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第55話:暴走する救済 — 史上最も〇〇な親玉 —【前編】

東欧の空を赤く染める時。


標高二千メートルの断崖にそびえ立つ鋼鉄の古城「ボイド・スローン」は、いまやその威容いようを留めていなかった。


かつて世界を震撼させた国際テロ組織の首領、ドクター・ヴェノンの執務室。

そこは、最高級のペルシャ絨毯も、年代物のオーク材で作られた机も、最新鋭のホログラム端末も、すべてが等しく「瓦礫」という名の塊に姿を変えていた。


「ゴホッ、ガハッ……! おのれ、何ということだ……。私の、私の美しき知性の結晶が……」


崩れた天井の下から、煤まみれになった男が這い出した。


ドクター・ヴェノンだ。


漆黒のマントをボロボロに引き摺りながらも、彼は狂気的な笑みを捨ててはいなかった。彼は懐から予備の仮面を取り出し、歪んだ顔に装着すると、天を仰いで両手を広げた。


「……フフフ、来たか神月木セイマ。君をこの場所に迎えるために、私がどれだけの因果を編み、どれほどの不条理を積み重ねてきたことか。さあこれから、私と君だけで純粋なる特異点についての対話を――」


「黙れ、不浄のやからが」


ヴェノンの口上が劇的なクライマックスを迎えるより早く、空気を切り裂く衝撃音が響いた。


肉薄したのは、巨漢のルイ。

彼の丸太のような右拳が音速の壁を突破し、ヴェノンの腹部に容赦なくめり込んだ。


「グハッ……!? な、何を……まだ、話の途中……」


「聖者様の御前ですよ。許しもなく、その汚らわしい口を開くな」


冷徹な言葉と共に、アリアの電磁鞭が毒蛇のようにヴェノンの両足に絡みつく。


バチバチと火花を散らす高圧電流が男の体を硬直させ、そのまま重力を物ともしない剛腕によって、ヴェノンは天井(だった場所)の鉄骨へと叩きつけられ、床に落下した。


「……待って! みんな待って! まだヴェノンさん喋ってる最中だから! 俺、話し合いに来ただけだからぁぁ!」


セイマの悲鳴のような制止が廃墟に響き渡る。


しかし、今の『七極ヘプタス』にとって、その声は別の意味に変換された。


(……おお、聖者様はなんと慈悲深い。この汚物のような悪党にさえ、最後に『言い残す機会』を与えようとなされている。ならば我々の役目は、この男を徹底的に無力化し、聖者様が安全に説教できる環境を整えることだ!)


「承知いたしました、セイマ様! この男が二度と不敬な口を利かぬよう、まずは顎の骨を粉砕して固定いたします!」


「違う!そんなこと言ってないよぉぉぉ!」


セイマの必死のツッコミは、鉄骨が崩落する音にかき消された。



ヴェノンは床を這いつくばりながら、必死の形相で懐を探った。


「甘く見るなよ、神月木セイマ! 私の隠し札……対・聖者用特殊人造人間、『クローン・セイマ・ゼロ』の起動を、いまから……!」


ヴェノンが震える右手で取り出したのは、禍々しい赤いボタンが付いた小型のリモコン。


彼がそれを押し込もうとした――その瞬間。



「……小賢しい真似を。その指、焼き払ってあげましょう」


ミカのレーザー銃が、チャージ音なしで最大出力を解放――

極細の光がヴェノンの右腕を掠め、リモコンを持っていた指先を正確に焼灼――


ヴェノンの指は熱に耐えきれずリモコンを落とし、床に届く前にタイガの重力ハンマーが「周辺の空間ごと」それを粉砕した。



ドォォォォォォォォォン!!



「あああああ! 私の、私の最高傑作の起動デバイスがあぁぁぁ!!」



ヴェノンが魂を削るような悲鳴を上げる。


「聖者様が『待て』と仰った。それは、貴様の汚らわしい行動そのものを、この世界から物理的に消去せよという福音だ」


セナフィアが冷酷に告げ、鋭い踏み込みを見せた。

彼女はヴェノンの胸倉を掴み上げると、残っていた唯一の頑丈な壁へと豪快に叩きつけた。


「グハッ……!」


「死ね。聖域を汚し、至高の存在を煩わせた罪を、その身であがなえ」


それはもはや処刑だった。


「やめてぇぇぇ! 殺さないでー! ヴェノンさんが死んだら、俺の平穏な日常の責任は誰が取ってくれるのぉぉ!!」


セイマはパニックの極致に達していた。

お読みいただき、ありがとうございます!


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