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魔法少女ヒギリ×シルヴィア  作者: 鈍痛剣
Chapter4.真実の貌
10/13

『真実の貌』1

 MAD――脳の術的感応機能を拡大し、世界の理(アカシックレコード)への接続を強化することを目的として開発された薬剤。

 脳のキャパシティを超過する術詛の流入は服用者の精神を蝕み、強烈な依存性とともに様々な異常をもたらすことが判明、以後は指定薬物として協定から厳しく規制されることとなったが、独自のルートを確立したクル・ヌ・ギアでは未だに生産され続けている。服用直後は短時間ながら強烈な幻覚症状を引き起こし、恍惚感が失せたあと、数時間にわたって魔術・魔法能力への高い覚醒作用が確認される。また、これを用いた洗脳・統御の効果は絶大とされている。

 幻獣・エレシュキガルは早い段階からMADの有用性を訴えており、規制された現在もなおクル・ヌ・ギアの手によって少なからぬ量が流通している。




 魔法少女ヒギリ×シルヴィア 『真実の貌』




 魔法少女を無差別に手に掛けんとする粛清者は、その存在自体が緋桐にとって解せないものであった。クル・ヌ・ギアのような犯罪組織のみを殺しの標的にするのであればまだ理解も及ぶが、彼らは社会秩序の守護を務めとするイシュタルの魔法少女にまで、とかく無差別に殺意を向ける。そこに損得勘定などはなく、あるのは異能に対する憎悪のみ。仮に異能によって人生を狂わされた事が動機なのだとすれば、それは魔法少女たちだって同じだ。きっと誰しも望んで異能社会に踏み入りはしていないだろう。八つ当たりのつもりなら殊更に度し難い。

 時間稼ぎのため粛清者に立ち向かう緋桐の内心では実の所、憤りよりも懊悩のほうが大きい。出来ることなら和解の道を探りたいとすら僅かに思ってしまう。しかし闘いに求められる思考はまた別だ。事によってはシルヴィアをも上回るであろう狂戦士を前にして、和解などと甘えを抜かす余裕はあるまい。

 緋桐の目的は勝利ではなく敵の足止めにあり、ほかの魔法少女たちが結界外へ退避するまでの時間を稼ぐことこそが主眼。しかし半端な戦い方ではまずもって相手にならない。故にこちらも最大限の殺意をもって事に当たらねばならない。

 躊躇いを押し殺し、憤怒と憎悪を掻き立てる。だが決して怒りに身を任せるわけではない。あくまで最も有効な手筋を冷徹に探るのだ。

 昨日発掘現場を襲撃した粛清者は、無手での格闘戦に特化していたという。同一人物という確証はないが、見た所これといった武装もないようなので、おおかた同じようなスタイルを取るのだろう。俗に縮地法といわれる技能によって眼にも留まらぬ速度で移動できることと、数こそ少ないが隠し持った小型のクナイを投擲して遠距離の敵を正確に射抜くらしいことも分かっている。遮蔽物のない一直線な廊下でへたに後退しようものなら、まず一瞬で仕留められるだろう。

 マジカライズライフルの掃射で敵の足元を牽制しながら、緋桐は真正面から接近していく。一方の粛清者は縮地を駆使して左右に回避しているが、こちらへ前進する余裕まではないらしい。それを良いことに緋桐はあっという間に残り六メートルほどまで近づいた。だがまだ足は止めない。

 残り五メートルほどに至ったところでマジカライズライフルが変身し、銃床とサプレッサーだけが伸びた歪な形状になる。残り四メートルで徐々に銃把やマガジンが萎んでいき、三メートルにまで迫ったころには、銃口とトリガーのみを残しただけの棒と成った。

 緋桐は銃棍とでも呼ぶべきそれを慣性にのせて右から突き出した。粛清者は銃弾をかわすのと同じ要領で左へ縮地して回避すると、すかさず銃棍を打ち払いさらに間合いを詰めようとする。しかし続く薙ぎ払いが接近を許さず、それも身を屈め回避した粛清者めがけてまた返す薙ぎが迫る。手掴みにして受け止めた粛清者は今度こそ機を得たり、と再び接近を図ったが、緋桐は即座にマジカライズステッキを多節棍へと変身させ、また薙ぎ払いで接近戦を拒否する。

