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夜は多くの野生動物も眠る時間。とても静かな時間で、私も警戒は怠っていなくてものんびりできる。……まあつまりは、暇ってことだ。うん。結構本気で暇だ。歩いていた時は何とも思わなかったけど、ここまで暇になるなんて。
でも、夜空はすごく綺麗なんだよね。日本の星空とはまた違う、星空。月も綺麗に輝いている。明かりがたくさんある日本では気付きにくいけど、月明かりっていうのは結構明るいものだ。
すごくまったりと夜空を眺めていたら、だんだんと空が白み始めてきた。太陽が昇って……、いやちょっと待って。私、何時間も夜空を眺めてたってこと?
どうしよう。すごく、おばあちゃんになった気分が……。縁側に座って朝から夕方までのんびりしていたおじいちゃんとおばあちゃんを思い出しちゃった。懐かしいような悲しいような、複雑な心境です。
内心でため息をついて、ニノちゃんを起こすことにする。
「ニノちゃん。朝だよー」
テントの中に入って、膨らんでいるお布団を揺する。気持ち良さそうに眠っているので起こすのはかわいそうだけど、早めに街にたどり着いておきたい。フロストさんに何も言ってないから、心配されてそうだし。ギルドで誤魔化しておいてくれるといいんだけど。
「んー……。おはよう、お姉ちゃん……」
ニノちゃんが目をこすりながら起き上がる。まだまだ寝たりなさそうだけど、十時間近く寝ているはずなんだよね。今までの生活が生活だから、仕方ないのもあるかもだけど。
「おはよう、ニノちゃん。まだまだ眠そうだね」
「んー……。だっこ」
「無茶言わないでほしいなあ」
私の方が背が高いと言っても、実はそんなに差があるわけじゃない。せいぜい頭一つ分ぐらいだ。私が成長しないことを考えると、多分すぐに追い越されるはず。……私のお姉ちゃんとしての立場は三年ぐらいかな。悲しい。
「お姉ちゃん?」
「何でも無いよ」
ニノちゃんの手を引いて、テントの外に出る。クッキーとお茶を渡して、手早くテントを片付ける。手早く、といっても慣れていないせいで時間がかかった。いずれ慣れるとは思うんだけどね。
ちなみにお茶はあの家で沸かしたものを水筒にいれてきたものだ。熱いままリュックに入れたので、いつでも熱いお茶を飲める。いや、限りはあるけどね。水筒五つ分だから、多分すぐになくなる。
テントを片付けた後は、ニノちゃんと一緒にまた歩き始めた。
朝から歩き始めて、予想通り昼前には街にたどり着いた。北側から入るとまたちょっと問題になりそうだから、東側の門に向かう。門にたどり着くと、兵士さんにすごく驚かれた。
「戻りました」
ギルドカードを渡すと、兵士さんはしばらくギルドカードを見つめていたかと思うと、
「すまない、少し待っていてほしい」
そう言い残して走って行った。せめて受付はさきにしてほしかった。ニノちゃんのために宿に行きたかったんだけど。
ニノちゃんはと言えば、人を警戒しているのか私から離れようとしない。私の背中に隠れて、周囲を睨み付けている。ニノちゃんには悪いけど、ちょっとかわいい。周囲の人も、薄く微笑んでいる。
しばらくして戻ってきた兵士さんは、二人だ。連れてこられたのは、フロストさん。
思わず頬が引きつった。これは怒られる!
そう思ったんだけど、フロストさんは私を見ると、大きな安堵のため息を漏らした。どうやら本当に心配してくれていたらしい。
「おかえり、すずちゃん。ギルドから泊まりの依頼に出かけたとは聞いていたけど、心配したぞ」
「すみません」
ギルドはちゃんと誤魔化してくれたらしい。あとでお礼を言っておこう。
「その子は?」
フロストさんの視線はニノちゃんへ。歩きながら考えていた言い訳を口にする。
「出かけた先で、奴隷商人が襲われていまして。この子が唯一の生き残りです。どうするか聞いたら、私の旅についてきたいそうで」
言い訳も何も、そのままだけど。下手に嘘を言うよりも、事実を一部隠して話した方が信憑性は増すと思ったからだ。
フロストさんは難しい顔をしてニノちゃんを見ている。ニノちゃんは少し怯えたように私の背中に隠れた。
「フロストさん」
「ああ、悪い。……すずちゃんと似ている服だけど、同じ商人か?」
「え? あー……」
そういう勘違いをされるとは思わなかった。
聞いた話だけど、違法奴隷というのは売られるまでの間はそれほど悪い扱いではない。種類は限られるが最低限の食事はもらえるし、人前に出る時は身なりも整えてもらえる。この辺りはむしろ犯罪奴隷とかの方が悪いそうだ。
どうしてそんなに扱いがいいのかと言えば、単純明快に、商品だから。お金を出して買って貰う商品を、売る前から悪い状態にするわけにはいかないってことだね。つまりは売られた後はお察しということだ。怖い。
つまり、奴隷と分かっている場合、身なりがいいならそれは違法奴隷ということで、その点は疑われていないと思う。
けど、そう。ニノちゃんにあげた服は、どちらかと言えば和服に近い。つまり私の服に近いものだ。同じ地方から来た商人に連れられていたと思うのは仕方ないかもしれない。
「えっとですね……。同じ商人ではないですけど、同じ地方の商人かもしれないですね」
一応、誤魔化しておく。どっちでもあまり変わらないとは思うけど、念のため。
「そうか……。故郷の方角とかは分かるかな? そっちの国へ警戒するように伝えるけど」
「分からないです……」
アーちゃん曰く、ニノちゃんは北から来ているらしいけど、それも街を出るところを見たわけじゃないから絶対とは言えない。迂回とかされていないとは言えないからね。
「まあ仕方ないな。それじゃあ、その子も俺の家に連れてくるといい。一緒に面倒を見るよ」
「え? いや、でも……」
「子供が遠慮するなって」
笑いながら、フロストさんが私の頭を撫でてくる。本当に、いい人だ。
でも、そんなフロストさんを良く思わないのが、一人。
「ん?」
気付けばニノちゃんが私たちの間に入って、フロストさんのことを睨み付けていた。、どうしたんだろう? 困惑する私とは対照的に、フロストさんはすぐに察したようで笑って言う。
「そんなに心配しなくても、大好きなお姉ちゃんを取ったりはしないよ」
フロストさんがニノちゃんを撫でる。それでもまだ、ニノちゃんはフロストさんを睨んでいた。
えっと、つまりは嫉妬ってことかな? ニノちゃんが?
ニノちゃんが私に抱きついてくる。ぐりぐりと頭をこすりつけてくる。どうしよう、すごくかわいい。
「すごく懐かれてるな」
フロストさんはどこか面白そうな顔だ。私としても、嫌われるよりはずっといい。
ただ、どうしても離れてくれなくなったので、このまま連れて行くことになってしまった。少しだけ、恥ずかしかった。
壁|w・)商品価値って大事なんだよというお話。
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ではでは。




