20. これ以上、好きになったら(三沖side)
大して美味くもない学食で遅めの昼食を済ませたあと、レポートを書くために駅前のカフェに寄った。注文した抹茶ラテを受け取り、窓際のカウンターの端に座る。テーブルにタブレットとキーボードを準備したが、電源を入れたところでやる気が一気に失せた。
最近、このカフェはストローが紙素材に変わってしまった。なんとなく、紙よりプラスチックの方が美味しい気がする。それに飲んでいるうちに水分を吸収してシナッとしてしまうのが、地味にフラストレーションが溜まる。
──ストローを変えるよりまずはカップの蓋をかえろよ。誰がこんな改悪をしたんだ。俺が受ける会社よりもデカい企業なのに。
舌触りの悪いそれを甘噛みしながら、俺はボーっと窓の外を眺めた。前を通る人のほとんどは、急ぎ足で改札に向かっている。
こんな夕方前に何をそんなに急いでいるのだろうか?
益々やる気が無くなり、ため息をつきながらスマホを取り出した。こうなったらもうレポートどころの話ではない。くだらない動画や友達の投稿を永遠と見て時間を無駄にすることになる。
(……あ)
うっかり声が出そうになった。飛間からメッセージが届いていたからだ。
『バイトの前、空いてるよな? レポート一緒にやろう』
このあと、バイトに行けば飛間に会える。だからわざわざ一緒にレポートをやる必要なんてない。でもあいつは、少しでも俺と居たいとか、多分そんなことを考えている。
ふわふわと熱に浮かされた頭で、迷いながら文字を打った。
『駅前のカフェ。来たいなら来ていいよ』
返信を目に入れないためにスマホの画面をテーブルに伏せ、再び紙のストローを咥える。喉を通った抹茶ラテは、いつもより渋みがあるように思えた。
飛間を好きになったのは、ラブホのバイトを始めてすぐの頃だった。
シフトが被った初日。オーナーに電話で『半年勤めてるイケメンがいるから教えてもらってね』と言われて出勤すると、フロントの椅子に座っていた男、飛間に出会った。
目鼻立ちがしっかりした顔。白い肌には黒子がいくつかある。そして俳優みたいな独特の雰囲気。確かにオーナーの言う通り誇張なしでイケメンで、尚且つ同い年ときた。主に一緒にシフトに入るのが彼だと知った時は飛び跳ねて喜んだ。
「俺、恋愛対象が男なんだ」
初日にカミングアウトをした。趣味の話をするついでに。それほど飛間は接しやすく、受け止めてくれそうな感じがしたのだ。
ゲイであることも、会ったばかりなのにタメ口で喋ったことも、飛間はまったく気に留めていない様子で、
「へえ」
とただ頷いた。その反応を見てから好きになるまで、あっという間だった。
あいつは寡黙に見える。でも普通によく喋るし口も悪い。ノリもいい。思ったことは結構言ってくる。人への関心がなさそうで、意外と人よりある。顔はいいのに童貞。
性に乱れたチャラい男に囲まれていた俺にとって、飛間は特別な存在だった。
抹茶ラテが半分ほど減ったところでスマホのバイブが振動した。ひっくり返すと、飛間からのメッセージが視界に入った。
『すぐ行くからそこにいて』
頭が言葉を理解するのと同時に両手で顔を覆う。
(マジでやめてくれ……)
飛間と変な約束をした日からずっとこんな調子だ。休日に会えなくてもこうやって時間を見つけては会いに来るし、連絡も頻繁に取るようになった。性欲解消は俺だけにしろと言われたから、体も週に数回ほど重ねている。
──こんなの、付き合ってるようなものじゃないか?
絶対に友達とは言えない関係になってしまった。
これを続けていたらどんどん飛間のことが好きになって、取り返しがつかなくなる。もうとっくに諦めたはずなのに、また好きになって諦めてを繰り返さなければいけないなんて。
「三沖、お待たせ」
トンッと肩を叩かれて振り返る。
飛間が息を整えながら隣の椅子にリュックを置いた。どうやら急いで来たようだ。
「……息切れてるじゃん」
「だって、早くしないと行っちゃいそうだから走った」
「飛間も走ったりすんだな」
「俺のことロボットか何かだと思ってる?」
どんだけ俺に会いたかったんだよ。このあとバイトで会うだろ。なんでそんなに必死なんだ?
