第23話 スティムリアの花言葉
ユラディゼ宿泊区にて。
小さな宿屋の奥には、ノーヴァと彼の母親の居住スペースがある。
ベッドに横たわりながら激しく咳き込む母親へ、ノーヴァはレシュランデの花を近付けた。
瞬間、ノーヴァの母親の咳が一気に治まっていく。彼女は驚いたように瞬きを繰り返して、それからレシュランデの花に目を留めた。
「……これ。ノーヴァが、見つけてきてくれたの……?」
「ううん」
ノーヴァはふるふると首を横に振って、二人の様子を見守っているティアとルラを手で示してみせた。
「おねえちゃんと、おにいちゃんが、探してきてくれたんだ……!」
「……そうだったの」
ノーヴァの母親は目を見開いて、それからティアとルラへ優しく微笑みかけた。
「――ありがとうございます。お二人のお陰で、すごく楽になりました」
ティアは桜色の瞳を潤ませる。
(……よかった)
心から、そう思った。
微かに濡れた瞳を手で拭って、ティアはノーヴァと彼の母親に笑顔を向ける。
「……どういたしまして。そう仰っていただけて、私もすごく安心しました!」
ミスリ=ルリスミに戻り、店番をしてくれていたミーナと合流する。
二人の身を案じたミーナが今日は早めに店を閉じてもいいのではないかと提案するも、ティアが絶望に満ちた目をするので、結局いつも通り午後七時まで店を開くことになった。
とはいえ、大好きな花々に囲まれながら花々の仕事をしていると、時間が過ぎていくのは一瞬で。
美しい橙色の夕暮れの空は、気付けば綺麗な星々が瞬く夜空へと変わっていた。
ティアとルラは、数多の花々に彩られた庭園を歩いている。
「……そういえば、ルラさんって」
「ん?」
「めちゃめちゃ、魔法の才能ありますよね……!?」
ティアは両手を握りしめながら、きらきらと目を輝かせる。森でのルラの、短い詠唱で紡がれるとても強力な魔法を思い出しながら。
ルラはくすりと笑って、口を開いた。
「うん。だって俺、『水の大魔法使い』だもん」
「……え!?」
「俺の本名、ルーディラル=メイティーデっていうんだ。水の大魔法使い・ルーディラルくらい、世間知らずな子犬ちゃんでも知ってるでしょ?」
「いや私は子犬ではな……ってそんなことよりも、え、えええええ!? ルラさんがあの、水の大魔法使い!?」
「そ。こんなにいい家に住んでるのも、〈安寧を破壊する竜〉をやっつけて国を救ったから。それを盗賊だとか貴族のヒモだとか……ほんと、散々言ってくれたよね?」
笑顔のルラに、ティアはだらだらと冷や汗をかき始める。
「え、えっとー……すみませんでしたっ!」
「あはは、別に謝んなくていいよ」
ルラはそう言いながら、ティアへと鍵を手渡す。二人の前には邸宅のドアがあった。
「謝んなくていいから、代わりにちょっとお留守番してて? 十分くらいで戻るから」
「え、お留守番ですか……? ルラさん、どこに行くんですか?」
「内緒。お利口な子犬ちゃんなら留守番くらい余裕でしょ?」
「だから私は子犬じゃないですってばー!」
ぷんぷんと頬を膨らませるティアに、ルラはくすくすと笑う。
「じゃ、よろしくね?」
「……まあ、わかりましたけれど」
ひらひらと手を振るルラへ小さく手を振り返して、ティアは鍵を開けてからルラへと返し、邸宅の中へと足を踏み入れる。
洋間へ行き、椅子の上に座って、花についての考え事に浸りながらルラの帰りを待つことにした。
十分ほどが経過して。ふと、ティアの頭の中に、ルラから貰った花壇で育て始めたティルリネの花々がよぎる。
(様子を、見に行きたいな……)
ティアの花壇は邸宅の入り口の側に位置している。家の鍵は一つしかなく、今はルラが持っているため、ドアに鍵はかけられないが、あの花壇の様子を確認するくらいなら大丈夫だろう――ティアはそう思い立ち、椅子から立ち上がった。
廊下を進み、邸宅の外に出たティアは、息を呑んだ。
――ルラが、桜色に煌めく花束を持っている。
(……スティムリアの花? でも、花弁は黄金色のはずじゃ……)
不思議に思いながら、ティアは桜色の瞳に桜色の煌めきを映す。
ルラがゆっくりと近付いてくる。
「……お留守番してて、って言ったのに。やたら動き回って、やっぱり子犬みたい」
「むむっ……花束、作っていたんですか?」
反発心よりも花への興味が先行するティアを、ルラは微笑ましげに見つめた。
「そうそう。ティアちゃん、スティムリアの花が好きらしいけど、俺もでさ。もっと沢山の色で輝くスティムリアを見たいと思って、交配に挑戦してたの。それでようやく咲かせたのが、この桜色のスティムリア」
ルラの説明に、ティアは目を丸くする。
「すごい……つまり、新種のスティムリアですよね!? ルラさん、すごすぎます!」
「ほんと? 褒めてもらえて嬉しいよ」
「だって本当にすごいんですもん! もしかしたら花言葉もルラさんがつけられるんじゃないですか!?」
「そうだね、もう考えてある」
「そうなんですか!? よければ私に教えてください!」
にこにこしながら尋ねるティアと、ルラは目を合わせる。
「――『愛しています』、なんてどう?」
彼の青色の瞳に混ざり合う、初恋、愛情、独占欲。
ルラは桜色の輝きを零すスティムリアの花束を、ティアへと差し出した。
「受け取ってよ、ティアちゃん」
ティアは驚いたようにルラと花束を交互に見てから、しどろもどろな言葉を紡ぐ。
「ええと……ルラさん、『愛しています』が花言葉の花しか使われていない花束を私にあげたら、なんかこう、誤解が生じてしまう気が……!」
「誤解じゃないよ」
ルラの真っ直ぐな言葉に、ティアはふぇ、と言葉にならない声を漏らす。
紅潮していく彼女の顔を、スティムリアの花々が淡く照らしている。




