18. 両想いのはずなのに
あれから一週間。特にこれといった連絡もなく、久しぶりにシフトが被る日がやってきた。
『ちょっと考えさせて』という言葉の意味を何度も考えた。遠回しに断られたのか、それとも本当に悩んでいて、いつか答えを出されるのか。
──考えるって……一体なにを?
すぐ断られると思い込んでいただけに、よく意味がわからなかった。好きなら付き合う。そうじゃないなら断る。それだけの話じゃないのだろうか。
三沖に会いたくないと思ったのはこれが初めてだ。できることなら会話を回避したいが、よりによって今日は閑散としている。一時間前にオーダーが来てから、来館も火消しも何もない。
暇つぶしにスマホでイシスタを開くと、上部に三沖のアイコンが表示された。朝見た時はなかったが、ストーリーが更新されている。タップする寸前で指が止まった。見たら足跡が残ってしまうと思ったからだ。
あいつはフォロワーが多いから、誰が見たかなんてきっと気にしない。そう思い直してストーリーを開いた。
「う……」
目に飛び込んできたのは、三沖と誰か知らない男のツーショット。背景は家の中。机には度数の高い缶酒やケーキ、ピザなどが乗っている。それらの要素から、男の誕生日を祝ったんだろうなと想像するのは容易いことだった。
「……しんど」
あまり酒に強くない三沖と家で二人きり。その気があるなら、というかその気になれば性行為に及んでも不思議ではない。俺に筆下ろしした時のように。
「はよ」
音もなく後ろからスッと三沖が現れ、思わず体が飛び跳ねた。
「うわっ」
ダサいことに、幽霊事件の日くらい大げさな驚き方をしてしまった。慌ててスマホを隠したせいで三沖に冷ややかな視線を向けられる。
「今日は暇そうだな」
「あ、うん」
──なんだ?
喉に小骨が引っかかったような違和感。
いつもなら今の反応も誂われるはずだった。今日の三沖の表情は固く、疲れているようにも見える。
(もしかして俺のせいで……)
「飛間ってインターンとか行くんだっけ」
「ああ、行くけど」
「前言ってたやつ? でもどこの企業受けるか決めてないよな」
「うん。まだ」
三沖はモニターを見ながら相槌を打った。その憂いを帯びた横顔に視線が引きつけられる。今こうしている間も、どうやって告白を断ろうかと考えているのかもしれない。
「お互いやりたいことも違うし……仕事も違うし、会えなくなるよな。就職したら」
さざ波のような声だった。俺への問いかけではなく、親が子に言い聞かせる時の説得と同じ。
会えなくなるから付き合えない。はっきりそう言ってほしかった。
「会おうと思えば会える。連絡取ったり」
「無理だよ。社会人って想像以上にたぶん忙しいだろ」
「そんな……」
なんで最初から決めつけるんだよ、と続けて言おうとしたが声にならなかった。
就職しても休みの日が無くなるわけじゃないし、どうせ都内で働くんだから夜に会うこともできる。俺の家に招くことも。
なんで明確な理由で断らない?
出てくる言葉はどれも悲観的で、まるで必死に諦めようとしているように感じる。三沖の本当の気持ちはどこにあるんだろうか。
「なあ、三沖」
「なに」
「俺のこと……、少しもそういう意味で好きになれない?」
三沖がこちらを向いた。目を先に合わせたのは彼のほうだったのに、気まずそうに逸らされる。
カッと腹の内側が熱くなった。自分を見てくれないことへの焦りと苛立ち。綯い交ぜになったそれらに体が突き動かされる。
「っ」
気付いたら、彼の頭を両手で掴んでいた。
「おい」
「俺のこと見て。ちゃんと言って、好きじゃないって。好きになれないって」
「……なれないんじゃない。好きなんだよ」
「え?」
耳を疑った。想像とは真逆のことを苦しそうな顔で言われ、虚をつかれた俺は手の力を抜いた。脱力した体を背もたれが支えてくれる。
「す、好き?」
「前からずっと好きだった。でもお前ノーマルだし絶対付き合えないと思って、もう諦めたんだ。俺の中で。あの……筆下ろしも冗談のつもりで言ったのに」
勝手に諦めるなよとか、冗談だったのかよとか、言いたいことが浮かんでは消えていく。
「ちょ……え、だって、じゃあなんだったの、背高い男が〜とか筋肉がとか、言ってたじゃん。俺に脈あるように見えなかったんだけど」
「それはただの好みの話だろ」
──なら、俺のどこが好きなんだ?
聞こうとした声は遮られた。
「俺だって嫉妬した。ギャルとか……誰だっけ、田中さんとか。イシスタ繋がってるし」
「ああ、ブロックしたよ」
「え!?」
「あの人……三沖とも繋がろうとしてたから、俺のアカウントから探されないようにと思って」
「まじかよ? なんか意外」
三沖が目を瞬かせた。
考えれば考えるほどわからなくなる。俺のことが好きなら、なんで告白した時にあんな顔をしていたのだろう。ハグした時も事後の翌日も、三沖の態度は普通だった。
ブーと、静まり返ったフロントに一件のオーダーが届いた。俺が反応するより先に三沖が紙を取る。
「行こうか」
「いい」
「ありがと」
三沖が出て行こうとした時、「あっ」と女性の声が響いた。ちょうどやって来た田中さんと衝突しそうになったようだ。
「え、田中さんって今日シフト入ってないですよね」
「すみません。私辞めることになったので、最後にちょっとお話ししたくて来ました」
「話?」
「大丈夫ですか?」
「あ、はあ……」
「オーダー行ってくる」
三沖の言葉をきっかけに、彼女は小走りで空いた椅子に座った。グンッと体を近づけられる。
「あの、三沖さんって彼女いますか?」
急に来て何を言い出すんだと思ったら、それかよ。
「……好きな人ならいるみたいです」
「あ、そうなんですね……」
「てか俺に聞かないで本人に聞いたほうがいいと思いますよ」
言った途端、田中さんが目を開いて後ろに体を引いた。ピンッと姿勢が正される。
「すみません。そうですよね」
キツい言い方だったかもしれないが、仕事中に業務外の話をされたのだ。むしろここでデレデレ喋るほうがおかしい。
「……もう制服って返却しました?」
「はい。オーナーと会ったので返しました」
「なら良かったです」
「じっ、じゃあ、私は帰ります」
「あ、お疲れさまでした」
田中さんは慌ただしく立ち上がってお辞儀をしたあと、俺と目も合わさずに部屋から出て行った。
最後まで機械的な対応しかできなかったことに若干の申し訳なさを抱きつつ、モニターに向き直る。フロントに戻るために二階の階段をちんたらと怠そうに降りる三沖の姿が映っていた。視線が引き寄せられる。
「なんて言おう……」
早くさっきの話の続きがしたい。好きなのに付き合えない理由とか、色々聞きたいことが残っている。




