23. ここまで来てしまったら、もう(三沖side)
雲一つない天気のおかげで、山の中でも今は上着なしで居られるほど暖かい。遠くに見える富士山の天辺には白い雪がかかっている。腕を上に伸ばして息を吸い込むと、草っぽい自然の匂いがした。
サークルの四学年、合わせて二十人がこのグランピングに参加しているらしい。宿泊施設も二棟丸ごと借りたんだとか。
その全員がここに居るかは分からないが、屋外のテーブル席は全て埋まっている。料理や配膳をしてる人もかなり多い。各自で盛り上がっているのを見るだけで、輪に入る気が削がれてしまう。
とりあえず後輩が大勢いるところは避けなければ。そう思って歩いていたら、小野に鉢合わせた。
「あ、三沖。二年の子が肉焼いてくれてるよ」
「まじ? どこ」
「あっちの建物の前」
「行くわ。さんきゅ」
「あ、斗真の分も貰ってやって。なんかあいつずっとソーセージ焼いてるから」
「おっけー」
「俺はサウナ入ってくる」
「サウナ?」
食事は始まったばかりなのに、このタイミングで?
そもそもサウナは有料だったはずだ。いつの間に予約したんだろう。
「貸切の予約時間ミスったっぽい。二時間しかないから、空いてる時に入っておこうと思って」
小野はため息をつきながら言った。
「そうなんだ」
「お前も食い終わったらこいよ」
「うん。てか斗真どこ?」
「あっち、プールがあるとこの後ろ。なんかデッケーやつでソーセージ焼いてる」
「わかった」
デッケーやつって何だよと内心ツッコミつつ、二人分の肉を貰いに行った。
熱心に肉や野菜を焼いていたのはほとんど喋ったこともない女子だった。向こうは何故か俺の名前を知っていて、親しげに「こっちのお肉いっぱいあるほうが三沖先輩のですっ」と謎にサービスしてくれた。
小野に言われた場所に行くと、たしかに“デッケーやつ”の前に斗真が居た。
コンクリの上に置かれたそれは、黒いドラム缶を横に倒したような形をしている。中央からパカッと割れた姿はまるで貝みたいだ。二つの網の上にはソーセージだけでなく、焼き鳥の串やトウモロコシまで置いてあった。
春なのに、彼は半袖のシャツの襟を伸ばして鼻の下に溜まった汗をしきりに拭っている。
「斗真」
俺が声をかけると、トングを持った手を振られた。
「おー、俺が焼いたの食ってよ」
「いいの? あ、これお前の肉も貰ってきた」
「えぐ! 牛が食いたかったんだよ! さっきからソーセージばっか食ってるから」
「だよな」
持ってきた皿をテーブルに置くと、物々交換するかのように、三本もソーセージが乗ったものを渡された。
「ほい。トウモロコシは?」
「いやいい、ってか三本も食えない……」
「おまえっ、どんだけ胃のキャパ小さいんだよ」
キャハハッ、とギャルみたいな声で斗真が笑う。そして皿からトングでソーセージを一本摘み、グリルの上に戻してくれた。
「さんきゅ」
「てか俺いつまで焼かなきゃいけないんかな?」
「俺が代わろうか」
「んー、じゃあこの肉食う間だけ転がしといて」
「おけ」
グリルの前に立った途端、ジリジリと顔が焼けるような熱さを感じた。火力が強いらしく、ソーセージの一部分は黒く焦げている。
「こりゃ半袖になるわ……」
「だろ? もう汗びっしょり」
テーブルにはまだ火が通ってないものがいくつも置いてある。今からこれを焼くのだと思うと、気が遠くなりそうだ。
「三沖、飲みもんは?」
「あ、取ってくんの忘れた。ある?」
「あるある。ビールでいいなら」
わざわざタブを開けて渡してくれた。が、胴体を握っても一向に冷たさが伝わってこない。
「……ぬるくね?」
「出しっぱだったからな」
ビールなんて冷たくなきゃ美味くないのに……と思いながら口をつける。案の定、渋い苦味だけが舌に広がった。
引き継いだソーセージを皿に移すと、すぐに後輩の男たちが掻っ攫っていった。なんだか虚しい気分で新しいものを網の上に並べていく。まだ数分しか経ってないのに、早くも額に汗が滲んできた。
「三沖、代わろうか」
「いや。ずっとやってたんだしこれくらい俺やるよ」
