そのまま撫でる。うん。そこに座られると、とても撫でづらい。似たような背格好だからね。手を伸ばさないといけなくなる。
でもまあ、アーちゃんが嬉しそうだから、いっか。
「アーちゃんは頑張ってる。えらいえらい」
なでなで。私が撫でてあげていると、アーちゃんの小さな笑い声が聞こえてくる。
「んふふー。褒められるって、やっぱりいいね。嬉しい」
「そんなに、ですか?」
「そんなに、だよ。私たちのお仕事って、世界を維持するためにとても、とっても大切なことなのに、世界中の誰もが私たちがやっていて当然みたいな態度だからさ。だーれも、褒めてくれないからね。だから、うん。こうして褒めてくれるのは、嬉しい」
ルーシアさんの表情が曇ってしまった。アーちゃんの言葉に思うところがあったのかもしれない。
「アーちゃんは頑張ってる。毎日いつもお世話になってるしね。すごく、すごく、感謝してる」
「でしょー」
なんだか今日は本当に甘えてくる。ちょっと不思議だけと、気にしないでおく。こういう日もあるよね。
今日はその後、ずっとアーちゃんを撫でて過ごすことになった。
次の日。天気はいつも通りの吹雪です。
「お姉ちゃん、雪だるま作りたい!」
「え」
ニノちゃんの無茶ぶりがきました。雪だるまって。吹雪だよ? この吹雪の中、作るの?
「ニノちゃん、雪だるまは我慢しましょう。危ないです」
のんびりお茶を飲んでいたルーシアさんが苦笑して言ってくれる。もっと言ってあげてください。
ちなみにルーシアさんからの呼び名はいつの間にかちゃん付けになっていた。普段呼び捨てをしないから呼びにくいんだって。私はどっちでもいいのです。
「あのマントを着れば寒くないし戻ってこれるよ!」
「そうですね。でも、雪だるまということは雪玉を持ち上げるでしょう? 風で飛ばされちゃいます。お姉ちゃんの頭にあたると、痛いですよ」
おお、これが大人の説得力。私だと口がそこまで回らない。
いや待って。私の方が年上だ。がんばれ私。
「えー……」
「それよりも、散歩してきてはどうですか? 精霊様が案内してくれるのでしょう?」
「分かった!」
なるほど、ニノちゃんはとりあえず動きたいだけらしい。私はルーシアさんと顔を見合わせて、思わず苦笑してしまった。
ニノちゃんと一緒にマントを着込む。ルーシアさんのマントはないので、お留守番だ。ごめんなさい。
「気にしないでください、すずちゃん。精霊様がいらっしゃるなら大丈夫だとは思いますが、気をつけてくださいね」
「うん。ちょっと行ってきます」
「いてきます!」
しゅぴっと手を上げてニノちゃんが叫んで、あっという間に駆けだしていく。いや早いよニノちゃんちょっと待って!
楽しそうに笑いながら手を振るルーシアさんに見送られて、私も家を飛び出した。
精霊さんに手を引かれて散歩をする。今日はいつもと方向が違う。不思議に思うけど、迷子にならず帰れるなら文句はないので、とりあえずこのままついて行こう。
その結果、ちょっと面倒なものを見つけてしまいました。
「馬車かな」
「馬車だね」
ちょっと開けた場所に幌馬車があった。半分ほど雪に埋まっていて、馬はいないみたい。どうして馬がいないんだろう?
この馬車がいつからあるかは分からないけど、多分もう乗っている人は死んじゃっているだろう。多分、ここで野営して、次の日には雪で身動きできなくなった、とかじゃないかな。
食料があるかは分からないけど、この寒さだ。凍死していると思う。
「お姉ちゃん……」
ニノちゃんの泣きそうな声。私はニノちゃんの頭を撫でながら、仕方ないとため息をついた。
「せめて埋めてあげよう。それぐらいしか、できないよ」
「うん……」
せめてもっと早く気付いていたら、とは思う。精霊さんなら気付いていたと思うけど……。でも、こっちに先に来ていたら、リリちゃんは助けられなかったし、ルーシアさんとも会えなかったかもしれない。
とりえず様子を見るために、ニノちゃんを待たせて幌馬車の上に乗る。雪を払いのけて……、多い! 重たい! よく潰れてないなこれ!
魔法か何かで補強してあったのかな、分からないけど。とりあえず、雪を落として屋根を切ってみる。屋根を切るのは精霊さんにお願いした。
精霊たちが屋根を四角形に切り取ってくれたので、中を覗いてみる。
「ん……?」
中には、丸い毛布の塊、多分、あの中に人が……。
「だれだ……?」
毛布の塊から誰かが顔を出した。狐の耳の男の人。
よし。落ち着け私。深呼吸だ。……寒いからやめよう。
「ニノちゃん! ルーシアさん呼んできて! 生きてる!」
「ええ!? わ、わかった!」
ニノちゃんが慌てて駆けていく。私はとりあえず男の人に聞いてみた。
「ちょっと待ってください。すぐに出してあげます。その……、他の方は……?」
「あ、ああ……。待ってほしい……」
男の人が両隣の塊を揺する。するとそのどちらからも、反応があった。
生きてる。全員、生きてる!
「アーちゃーん! 手伝ってー!」
「よしきた任せろ! ……で、なにを?」
すぐに来てくれたアーちゃんに事情を説明したら、すぐに助けてくれることになった。
さすがアーちゃん。頼りになります。
壁|w・)第三話は次で終わりなのです。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




