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「無名の先祖を、歴史に名を残す男にする。――俺は、本能寺の結末を変える。」  作者: 最強の素人


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第1話 俺の先祖

「天正十年、六月二日――本能寺の変」


教師が黒板に文字を書いた。


六月の午後。


教室の後ろでは、誰かが欠伸をしている。


歴史に興味のない連中にとっては、眠くなる授業なのかもしれない。


久世玲央だけは違った。


頬杖をつきながら、黒板を見ている。


「明智光秀が謀反を起こし、京都の本能寺にいた織田信長を襲撃。信長はここで生涯を終える」


教師が振り返った。


「歴史に“もし”はないけどな。もし信長がここで生き残ってたら、日本はどうなってたと思う?」


何人かが顔を上げた。


玲央はすぐに手を挙げる。


「先生」


「久世。お前は来ると思ったわ」


教室に笑いが起きた。


玲央は気にしない。


「信長が生きとったら、天下取ってたんじゃないですか?」


「可能性はあるな」


「じゃあ俺が本能寺におったら、助けられるかもしれんですね」


また笑い声が上がった。


教師も笑う。


「お前が信長を?」


「だって俺、光秀が裏切るって知ってるんですよ」


「そら今のお前はな」


「先に信長に教えたらええやん。光秀が裏切りますよって」


隣の席から声が飛ぶ。


「信じてもらえるわけないやろ」


玲央は振り向いた。


「でも、何か方法あるやろ」


「その前に信長まで近づけんやろ」


「それはそうやな」


教室にまた笑いが起きた。


教師が呆れたように言う。


「まあ、結果を全部知った状態で過去におったら有利なのは間違いないな」


歴史は好きだった。


年号を覚えることが好きなわけじゃない。


玲央が好きなのは、歴史に名前を残した人間だった。


織田信長。


豊臣秀吉。


徳川家康。


多くの人間を従え、時代を動かし、何百年経っても名前が残っている。


子どもの頃から、それが格好いいと思っていた。


玲央は昔から一番が好きだった。


運動でも、ゲームでも、テストでも。


一番が無理なら二番。


三番以下は、玲央の中では負けだった。


だから時々思うことがある。


有名な武将の子孫だったら、ちょっと自慢できたのにな、と。


織田信長の子孫。


徳川家康の子孫。


そんなことを言えたら、少しくらい格好いい。


じゃあ。


自分の先祖は、どんな人間だったんだろう。


授業が終わっても、その疑問だけが妙に頭に残った。


*


その日の夜。


玲央は夕食を食べながら、ふと思い出した。


「なあ」


父親が返事をする。


「なんや」


「うちの先祖って、いつからおるん?」


「は?」


「久世家。いつくらいから続いとるん?」


「知らん」


即答だった。


玲央は母親を見る。


「母さんは?」


「もっと知らんよ」


「なんやそれ」


母親が笑う。


「急にどうしたん?」


「今日、学校で本能寺の変やったんよ」


「ああ」


「信長とか家康の子孫って、なんか格好ええやん」


父親が呆れた声を出す。


「またそんなこと考えよるんか」


「別にええやろ」


「うちにも有名な先祖とかおらんの?」


「おったら、とっくに聞かされとるやろ」


「面白くねーな」


玲央がそう言った時だった。


父親が何かを思い出す。


「そういや……」


玲央が聞き返す。


「何?」


「ばあちゃんが昔、なんか言いよったな」


「何を?」


「うちは戦国の頃から続いとるとか」


「戦国?」


「ああ」


「誰の家臣?」


父親は少し考える。


「確か……信長やったと思う」


「織田信長?」


「他に誰がおるん」


「マジで?」


「知らんて。俺もばあちゃんから聞いただけや」


玲央は身を乗り出した。


「どんな人やったん?」


「そこまでは知らん」


「名前は?」


「それも知らん」


「気になるなら、ばあちゃんに聞けばええやん」


玲央はすぐにスマホを手に取った。


「飯を食ってからにせえ」


玲央はスマホを握ったまま言った。


「ばあちゃん、まだ起きとるよな?」


「ばあちゃん、俺。玲央」


『玲央? どうしたん、こんな時間に』


「ちょっと聞きたいんやけど」


『何を?』


「うちの先祖って、信長の家臣やったん?」


『あんた、誰から聞いたん』


「親父」


『あの子、覚えとったんやね』


「ほんまなん?」


『ほんまかどうかまでは分からんよ。昔からそう伝わっとるだけ』


「名前は?」


『久世新七』


玲央はその名前を頭の中で繰り返した。


久世新七。


