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第58話:帰還の途 — 聖者のお忍び —【後編】

数時間の飛行を経て、ジェット機は巨大人工島『アカデミア・アイランド』の専用滑走路へと接地した。


時計の針は深夜を回っている。


(よし……この時間なら、誰にも気づかれずにひっそりとリナの研究所に戻れるはずだ。そのまま部屋セイント・ルームに戻って、明日には実家に帰る準備をしよう……)


セイマは深くフードを被り、コテンをリュックの中に隠した。


「絶対に目立たないように。存在感を消して。俺はただのモブ。俺はただの大学生……」


そう自己暗示をかけながら、重い足取りでタラップを降りる。


だが、現実は残酷だった。



パンパカパァァァーーーーーーーン!!!



タラップを降りきった直後、夜の闇を切り裂くような凄まじい照明と盛大な音楽が流れ、数百発のクラッカーが一斉に炸裂した。


「来ましたぁぁぁ! 皆さん見てください! この謙虚な姿! 己の偉業を誇ることなく、ひっそりと闇に紛れようとするその奥ゆかしさ! これぞ真の聖者、これぞ我らが守護神、神月木セイマ様だぁぁぁ!!」


滑走路を埋め尽くしているのは、セイマを一目見ようと急遽駆け付けた数千の人々(※セイマ信者)。そしてその中心で、メガホンを片手に絶叫しているのは、毎度おなじみ「情報の猟犬」、マイルズ・キャラウェイだった。


背後の巨大オーロラビジョンには、古城崩壊の瞬間と、ヴェノンを抱きしめるセイマの姿が、劇的なBGMと共にループ再生されていた。


『祝・聖者凱旋! 悪の帝王をハグで倒した(※改心させた)男、帰還!』


「ひいいいっ!? なんでバレてるの!? マイルズさん、お願いだから静かにしてぇぇぇ!!」


「見てください、あの困り顔! 救世主としての重責に耐えつつ、民衆の熱狂をいさめようとするあの高潔な態度! 全人類が泣いた! 今すぐ銅像を建てましょう、もちろん純金で!!」


「「「セイマ! セイマ! セイマ!」」」


地響きのようなコールが滑走路を揺らす。

揉みくちゃにされ、もはや物理的に宙に浮きそうになりながら、セイマはリナが用意した黒塗りの装甲車へと命からがら逃げ込んだ。


装甲車の重厚なドアが閉まり、ようやく外界の狂騒が遮断される。

セイマはシートに突っ伏し、荒い息を整えた。


「もうだめだ……。平穏が、俺の平穏が、光の速さで彼方へ消えていく……」


その時、懐のスマートフォンが震えた。

表示された名前は、母・優。

セイマは震える指で通話ボタンを押した。


「……あ、母さん? うん、今、島に戻ったよ……」


『おかえりなさい、セイマ。今ニュースで見たわよ。なんだか大きなお城で花火を背景に、お友達とフォークダンスしてたわねぇ。青春ねぇ』


「……フォークダンスじゃないけど……まあ、そんな感じかな」


古城での爆発を「花火」、七極たちとの同士討ちを「フォークダンス」と形容する母の天然ぶりに、セイマの張り詰めていた心が音を立てて解けていく。


「あとお家、シャドさんがピカピカにして待ってるわよ。芝生もミリ単位で揃ってるんですって。それとね、今日の晩御飯はセイマの好きなオムライスよ。卵、またスーパーでお安く買えたの」


母ののんびりとした、どこまでも日常的な声。

それを聞いた瞬間、セイマの目から一筋の涙がこぼれた。


世界中が自分を「賢者」や「聖者」と呼び、ヴェノンがその存在に戦慄し、最強の超人たちが膝を屈しようとも、母にとって自分はただのかわいい息子でしかない。


「……うん、すぐ帰るよ。母さん。ありがとう」


セイマが電話を切ると、車内には何とも言えない沈黙が流れた。


ふと横を見ると、リナが両手を膝の上で揃え、珍しくモジモジとした様子でこちらを見つめていた。


「マスター。あ、あの……不躾な質問とは存じますが。その、お母様のオムライス……私の分というのも、計算に入っておりますでしょうか?」


「えっ」


「師匠! 私も、その……家庭の味という名の『聖食』をもう一度共にし、師のルーツを筋肉に刻み込みたいと……!」


「……我々七極も、聖者様の慈愛の源泉を探るべく、ぜひともお供を」


セナフィアをはじめとする七人の超人たちが、暗い車内で一斉に瞳を輝かせた。



セイマはリナの発言に「ドキッ」としながらも、今後について考えた。


ヴェノンという脅威は去った。

古城は崩壊し、(俺の精神的な)借金も(ヴェノンさんのお金で)完済した。


しかし、自分の周囲には、以前よりもさらに強固で、さらに騒がしく、そしてさらに「精神的に重すぎる」因果の鎖が、幾重にも結びついている。



「………………」



「……………」



「……この状況も悪くないよな(たぶん……)。

 

 ……うん、みんなで帰ろうか!」



「「「ハイッ(御意ッ)!!」」」



装甲車の窓の外では、英雄の凱旋を祝う打ち上げ花火が、アカデミア・アイランドの夜空を彩っていた。


「……平穏って、何だろうなぁ?」


花火の光に照らされながら、セイマは母の作るオムライスの味を思い浮かべるのであった。

お読みいただき、ありがとうございます!


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