14 シェリル
壁|w・)少し長め。
すずちゃんたちが旅立って、一ヶ月。クッキーの販売を始めた頃を思えば少しは落ち着いてきましたが、それでもまだまだ忙しいです。料理をするのはお母さん一人だけなので、どうしても夕食の提供には時間がかかっています。
それでも誰も文句を言いません。静かに待って、ご飯を食べて、感想を言ってくれて。そしてクッキーを買って、最後に何故か拝まれます。まさかここまでの効果があるなんて。
とりあえずは今日も無事に終わりました。お客さんがいなくなった後は食堂のお掃除です。
お母さんが洗い物をしている間に、私は手早く掃除をしていきます。急ぎながら、かつ丁寧に。バランスが大事です。
しっかりとお掃除をした後は、遅めの晩ご飯です。お母さんと一緒に、食堂のテーブルでご飯を食べます。今日は、とても珍しいことに宿泊のお客さんがいないのでゆっくりできます。
すずちゃんが出てからは、常に満室状態でした。数室の空室ならともかく、全ての部屋が空いているなんて初めてです。もちろん、あのお部屋だけは、精霊様が使うお部屋だけは例外ですが。
「最近忙しかったから、こうしてゆっくりできるのは有り難いわね」
「うん」
お母さんと二人、のんびりお茶を飲みます。本当に、ゆっくりできるのは久しぶりなのです。今まで毎日、目が回るような忙しさでした。
せめて、もう一人。お父さんがいてくれれば、なんて思ったりもします。思い出すと泣きそうになるので、すぐに頭を振って忘れます。
「シェリル。どうしたの?」
「な、何でも無いよ。その……、ちょっとだけ、思い出しただけ」
「そう……」
お母さんにはこれだけで伝わったみたいで、少しだけ泣きそうな目をさせてしまいました。ごめんなさい、お母さん。
少しだけ重たくなった空気の中、お茶をもう一口飲みます。すずちゃんからもらったこのお茶は、ちょっとだけ苦いですけど、不思議と飲みやすいお茶です。
ゆっくりとお茶を飲んでいると、扉が開かれたのが分かりました。
鍵、閉め忘れてたかな……? 閉めたと思うんだけど……。
不思議に思いながら振り返って。
入ってきた人を見て、私は息を詰まらせてしまいました。
「よかった、鍵はそのままだったか……。ただいま。遅くなった」
そこにいたのは。紛れもなく、お父さんでした。
「お、とう、さん……?」
「うん」
「お父さん!」
思わずお父さんに抱きつきました。でも、どうして? なんで? 生きてたの?
ぐりぐりとお父さんのお腹に頭をこすりつけます。間違い無くお父さんです。私を撫でるこの大きな手は、間違い無くお父さんのもので……。
突然、私ごと誰かがお父さんを抱きしめました。まあ、誰かは分かっているんですけど。
「遅いわよ……」
「うん……。悪かった」
ぎゅっと、お母さんがお父さんを抱きしめて。私も負けじとお父さんを抱きしめて。お父さんもやっぱり、私たちをしっかりと抱きしめてくれました。
少し落ち着いたところで、お父さんから今までのことを聞きました。
お父さんは確かに魔獣に襲われたそうなのですが、どうにか食べられずに逃げられたそうです。ですが逃げた先が崖になっていて、そこから落ちてしまったんだとか。
そのまま流されて、気が付いた時には見知らぬ場所。そして記憶もなくなっていて、自分を知っている人を探して歩き回ったそうです。
やがて遠く離れた土地にある小さな村にたどり着いて、そこで保護されたのだとか。
それからは、微かに残る記憶を頼りに色々なことに手を出したそうです。狩りや料理とか。少しでも、何かを思い出すために。その村の人も、すごく協力的だったそうです。
それでも記憶が戻る気配はなくて、そろそろ諦めようかと思い始めたところ、ある人が村を訪ねてきたそうです。その人は、お父さんを知っている人でした。
「誰だったの?」
「ルーシア様だ。覚えてるか?」
「ああ、あの方ね……」
お母さんは覚えているようでした。私は、うっすらとだけ覚えています。
薬師ルーシア様。三年前に、この宿を利用したお客さんです。とても優しい人で、私に旅の話を聞かせてくれました。当時は、旅立つルーシア様に行かないでと泣きついた覚えがあります。
思い出すと恥ずかしくなってきました……。
ルーシア様はお父さんを見つけると、どうしてここにいるのか、家族はどうしたのかと聞いてきたそうです。お父さんが正直に記憶喪失であることを告げると、すぐに納得して不思議な薬をくれたのだとか。
頭の中のなんとかかんとかを魔力で刺激して記憶を戻すとかどうたら。これ、お父さんの発言そのままです。つまりは意味わからん、だそうで。ただ、その薬を飲んだ結果、本当に記憶が戻ったそうで。その後は、お世話になった村人たちに別れを告げて、ルーシア様にこの街まで送ってもらったそうです。
「あら? じゃあ、ルーシア様は?」
「ああ。この街にいるよ。ただ、再会の邪魔をするつもりはないだそうで、今日は別の宿に泊まるらしい。シェリルに会うのを楽しみにしていたぞ」
それはつまり、私のことを覚えてくれていたということでしょうか。嬉しいような、恥ずかしいような。
「明日、昼過ぎに来てくれるそうだ」
「そうなんだ……。じゃあ、しっかり準備しておかないと!」
とても、とても楽しみです。お礼も言わないと!
