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夜。みんなが寝ていることを確認して、私はそっとベッドを抜け出した。
ちなみに今日はフロイちゃんのベッドで、私とニノちゃんの二人も寝ている。三人で一つのベッドはとても狭かったけど、フロイちゃんはなんだかとても幸せそうだった。
ニノちゃんも文句を言わないどころか楽しそうだったから、あれで良かったんだと思う。フロストさんは苦笑いだったけど。
寝室から出て、私はペンダントを取り出す。アーちゃん、と呼ぶと、すぐに、
「はいさー! みんなのアイドルアーチメテルセスカクロア! 来たよ!」
「アーちゃんうるさい」
「はい。ごめんなさい」
しゅん、と肩を落とすアーちゃん。誰も起きてこないってことは、また防音の魔法を使ってくれてるのかな?
「名前、前と違ったような気がするんだけど」
「うん。適当に言ってる」
「あ、そうなんだ……」
適当に思い浮かんだ音をさらに適当に並べてるだけ、だって。聞くのは私だけだからいいけど、他の人にやったら誤解されると思う。
「それで? 何か用があるの? なくてもいいよ、朝まで雑談いってみる!?」
「みんなが起きてくるまでならいいよ」
「わーい!」
アーちゃんはとっても嬉しそう。単純のように見えるけど、多分アーちゃんは話し相手が本当に欲しいんだと思う。アーちゃんの側にいるのは、アーちゃんよりも下の子ばかりだ。私は一応対等ってことになってるから、話しやすい……のかな?
「でも先に聞いておきたいことがあるの」
「んー? なにかな?」
「腕の立つ魔法使いとか、薬師とか、心当たりない?」
「ないよ」
即答だった。期待なんて抱きようもないほどに、即時の返答だった。唖然としている私へと、アーちゃんが続ける。
「自然のことならある程度分かるし操れもするけど、人そのものに関しては分からないよ。人間の魔法は無理矢理事象を引き起こすから、精霊たちも感知はできるけど、修正ができなくなるようなもの以外は基本的に放置だしね。魔法が使われた、と分かっても、使った人までは分からないの。だから誰が難しい魔法を使ったとかもわかんない」
「そう、なんだ……」
それは、なんとなく分かる。私にとっても、自分の家に住む人以外は、基本的にはどうでもいい。興味もなければ干渉もしない。今は直接関わってるからやっぱりちょっと気になるけど、以前まではそうだった。
納得はできる。けどやっぱり、残念かな。アーちゃんに聞けば分かると思ったから。
でもなんでもかんでも頼るのも、悪いことだね。気をつけよう。
「でもどうしてそんなこと聞くの?」
「うん。魔力結晶の加工が、そういった人でないとできないらしくて」
「ふうん。ドラゴンの糞なのに」
「やめて。割と気になるからやめて」
私のリュックには、まだそれがたくさん入っているのだ。魔力結晶がいっぱい入ってると思えばすごく大事なもののように思えるけど、ドラゴンの糞が入ってるとか考えてしまうと……。うん。ただのゴミだね。
「世の中には知らなくていいことって本当にあるんだね」
「すごい! 世界の真理みたい! ドラゴンの糞だけど!」
「やめて!」
本当に、知りたくなかった事実だよ……。
その後は、アーちゃんの希望通り、みんなが起きてくる少し前までお話を続けた。
翌日。私はニノちゃんを連れて、ギルドを訪ねた。フロイちゃんが寂しそうにしていたからニノちゃんには残ってもらおうかなと思ったけど、今日はニノちゃんの登録もしておきたい。
というわけで。ギルドの受付にいるケイトさんの元へと向かうと、ケイトさんは私を見るなり顔を輝かせた。
「おかえり、すずちゃん! 心配したのよ! ……ところでそっちの子は?」
「ただいま戻りました。この子はニノちゃんです。この子の登録もお願いします」
「え? いえ、まあ、いいけどね……?」
ケイトさんは不思議そうだったけど、この子と旅をすることになるから、やっぱり必要だ。
街の出入りは私がいればできるだろうけど、もしもこの先、一緒に旅ができなくなった時のためにも、あった方がいい。ニノちゃんが大きくなったら、一人で依頼を受けることもできるだろうしね。困ることはない、はずだ。
ケイトさんが出してきたカードに、ニノちゃんが血を垂らす。針で指先を刺すことに、ニノちゃんは一切抵抗がないようで少しびっくりした。こんな小さい子なら、嫌がると思ってたのに。
それとも、もしかして、奴隷としての生活の間で、当たり前のことになってしまった、とか? いや、そんな、まさか……。
私が考えても答えなんて出るはずもないかな。ケイトさんに視線を戻す。どうしてかすごく、恐る恐るとカードを見ていた。
「ああ、良かった。普通だ……」
ああ、うん。察した……。普通じゃなくてごめんなさい。
間違い無く私のことだと思う。ケイトさんの反応を見ると、ニノちゃんに特別なことはないみたいだ。安心した。
ケイトさんが、文字の読めない私のために小声で読み上げてくれた。
名前、ニノ。種族、狐人。年齢、十。犯罪歴、なし。
やっぱりニノちゃんは十歳なのか。何となく撫でてあげると、頭をこすりつけきた。まったくもう、かわいいなあ!
「よしよし」
「えへー」
なでくりなでくり。にこにこ。耳もふわふわだから、撫で心地がすごくいい。
「仲良しね」
ケイトさんは笑いながら、手元の紙に何かを書き込んでいく。カードを見ながらだから、ニノちゃんの情報を書いているのかもしれない。ギルドでの保管用ってところかな?
「はい。ニノちゃん。なくさないでね」
「うん」
「ニノちゃん。私が持っておくよ?」
「うん」
ケイトさんがニノちゃんにカードを渡して、そのまま私に渡してもらう。なくさないとは思うけど、念のためだ。
「あと、ケイトさん。魔力結晶、いりますか?」
「え。あるの?」
「たくさん」
結晶を三個ほど取り出して、テーブルに並べる。ケイトさんは目をまん丸にして絶句してしまった。
魔力結晶は、薬の材料としての他、武器とか道具の材料にもなる、らしい。むしろ薬の材料として使うことの方が少ないんだって。当然だね、結晶だし。
ミスリルよりは柔らかいけど、ミスリルよりも魔力がよく通る。だから魔法が関係する武器は、むしろ魔力結晶の方が有用らしい。
でも、貴重なものだ。少量とはいえ一定の供給があるミスリルと違って、魔力結晶はなかなか手に入らない。何故か手に入る場所は、ドラゴンの住処だから。理由は分からない。分からないったら分からない。
だから、ミスリルと混ぜて使うことが多いらしい。それでも武器としての性能はかなり向上するそうだ。魔力結晶すごい。でも素直に褒められないのは何故だろう。
壁|w・)精霊だって万能ではないのです。
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ではでは。