「さんきゅ〜、じゃあ食わせてあげる」
斗真が箸でソーセージを掴み、口に突っ込んできた。今焼いたばかりのものだ。パリッと破けた皮の中から溢れ出てきた肉汁に粘膜が攻撃される。
「あっつ」
慌ててビールを流し込む。これが冷えていたらきっと美味かっただろうに。
「あ、うわやべっ」
突然、大きな声で斗真が叫んだ。彼は急いでスマホのカメラを起動し、俺や周囲を撮り始める。
「な、なに。どした」
「彼女に写真送ってって言われてたの忘れてた!」
「写真?」
焦って送るようなものだろうか。首をひねった俺に、斗真は苦い顔をした。
「浮気防止らしいよ。俺の彼女、若干メンヘラっぽいとこあるから。写真送らないと怒られる」
「へえ……大変だな」
「ま、でもその代わりめちゃくちゃ可愛いから。まだ耐えてる」
相槌を打ちながら、自分も飛間に連絡するのを忘れていたことに気が付いた。
──あいつも写真見せてって言ってたよな。
斗真の彼女と同じ理由ではないだろうけど、見せたら嫉妬されるのは間違いない。誰かと一緒に写った写真ではなく、景色とか肉とかそういうものに留めておこうと心の中で決める。
「三沖は? 彼女とかいるっけ」
「あー……いや」
さっきと同じ質問を受け、俺はぎこちない動きでグリルのほうに視線を戻した。
「あ、その反応はあれだな。いい感じの人はいるてきな?」
「うーんまあ、そんな感じでいいよ」
「いいよってなんだ」
いっそ付き合ってると言ってしまおうか?
──いや、あいつに失礼だ。飛間の気持ちを軽んじる権利など俺にはない。それに恋人がいるなんて言ったら、しつこく追求されるだけ。今より面倒なことになる。
そんなことをグルグル考えているうちに、ふと思った。一番面倒くさいのは俺自身じゃないのか。
「……斗真は付き合ってどんくらい?」
「えーとね、来週で一年」
「長いな」
「そう? 俺はいつも結構続くけど」
「……来年、就職じゃん。別れるかもって不安になったりしない?」
一瞬、場が静かになった。それからすぐに笑い声が背後から聞こえてくる。
「いやおまえっ、なるわけねーじゃん!」
「でも環境が変わるんだからさ」
「だとしても、別れるかもって思いながら付き合う人いなくね? 社会人になってもそれは一緒だし」
「そうだけど……」
斗真が立ち上がって俺の隣に並んだ。トングを奪い取られる。
「三沖も食えよ」
「あ、うん」
座ってスマホを確認すると、飛間からメッセージが来ていた。これから居酒屋に移動するらしい。
「もしかして、それで悩んでたりする?」
振り返ってまで聞かれたら、答えざるを得ない。俺はソーセージにかぶりつきながら頷いた。
「ちょっとな」
「どんな状況?」
「……両思いになったんだけど、これから……新しい出会いとかあったらどうせ別れるのに、付き合ってもしんどいだけかなって」
「は? 両思いなのに付き合ってねえの? しかも別れるとは決まってないじゃん」
まじ意味わからん、と斗真は首を傾げた。
「だって」
「その悩んでる時間もったいねー、付き合っちゃえ。就職して別れるくらいならその程度の恋愛だったってことよ」
「……たしかに」
「あとさ。今がいい感じなら、付き合っても付き合わなくてもしんどくね? 離れた時に」
「たしかに……?」
頭のどこかでぼんやりと思い浮かべていたことを見事に言い当てられたような感覚だった。
毎日連絡を取り、頻繁に体を重ね、お互いのスケジュールを把握する。ここまで来てしまった俺たちは、もう元の関係には戻れない。
もし付き合わなかったとしても、会えなくなったとき、自分がどうなるかなんて──わかりきっている。
「……斗真ありがと」
「おっ! 覚悟決めた?」
「お前のおかげで」
「いや俺さあ、まじ恋愛相談とかめっちゃ得意なんよ。今まで何人が俺のおかげで付き合ってきたか」
誇らしげに胸を張った斗真に再び礼を言いつつ、スマホに視線を落とす。
──あとで電話したら、出てくれるかな。
飛間の話をしていたせいで無性に会いたくなってしまった。早く会いたい。東京に帰ったら真っ先にあいつの家に行こう。