「それにしても、まだ宿をやってたんだな。てっきり、あいつの宿に行ってるものだと思ってたよ」
お父さんが不思議なことを言います。私たちが首を傾げると、お父さんも不思議そうにしながら、
「この街で一番大きい宿あるだろ? あれ、俺の親友が経営してるんだ。俺にもしものことがあったら家族を頼むって言ったことがあってね。あいつも、雇うぐらいはしてやるって言ってくれてたんだけどな」
「え? それって……。ええ……」
「あ、あはは……」
「ん?」
どうしてあんな言い方になっていたかは分かりませんが、つまりあの人は、本当に、お母さんを雇いにきただけだったみたいです。ちょっと流れていた噂は的外れもいいところで、とてもいい人のようでした。
お父さんの噂とかそのあたりのことを説明すると、腹を抱えて笑い出しました。
「笑い事じゃないよ、お父さん。ちゃんと一緒に謝りに行こうね?」
私がそう言うと、お父さんはくつくつと未だ笑いながらも、そうだなと頷いて頭を撫でてくれました。
その後、精霊のクッキーとかの説明もしたのですが、案の定お父さんは驚きすぎて絶句してしまいました。今から慣れてもらわないといけません。
・・・・・
道の奥。懐かしい宿を見ながら、ルーシアは薄く微笑んでいた。今頃、家族の再会をしているところだろう。様子を見たいとも思ったが、邪魔をするような無粋なことはできない。
それにしても、と思う。どうしてこうなっているのか、と。
あの宿には、今となっては見慣れた加護がかかっていた。きっと、ここにもすずという精霊に近いらしい少女が立ち寄ったのだろう。
あの宿の主人が自分と巡り会ったのは、間違いなくあの加護があってこその奇跡だ。本来ならルーシアは、あの小さい村に立ち寄るつもりはなかったのだから。何となく、呼ばれたような気がして立ち寄った結果だったのだ。
ただ、あの宿にかかる加護は今までの比ではない。とてつもなく強い加護だ。どうして、あの家にだけあれほどの加護がかかっているのだろうか。
少し不思議に思っていると、周囲の雰囲気に違和感を覚えた。見回し、理解する。人が誰もいなくなっている。
少しだけ緊張しつつ警戒していると、ふわりと、目の前に薄緑色の少女が現れた。
「いらっしゃい。直接会うのは初めてかな? 初めまして、なんて言ってみるよ」
多くの精霊と出会ってきたルーシアだからこそ、分かる。目の前にいる精霊は、どの精霊よりも格上の存在だと。おそらく、彼女の気まぐれで、この世界は姿を変えてしまうだろう。それだけの力を持つ精霊だ。
「初めまして、ルーシアと申します」
何故目の前に現れたのか、全く分からない。ここは怒らせないように、当たり障りのない会話をするべきだろう。
「ふふ。うん。初めまして。私は、世界樹の精霊だよ」
その言葉に。ルーシアは絶句してしまった。
世界樹の精霊。格上なんてものではない。間違い無く、精霊たちの頂点に君臨するであろう精霊だ。ルーシアが呆然としていると、精霊は楽しそうに笑いながら言う。
「あの家の加護が気になるんだよね? あれはね、私の親友のすずちゃんがかけたものだよ。あとは、成り行きで私も、かな」
なんだそれは。世界樹の精霊から加護をかけられるなんて、あの家は何をやったのだろうか。
「まあ大した理由はなくて、あの家には私が作ったクッキーを売ってあげてるの。それだけ、だよ」
「はあ……。なるほど……。精霊のクッキーというのは、まさにそのままの意味なのですね」
「そういうこと」
あの宿は、何がきっかけかは分からないが、考えられない幸運と奇跡に巡り会えたらしい。明日にでも自分も買おうと思う。
「さてさて、ルーシア。本題だけどね。私には、あなたの呪いをとくことはできないよ」