 展開はほぼ緋桐の思惑通りだった。粛清者の超越的な体術に対する、魔法少女独自のアドバンテージ。最初の事件でシルヴィアが見せた戦法。

 無手の相手は、縮地法こそあれどやはりごく狭い間合いでしか戦えず、またこちらの得物次第で攻め手も限られる。だが技術では圧倒的にあちらが上回るため、たんに長物を手にしただけでは有利足り得ない。そこで優位性を付加するのがマジカライズステッキの変身機能だ。質量を問わず使用者が思い描く通りの形状と機能を再現してみせるマジカライズステッキなら、戦況ごとに有利な得物を思うままの形で顕現させられ、どの瞬間からでも反撃へ繋げることができる。ディスアドバンテージは無に等しい。

「……っ!」

 これには流石に虚を突かれたらしく、粛清者は一旦攻撃をあきらめ、薙ぎ払いを避けて間合いの外へ脱しようとする。間髪容れず緋桐が棍を突き出すと、ライフルの名残たる銃口から追撃する魔弾が発射された。

 殺意を弾丸として放つ魔法の銃に精密な機構など不必要だ。棍のリーチを補強する、比較的狭い範囲での射撃を目的としているため、命中精度を意識した形状をとる必要もまたない。

 この非常識極まりない銃撃もすんでの所で避けた粛清者は、息つく間もなくみたび攻勢に出る。緋桐も迎撃せんと銃口と対の先端を鎖鎌に変え振るう。が、粛清者はそれを予見していたかのように淀みなく回避すると、また接近を再開してきた。続いて銃口側を方天戟に変えて突き出すが、なんとこれも最小の動作で避けてみせる。戟のリーチはそのままに長刀に変身させて振り下ろすも、やはり同じだ。

 あまりにも淀みない回避を目の前にして、緋桐は最悪の予感が的中したことを確信する。粛清者はこの短時間で、マジカライズステッキの変身に要される一瞬のタイムラグを見切ってしまったのだ。変身の開始を確認し、完了から攻撃に転じるまでの僅かな隙を見極めて、先読み的に回避行動を取る。人間業では到底成し得ぬこの対抗策を、たった三手で確立させてしまうとは。

 やはり彼の戦闘センスは異常だ。粛清者はすでに刀剣で迎撃するにも心許ない間合いまで迫っている。

 いよいよ追い詰められ、余裕を失った緋桐の思考は、だが不思議と冷静さを失っていなかった。

 意を決した緋桐は一か八か、長刀を一気に縮め、不定形のゲル状に変化させたマジカライズウェポンを自らの身体に纏わせることにした。瞬く間に緋桐の全身を覆ったそれは、若干の厚みを帯びて透明な鎧を形成する。

 とっさの機転――マジカライズステッキ本来の用途として恐らく想定されていないであろう鎧の形態。成功するか否かは賭けだったが、どうやら難なく完了したようだ。

 相手の予想より数段早く無手を選んだ緋桐は、ほんの一刹那だけ生じた間合いの食い違いを見逃さず、片足を踏み出して渾身の打撃を突き入れた。

 感付いた相手が急速に回避行動を取るも、もはや間に合わない。直撃こそ逸らされてしまったものの、緋桐の拳は粛清者の肩にとうとう命中した。

「ほう…………その詭計でもってでどこまで我に食い下がれるかな?」

「…………やっと口が開きましたね」

 手応えはさほど感じられない。だがこれまで感情を一切表に出さなかった粛清者が初めて、半ば感心するような言葉を吐いた。その口ぶりはまだ余裕に満ちている。



 アナト率いる会談組は相変わらず険しい山道に苦闘していた。

 視界はごつごつした足場と頭上の蒼穹ばかりで、狂ってしまいそうなほど退屈だ。十数分ほど前から眼下に白雲の海が見渡せるようになった事くらいが唯一、変化と言えるかもしれない。

 魔法少女たちの士気もすっかり下がり、元より無口なシルヴィアはともかく、休憩時間に談笑していた面々まで揃って口を閉ざしている。ただ一人の例外を除いて。

「寒いですねー。このへんは鳥って飛んでないんですね? あっ、あれ鳥かな? 鷹? それとも鷲? というか鷹と鷲って何が違うんですか?」

「……」

 周囲の雰囲気などお構いなしに喋り続ける、鬱陶しいほどに快活な少女。シルヴィアの隣に陣取った彼女は、イシュタルでも取り分け“やかましい子”として知られている崇城綾那(そうじょうあやな)だ。後頭部に三つ編みを四つ垂らしているのがトレードマークで、本人曰く「三つ編みを四つにしたら三つ編みより凄い」らしい。

