第48話:ホーリー・チャリオットと幻影領域 【前編】
サハラ砂漠の端に位置する無法地帯の朝は、強烈な日差しで幕を開けた。
昨日、全世界生中継という無茶苦茶な舞台で、文字通り「世界を叩き伏せた」セイマ。その仲間であるリナの手元には、厚さ三十センチほどの札束の山があった。
「一億円かぁ……」
ホテルの安っぽいベッドの上で、セイマは呆然としていた。
昨日一日でそのような大金を稼いでしまったことが夢のようであったからだ。
留学先のパン屋のバイト時給が「50円上がった」って喜んでた日々が、遠い前世の記憶のようである。
「マスター、おはようございます。昨日の報酬、早速有効に活用させていただきました」
部屋のドアをノックもせずに開けて入ってきたのは、徹夜明けの銀髪をなびかせたリナだ。彼女の瞳は、徹夜明けとは思えないほど生き生きと輝いている。
「あ、リナ。おはよう……活用って、もう一億円全部使っちゃったの?」
「いえ、まさか。現地のジャンク屋の買収と、資材の調達、および周辺住民への口止め料を含めても、使用したのは三割程度です。残りはマスターの『隠し口座(※私が先ほど作りました)』にプールしてあります」
リナは得意げに、窓の外を指差す。
そこには、昨日は影も形もなかった「何か」が鎮座していた。
「……リナ、あれ、何?」
「移動手段です。名付けて『神聖移動要塞』。元は現地の民兵が乗り捨てた、半世紀前のソ連製装甲輸送車ですが……少しばかり『最適化』を施しました。ちなみに、マルチコプターは目立つため、一旦この街に置いていきます!」
セイマがフラフラと外へ出ると、そこにはサビだらけでボコボコの、どう見ても廃車寸前のトラックが停まっていた。
しかし、近づいてみると妙な違和感がある。
排気管からは一切の煤が出ておらず、タイヤのゴムは見たこともないほど高密度な黒光りを放っていた。
「師匠! おはようございます!」
車の屋根の上から声がした。
見上げると、タンクトップ一枚のルッツが、屋根の上でスクワットをしている。
「ルッツ……そこで何してるの?」
「リナ殿から、この車両の装甲板はすべて『特殊エネルギー分散合金』に張り替えたと聞きまして! この上で筋トレしてもビクともしない、素晴らしい修行の場ですぞ!」
「……もう好きにして」
セイマは溜息をつきながら、車内へと足を踏み入れる――
次の瞬間、視界が裏返った。
外見のボロさとは裏腹に、内部は最新鋭のプライベートジェットをも凌駕する超近未来空間が広がっていた。
完全自動運転システムの運転席にはハンドルがなく、床には最高級のカシミア絨毯が敷き詰められ、座席は座った瞬間に体圧を完璧に分散する全自動制御のハイテク・ソファ。壁面には無数のホログラムディスプレイが浮き、隅には金ピカのエスプレッソマシンが鎮座していた。
「マスター、この座席は私の自信作です。マスターの脊椎のカーブをリアルタイムでスキャンし、一ミリの誤差もなくサポートします。マスターの腰痛は、巡り巡って世界の因果を乱しますからね。……さあ、コテンもどうぞ」
「きゅぅん!」
セイマの肩から飛び降りたコテンは、フカフカのソファにダイブし、一瞬でとろけた餅のようになってしまった。
「よし……行こう。目指すは東欧、ヴェノンの本拠地だ」
セイマが運転席(という名の、宇宙船のコックピットのような席)に座ると、ホーリー・チャリオットは音もなく走り出した。
その後の数日間の砂漠横断は、驚くほど快適だった。
光学迷彩によって盗賊や軍隊の目を欺き、夜はリナが用意した最高級の保存食(といっても、真空パックされた三つ星レストランのフルコース)に舌鼓を打つ。
しかし、目的地である東欧の小国、ヴェノンのアジトがあると目される「カストリア共和国」の国境に差し掛かった時、事態は一変した。
「……マスター、前方。国境検問所が完全に封鎖されています。ヴェノンの息がかかった正規軍かもしれません。強行突破しますか? 主砲の準備はできていますが」
リナが物騒なことを口にする。
フロントガラスの向こうには、最新鋭の戦車と、自動小銃を構えた兵士たちがズラリと並んでいた。
「待って待って! 撃たないで! ……俺が話してくるから」
セイマは、平和的に解決することを望んだ。
車を降り、両手を挙げて国境警備隊の隊長らしき男に近づく。
「あの、すみません……ここを通らせてほしいんですけど……」
「止まれ! 貴様、何者だ!」
髭面の屈強な隊長が、鋭い目つきでセイマを睨む。
だが、彼がセイマの顔を間近で確認した瞬間、その瞳に「畏怖」と「狂喜」が混ざり合った異様な光景が広がった。
「……ま、まさか。……おい、タブレットを持ってこい! 早くしろ!」
隊長は震える手でタブレットを受け取り、数日前の「砂漠の生放送」のアーカイブ動画とセイマの顔を交互に見比べる。
「……本物だ。……本物の『聖者セイマ』だッ!!」
「えっ?」
「野郎ども! 銃を下げろ! 奇跡の男がお見えだぞ! おい、誰か色紙を持ってこい! いや、俺のこの防弾ベストに書いてくれ! 聖者の直筆があれば、どんな弾丸も避けて通るはずだ!」
「「「うぉぉぉぉぉぉ!! 聖者様だぁぁぁ!!」」」
検問所は一瞬にして熱狂的なファンミーティング会場と化した。
兵士たちは地面に膝をついて祈りを捧げ、隊長は泣きながら「うちの息子の将来に祝福を!」とセイマの手を握りしめる。
「……リナ、これ、通してくれそうな雰囲気だよね?」
「……想定外ですが、マスターの『因果』がすでに世界の共通認識として定着し始めているようですね。合理的な解決と言えるでしょう」
結局、パスポートの提示すら求められず、ホーリー・チャリオットは、
「聖者様のお通りだ! 全ゲートを開放せよ!」という隊長の絶叫と共に、パレードのような歓迎を受けて国境を通過した。
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