言いたいことを一旦飲み込んで、飛間に笑顔を向ける。
「なんか頼んでこいよ」
「ああ。三沖も飲む? 買うよ」
「え、いいの?」
「うん。なに飲みたい」
「えー……じゃあ、ほうじ茶ラテとか」
「おっけい」
颯爽とレジに歩いていった彼の背中を見送り、シナっとふやけたストローに視線を戻す。
──幾度も嫉妬するのがしんどい。
──きっと会えなくなって自然消滅する。
飛間の告白を断る理由として挙げたものを、あいつは見事に潰しにかかっている。それを明確に肌で感じる。
行動で示していけば、いつかは信じてもらえるだろうという、俺に対する期待が透けて見えてしまう。
「はあ……」
元々、真面目で何やかんや誠実な奴だとは思っていた。だから好きになったのだ。でも、良い部分を見せられれば見せられるほど、裏切られたときの反動が恐ろしい。
「はい。ほうじ茶ラテ」
戻ってきた飛間は俺の前にカップと皿を置いた。そこには一枚のチョコチップクッキーが乗っている。しっとり系で柔らかくて、俺が好きなやつ。
「え? なにこれ」
「食っていいよ」
「ま、まじで? ありがと……」
ただでさえ一人暮らしで生活が苦しそうなのに、俺にラテとクッキーを奢ってる場合じゃなくないか?
申し訳ない気持ちになったが、払うと言ってもいつも断られる。彼なりのプライド的なものがあるのだろう。
「三沖、これ好きって言ってたもんな」
「そうだっけ」
「アーモンドのほうじゃなくてチョコチップ。水分奪われる系よりもしっとりが好き。言ってた」
「……怖えって、そんなことまで覚えてんの」
前に、飛間は俺の友達が俺の好みを詳しく知っていることに嫉妬していた。それを引きずっているのか、やたらと張り合おうとする。
そんなところも可愛く見えてくるのだから俺も重症だ。
「知らないより知ってるほうがいいだろ。何でも」
「そうだけど」
飛間はカフェラテらしき茶色い飲み物が入ったカップにストローを刺した。
最近知ったこと。こいつは甘いものが苦手。でも、俺の飲みかけだけは何故か例外。
「……飲みたい?」
こうやって聞くと、必ず飛間は狼狽える。頬をほんのり赤く染めながらぎこちなく首を縦に振る。
「あ、うん、じゃあ」
そして俺の顔を伺いながらストローにこっそり口をつける。
この童貞っぽい反応が可愛くて、毎回やってしまう。別に飲んでほしいとか思ってないのに。
「レポートは?」
電源を入れただけのタブレットに視線が注がれる。現実に引き戻された気分になった。
「むり。やる気出ない」
「いつまでなの」
「えーっと……明後日。まだまだかかりそう」
「バ先でやれば? 俺オーダーとか行くし」
「飛間も終わってないんじゃないの」
レポートを一緒にやろうと言っていた割には、飛間はスマホさえ出そうとしない。そんなに余裕があるのかと首を捻る。
「俺はほとんど終わった」
「ん? じゃあなんで来た?」
「それは……、三沖に会いたくて」
飛間はそう言いながらストローを咥えた。
──今でも信じられない。こいつが俺のことを好きだなんて。
「一昨日、会ったばっかじゃん。今日もシフト被ってるし」
「それはバイトだから。プライベートで会うのとは違う」
「何が違うんだよ」
正直、ここまで飛間が直球のアピールをしてくるとは想像してなかった。
俺で童貞を捨てたから執着してるだけじゃないのか? これから好みの女と出会ってセックスでもしたら、俺のことなんてすぐ忘れるんじゃないか?
そうやって考える暇がないほど、まっすぐに気持ちを伝えてくる。
「……明後日、レポートの提出が終わったら……飛間の家行ってもいい?」
「えっ、あ、もちろん。うん」
きっと俺はこのまま、泡沫のような恋愛をする羽目になる。