 十四歳と緋桐に並ぶ年齢でありながら、対照的にまったく落ち着きというものがない無邪気な性格を可愛がられる反面、こういった場面では少々面倒臭がられるきらいがある。どうやら彼女はシルヴィアがお気に入りのようで、普段チームが異なるために話す機会が少ないぶん、同席すると必ずと言っていいほど付きっ切りで話しかけている。今回シルヴィアが急遽追加されたことは、ある意味でほかの魔法少女たちにとって幸運だった。しかし普通なら否応なく綾那の話し相手に巻き込まれてしまうところも、シルヴィアは平然と聞き流せてしまう。その点ではあまり効果がないとも言えた。

「鷹ってちょっと怖いけど、でもなんか可愛いですよねー。なんていうかー、クール萌え? みたいな? シルヴィアちゃんみたいで。でもシルヴィアちゃんのほうが可愛いです! 最近、新入りの子がいっつもシルヴィアちゃんの横にいますよねー。やっぱりあの子もシルヴィアちゃん可愛い~! って言ってます?」

「……」

「無言ってことは……はっ! 言ってるんですかー!! やっぱりー!? イチャイチャしちゃってズルいズルいー! うらやまー!!」

「……」

 ちなみにシルヴィアの沈黙にはなんの含みもない。

 それから更にしばらく歩くと、ようやく次の転移ポイントが見えてくる。開けた平らな岩場だ。ここを乗り切れば次の転移先はいくらか楽な環境になると先程、アナトが言っていた。ようやく一区切りが見えてきたことで、魔法少女たちは一同に安堵の溜息を漏らす。

 だがほっとしたのも束の間、転移ポイントの近辺に二十人ほどの人影があることに気づくと、瞬時に緊迫した空気に切り替わる。どうやらあちらも魔法少女の集団のようで、中心には眷属と思われる猫の獣人が立っている。

「あれは……フラムトゥグルーヴのシャレムかな」

 殺伐とした雰囲気のなか、アナトがあっけらかんと呟いた。どうやら見知った相手らしい。アナトと同様にいまひとつ緊張感を欠く綾那は、聞き慣れない単語の羅列に頭を抱える。

「フラ……なんとかグルーヴってなんですかー?」

「フラムトゥグルーヴ。シャレムが運営する魔法少女組織さ。あっちも会談に出席する集団だけど……別のルートから進んでいたはずだ」

 話しながら進むうちに転移ポイントまで辿り着いたアナトは、相変わらずすこしも動じる様子を見せず、挨拶代わりに片手をあげた。

「アナトじゃないか。このあたりが君らの進行ルートだったとは」

「近い所を通るだろうとは思ってたけど、そちらのルートは別の山じゃなかったかい?」

「あぁ。実は先刻、クル・ヌ・ギアらしき部隊に襲撃されて逃げてきたんだ。ひとまず全員無傷で済んだが、念のためここで休憩を取っていた」

 クル・ヌ・ギアの名が出るや、警戒を解いた魔法少女たちに再び緊張が走る。最悪の事態は思わぬうちに近付いてきていたようだ。

「……それが本当ならまずいね。僕たちが合流したことで中々の大所帯になってしまった。見つけてくれと言っているようなものだよ。相手の人数はどれくらいだったんだい?」

「大体二十人ほど、こちらの遠征隊と大差ないな。だが合流したことで倍になった……いっそのこと共闘して返り討ちにしてくれようか?」

「いや、二組とも早いうちに転移してしまおう。会場でより多くの組織と合流したほうが得策だよ。クル・ヌ・ギアの兵力は侮れない」



 瀬川有栖は悩み事や鬱憤が溜まると必ずと言っていいほど長谷川小雨の家に押しかけて、相談に乗ってもらっている。

 有栖が憂鬱げな表情を引っさげて訪ねてきたとき、小雨は決まって紅茶を振舞う。そして相談の内容もおおかたは察してくれているから、心置きなく思っていることを吐き出せる。それゆえに今回ばかりはかなり身構えている様子だが。