聞いたことはない。


「有名なん?」


『全然』


「全然なん?」


『信長様の家臣いうても、ずっと下の方やったらしいよ』


「なんやそれ」


『なんやそれって、あんた』


「何か残っとらんの?」


『何かって?』


「新七の物とか。手紙とか、刀とか」


『あるよ』


「何が?」


『短刀』


「刀?」


『短い刀。昔からうちにある』


「新七の?」


『そう聞いとる』


「それ見たい」


『急にどうしたん』


「明日行く」


『学校は?』


「終わってから」


玲央は電話を切ると、「久世新七」と検索した。


何も出てこない。


「織田信長 久世新七」


と入れても。


出てこなかった。


玲央はスマホを置いた。


「ほんまに無名やん」


でも。


もし本当に信長の家臣だったなら。


歴史に名前が残らなかっただけで、四百年以上前に確かに生きていたことになる。


その事実が、嬉しかった。


*


翌日。


学校が終わると、玲央はそのまま祖母の家へ向かった。


「ほんまに来たん」


「短刀見せて」


「挨拶くらいしなさい」


「こんにちは。短刀見せて」


「はいはい」


祖母は玲央を家の奥へ連れていった。


押し入れから古い木箱を取り出す。


長さは五十センチほど。


祖母が蓋を開ける。


中には布に包まれた一本の短刀が入っていた。


「これ?」


「そう」


祖母が布を開く。


黒い鞘。


柄には、かなり擦れているが模様が残っている。


玲央が手を伸ばす。


「それな」


「ん?」


「信長様から新七がもろたって伝わっとる」


「信長から?」


「そう」


玲央は短刀を見る。


もし本当なら。


この短刀を、織田信長本人が触ったかもしれない。


玲央はゆっくり短刀を手に取った。


ずしりと重い。


「これ、本物なん?」


「知らんよ。ずっとそう伝わっとるだけ」


玲央は鞘から少しだけ刃を抜いた。


古い。


それでも、刃にはまだ鈍い光が残っていた。


「信長からもろたって、なんで分かるん?」


「箱の中に紙があるやろ」


祖母が木箱の底を指さす。


玲央は短刀を置き、折り畳まれた古い紙を取り出した。


文字はかなり薄れている。


「読めん」


「そりゃそうやろ」


「昔、じいちゃんが読んでもらったことあるらしいよ」


「なんて書いとったん?」


「新七が信長様から短刀をもろたって。それと――」


「それと?」


「変な名前が書いてあったって言いよった」


「変な名前?」


「今風の名前やったって」


「誰?」


「忘れた」


「忘れんなよ」


「何十年前の話と思っとるん」


玲央はスマホを出した。


古文書を撮影する。


拡大しても、ほとんど読めない。


ただ。


一か所だけ、妙にはっきり見える文字があった。


「ばあちゃん」


「何?」


「これ」


玲央は画面を指さす。


そこには二文字。


――玲央。


「俺の名前やん」


「ほんまやね」


「なんで?」


「知らんよ」


玲央は古文書と短刀を見比べた。


四百年以上前の紙。


そこに、自分の名前。


「これ、いつのなん?」


「本能寺の変の頃って聞いとる」


玲央はもう一度、古文書を見る。


その横に、かすかに日付らしき文字が残っていた。


天正十年。


六月。


二日。


「マジかよ」


本能寺の変。


織田信長。


久世新七。


そして、自分の名前。


何かの偶然にしては、出来すぎている。


玲央は短刀を手に取った。


その瞬間だった。


耳の奥で、大きな音が鳴った。


「え?」


視界が揺れる。


祖母の声が遠くなる。


畳も。


木箱も。


目の前から消えた。


次に玲央が目を開けた時。


鼻をついたのは、土と煙の匂いだった。


「どこや、ここ」


目の前には、舗装されていない道。


遠くには山。


近くを、着物姿の男が歩いている。


男の腰には刀があった。


玲央はスマホを見る。


圏外。


「嘘やろ」


少し離れた場所から声が飛んできた。


「おい! そこの者!」


玲央が振り向く。


一人の男が、こちらへ歩いてくる。


腰に刀。


年は二十代後半くらい。


男が玲央の服装をじっと見る。


「見ぬ顔じゃな」


玲央には、何が起きているのか分からなかった。


男の目が、玲央の手にある短刀へ向いた。


表情が変わる。


「おぬし……なぜ、その短刀を持っておる」


「え?」


男は玲央を睨んだ。


「それは、信長様がお持ちのものじゃぞ」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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