唐突に紡がれたその言葉に、ルーシアは表情が凍り付いた。
本当に、精霊というのは話が早い。ある意味では楽でいいが、しかしやはり、自分が望んでいる答えではなかった。
高位の精霊であれば自分の呪いを解くことができるかもしれない。そう考えていたのだが。
「そもそもさ。君のそれは呪いじゃないって、自分でも分かってるでしょ?」
続けて放たれた精霊の言葉に、ルーシアは苦虫を噛みつぶしたように表情を歪めた。
ああ、そうだ。知っている。分かっている。自分の不老が呪いではないということに。
吸血鬼。今ではもうほとんど姿を見ることのなくなった、それ。ルーシアの不老は、その吸血鬼から血を吸われたためのものだ。気が付けば、ルーシアは吸血鬼の眷属となっていた。
ただ、眷属といってもルーシアの体質なのか完全な吸血鬼にはならず、不老という特性を与えられたに留まった。それでも、真っ当な人間に戻るべくその吸血鬼と話をつけようとしたのだが。
人間に戻してもらう前に、その吸血鬼は討伐されてしまった。
血を操ることができるのは、血を与えた吸血鬼だけ。故に、ルーシアは不老という呪いを背負って生きていくことになってしまった。
人間には戻れず、かといって吸血鬼にもなっていない半端な存在。それが、ルーシアだ。
そんな吸血鬼の血も高位の精霊ならどうにかできるのでは、と思っていたのだが、どうやら期待外れだったらしい。
心の中で失望にため息をついていると、精霊が口を開いた。
「ねえ、ルーシア。すずちゃんに会ってみない?」
突然の問いかけ。すず、というのは、あの不思議な加護を振りまいている何者かの名前だ。彼女が提案するということは、何かあるのかもしれない。そう考えて頷くと、精霊はにんまりと笑って、
「それじゃあ、北東に向かうといいよ。すずちゃんはそっちに向かったし、今の季節なら間違い無く立ち往生するだろうから」
何故、とは思わない。むしろ納得する。北東の山は冬になると雪に閉ざされる。まともな移動が困難になってしまうのだ。だからこそ、すずという少女にそれを教えてやらなかった精霊を不思議に思った。
「あまり口を出すと怒られちゃうからね。それに、いざという時は私が山を下りた場所まで連れて行ってあげることもできるし」
だから、遭難したとしても、その子に限っては窮地にもならないとのことだった。本当に、精霊たちに愛されているようだ。
「だからね。すずちゃんに案内を頼まれたら、そこで移動しちゃうから。追いかけるなら早めにね」
「分かりました。ありがとうございます」
しっかりと頭を下げて感謝を示しておく。精霊はいえいえ、と機嫌良く言って、そしてふっと、気配が消えてしまった。
人の喧噪が戻ってくる。どうやら、世界樹の精霊は去ったようだ。
精霊に治してもらうことはできそうにない。けれど、精霊の頂点はすずという少女を紹介してきた。もしかすると、その子なら、何かができるのかもしれない。
ルーシアはゆっくりと息を吐き出すと、とりあえずの今日の宿を探し始めた。
壁|w・)おなじみのご都合展開。
でも私は最初から、お父さんの死体は見つかってないと書いていたはずなのです。
つまりこれは! 予定調和というやつなのさ!
ルーシアについてはさっさと掘り下げちゃいます。さくっとね。
ではでは、また書きだめに入ります。
一ヶ月以内の開始を目指すのですよ……! あくまで目標です。
きりのいいところなので、たまには。
面白いと思っていただければ、評価やらブクマとかしていただけるとモチベに繋がります……!
よければ是非是非、お願いしますですよー。
ではでは、また近いうちに!