「もしかしてお父さんの事で慰めてもらいにきたと思ってる?」

「え、違う?」

「うぅん……違うとも言えないんだけど。どっちかと言うと、お父さんの仕事」

「公安の刑事さんだったんだっけ。秘密が多い感じの仕事なんでしょう?」

「そう、その秘密が多いってトコ。家族にも秘密で遂行しなきゃいけないっていうのも仕方ないんだろうけどさ……なんか納得いかない」

「ずいぶんザックリした愚痴だね……」

「お父さんが死んだのはすごく、辛いけどさ…………死因とか、どういう捜査のためにそうなったのかとか何もかも隠されて、死んだことすらしばらく知らされてなかった。それでただ一つわかるのは“犯人に責任能力が無いからまだ裁かれもしてない”ことだけって……そんなの納得なんかできるわけないじゃん!」

「まぁ、そう思うのも当然でしょうね……蚊帳の外扱いというのは」

 言葉にすればするほど、やり場の無い憤りは膨らんでいく。

 どうあっても中学生ごときの手に余る問題。部外者ながらそれをぶつけられる小雨には、尚更手に負えないことだろう。ただの八つ当たりに過ぎないことをしている自覚は有栖とて弁えている。だが有栖の憤りはもはや歯止めが効かないほど滾っていた。

「じゃあ……逆に訊くけど、それで有栖はどうしたいと思った?」

 そんな有栖の想いを察してか、少々の間を置いて小雨が問い返してくる。

「え……それは……。急にそんなこと言われても……」

「どうしたい、と思ったの?」

 小雨は優しい眼差しで、しかし毅然と問いかける。峻厳さと包容力を同時に思わせる、不思議な目だった。

「…………正直、ああいう大人の世界の隠し事なんて知ったこっちゃない。規則だとか機密だなんてぜんぶ洗いざらい暴いて、犯人だって自分の手で裁きたいって」

「そう。正直に言ってくれて嬉しいわ。でもそれが正しくないことだというのは、有栖ならわかるでしょう?」

「うん……当たり前だよね」

「こう考えたらどう? 有栖のお父さんの仕事が秘密だらけなのは、娘のあなたやお母さんを巻き込みたくないから」

「私たちを守るために……か」

「有栖たちに何も教えられないって言う仕事仲間の人たちも、気持ちは同じなんじゃないかな? 世の中そんなに悪い人ばかりじゃないと私は思うわ」

 何も言い返せない。

 彼女の見解は至極まっとうな理に裏打ちされている。実際、有栖もそう考えなかったわけではないが、頭では理解しつつも、腑に落ちぬ気持ちの裏へそれを押し隠してしまっていた。

 ある意味、もっとも有栖の本心に近い帰結。それを小雨は気持ち良いまでにはっきりと突き返してきてくれる。本当は彼女の口を借りて頭を冷やしたいだけだったのかもしれない。

 小雨はどんな愚痴も受け止めてくれるし、大抵のことはうんうんと頷いて同調してくれるが、有栖が間違ったことを言えばきちんと諭してもくれる。相変わらず良い相談相手だ。

「……やっぱり小雨は大人だ」

「有栖だって本当はそれがわかってるから、こうして相談することで消化しようとしてるんでしょう?」

「そうやってフォローのつもりで核心を突くから、また私と小雨の差を感じさせるの! うにゃーー! なんか自分が情けない!!」

「切り替えが早いのも有栖の美徳よね」

「またそうやってフォローしてくるぅ!!」

 本心を代弁してもらうために相談を持ちかけているのに、言い当てられるとそれはそれで悔しい。相変わらず私は子供だな、と改めて思う。

 相談がひと段落つくと、見計らったかのように長谷川家の電話が鳴りだした。

「ちょっと電話取ってくるね」

「はーい」

 ティーカップにまだ半分ほど残る紅茶を一気に飲み干し、小雨はせっせと部屋を出ていく。

 丁度一人で気持ちを落ち着けたいと思っていた有栖は、とりあえず外の空気にあたるべくベランダに出た。長谷川家の眼前にある公園では、親子らしき男性と子供がフリスビーを投げ合って遊んでいる。二階のベランダからなので子供の顔まではよく見えないが、表情を確かめるまでもなく、身振り手振りから愉快げな雰囲気が伝ってきた。

 何の気なしに、仮にあの子供が父を殺されたとしたら、と不謹慎な想像が膨らんでしまう。きっと自分と同じように泣いて、塞ぎ込んで、やるせない気持ちに憤るだろう。あの子がそんな風に荒んでしまう姿は見たくない。

 葬儀のときに自らが口走った言葉がふと去来する。――お父さんは私のことをどう思っていたんだろう――。もしかしたらこれが一つの解なのだろうか。

「おまたせ。ん、外になにかあった?」

 意外にも早く戻ってきた小雨が、不思議そうな面持ちで尋ねる。

「……別に。早かったね」

「お母さんが、いつもより早く仕事を切り上げられそうだ、って」

「あぁ……私は帰ったほうがいい?」

「んーん。全然」



 桃色に彩られたイシュタル本部の花畑が、黒と灰の薄暗い路地裏へ塗り換わる。

 オフィススタッフとイシュタル代表・衣南菜摘を連れて結界外へ逃れた枝里はまず、全員の顔をざっと確かめる。非戦闘員は全て無事に脱出できたようだ。問題はこのあと、彼女らをどこへ避難させるか、そして本部に残って戦っている魔法少女たちをどうやって助け出すかである。

 敵の目的はイシュタルの殲滅であると考えて間違いない。異能を滅することを使命とする粛清者からすれば、おおかたが能力を持たない者ばかりで構成されている非戦闘員は標的として優先度が低いはず。この場を離れてしまえば粛清者から追撃される心配もないだろう。

 枝里はざわつくスタッフたちの前に躍り出、ひときわ高い声で呼びかける。

「みんな落ち着いて!」

 涙声と叫喚で混乱していたスタッフが一斉に静まる。実のところ誰よりも狼狽えていた枝里だが、故にこその必死の形相と声が皆の注目を集めた。

「今から私が異対部に連絡をとって、非戦闘員を保護してもらうよう要請します! 生き延びたいなら、もっと冷静になりなさい!!」

 もはや叱責にも近い号令。それは彼女自身の本心とは食い違っていたが、普段苦悩を表に出したがらない枝里だからこそむしろ功を奏した。気圧されたスタッフたちは揃って押し黙る。それを受けた枝里も一瞬怯みそうになるが、それよりも先に使命感に突き動かされ携帯電話を手にした。

 すると呼び出し音が鳴るよりもさきに、結界周辺の空間が突如歪みはじめる。不意を打たれた非戦闘員たちは一斉に腰を抜かすが、予想に反して現れたのは傷ついた魔法少女たちだった。

「え……あなたたち、粛清者を退けたの!?」

「違うんです……救仁郷さんが」

「……まさか」

「救仁郷さんが囮に……!!」

 最悪の展開だ。ここ数日、緋桐の様子がおかしかったことは枝里もなんとなく察していた。それが決定的になったのは加藤みらが入院した直後あたりから。今の緋桐なら、しんがりを務めて一人で粛清者と相対するなどと言い出しても確かに違和感はない。

 言われて見れば、彼女たちが現れたとき、緋桐の姿が見当たらないとは思った。

「あの子はまだ新人なのにどうし……て…………っ!!」

 柄にもなく枝里が声を荒げる。だがすぐに彼女らの忸怩たる想いを汲み取った枝里は閉口してしまう。彼女たちも緋桐自身も、苦渋の末の決断だったはずだ。

 全員でかかって殲滅されてしまうよりは、時間を稼いでより多くの仲間の命を救うべき。たとえ一人を犠牲にしてでも。

 確かに、この状況においては最善の選択と言えよう。だが理屈だけでは収まらない感情もある。魔法少女たちを守らなければならない立場にいる枝里が、こともあろうにその魔法少女を見捨てて生還するなど。

「あなた達は異対部に匿ってもらいなさい。私は死んでも緋桐ちゃんを連れ戻します」

「そんな無茶な……」

 少女たちの制止する声も枝里の耳には届かない。これはイシュタル代理指揮としての責務であり、枝里自身の沽券を懸けた問題だ。

 手足の二、三本などくれてやろう。命すらも惜しくはない。緋桐の命のほうがよほど重い。そんな枝里の覚悟は、だがわずか数秒の後に消し飛ばされてしまった。

 粛清者にくれてやるはずだった枝里の左肩が、ぐず、と鈍い音を放ち撃ち抜かれる。穿たれた傷口から漂う、濃密な殺意の臭気。殺意の弾丸、マジカライズステッキを使った狙撃だ。

 痛みも忘れて恐る恐る振り返る先には、クル・ヌ・ギアの特徴的な白い魔法衣が群れを成して路地を塞いでいた。

「やァハー! イシュタルのムシケラに朗報でェ~ス! 結界の入場パスと引き換えデ~……あの世行きノ片道切符をプレゼントしちゃうヨォ! 漏れなく全員ごショータイ!! うれしいネ!?」


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