17. 三沖の好きな人 - 2
二人に謝罪のメッセージを打っている最中、カフェラテが届いた。薄っぺらい紙のコースター。その上に、どっしりと底の厚いグラスが置かれた。
「あ、三沖がここ来るって言ってましたよ」
「えっ!? なんで……」
「さっき飛間さん来たよって連絡したら、今すぐ行くって」
「あー、まじか」
「わざわざ来るとか仲良いっすね」
白く曇ったグラスを呆然と見つめる。
注文してしまったからにはこのまま帰ることはできない。牛丼チェーン店のような速度でオムライスが出てくる奇跡でも起きない限り、食べ終わるまでに三沖が来てしまう。
会ったらまずは謝るとして、抜けた理由はなんと説明しよう。嘘をつくのは苦手だ。腹が痛かった……だと料理が届いた時点で嘘だとわかるし、なんとなく……だと奇行すぎる。
何か言い訳を考えなきゃ、と逡巡している間に入口の扉が開いた。三沖が隙間から顔を覗かせる。
「飛間いる?」
「あ……」
「居た、なんでこんなとこいんの」
彼は素早く歩いてきて向かいの席に座った。額には薄っすらと汗が滲んでいる。
思った以上に心配をかけてしまったのかもしれない。謝ろうとしたら、水とおしぼりがテーブルに置かれた。
「うぃー、三沖久しぶりじゃん」
「おお。ちょうどこいつに会いたかったんだ。教えてくれてありがと」
「タイミング神だな。飯は?」
「食いたい。お前のオススメでいいよ」
「よし、サービスで山盛りにしてやる」
「いいってそういうの。あ、飲み物なんか炭酸ある?」
「メロンソーダ」
「じゃあそれで」
「おっけー」
友達が離れてすぐ、三沖はまた俺に顔を向けた。子犬っぽい丸みを帯びた目で見つめられる。俺がこれに弱いということを、こいつは知っているのだろうか。
「……ごめん」
「いや、ごめんじゃなくて。どうした?」
言い訳が思いつかない。変なことを言って嘘ついて、嫌われるのが怖い。
「気分が……、悪くて」
「まあ、行列長かったからわかるけどさあ。でも何も言わないで行くか? 普通」
彼の鼻からため息が漏れた。見計らったようにメロンソーダとオムライスが運ばれてきて、張り詰めた空気がわずかに和らぐ。
「ちゃんと飯まで頼んでるし」
「あー、うん」
三沖はグラスを手前に引き寄せ、ストローに口をつけた。淡い緑色の中で小さな泡の粒がぷくぷくと沸き起こる。半分ほど一気に減った。よほど喉が渇いていたのだろう。
「……飲みたい?」
こてん、と首を傾げられた。突然の可愛らしい仕草に頭が真っ白になる。
メロンソーダは甘すぎて苦手だ。でもこいつが飲んでいると、なんとなく美味しそうに見える。
「え、あ、ああ」
変な頷き方になってしまった。ふは、と三沖が眉をハの字にして笑う。
「なにその言い方」
間接キスできるのを喜ぶなんて、それこそ童貞みたいじゃないか。
顔が熱くなるのを感じつつ身を乗り出してストローを咥える。意図せず至近距離で目が合った。
「お、おい。そっちで飲めよ……」
しゅわしゅわの甘い液体が口いっぱいに広がる。奪ってないのに、取り返すようにグラスを握られた。
「ごめん間違えた」
「変なの」
お互い、同時に背もたれに寄りかかった。目が合ったまま沈黙が流れる。
「冷めるから先に食ったら?」
「あ、うん。じゃあ」
三沖にばかり気を取られて気付かなかったが、ナイフでパカっと割るタイプのオムライスだ。ヒビひとつない綺麗な黄色の膜を裂くと、中からとろっとした卵が流れ出てきた。
好きな人と二人きりで美味そうな飯。雰囲気の良い落ち着いた店内。こんな状況でなければ幸せだったのに。
「あのさ。嫌なら最初に断ればよかったじゃん」
「嫌とかじゃない」
「じゃあなんで」
咀嚼が終わるのを待ちきれないという言い方だった。大きな塊を残したまま無理やり飲み込む。
「その……、三沖と愛流が喋ってて……」
「うん」
「嫉妬した」
「え?」
一瞬、三沖の目が大きく開いた。それからすぐ、何か納得したような顔になる。
「ごめん。別々で並んだの、よくなかったよな。俺が誘ったのに……一人にさせてごめん。あー、今考えたら酷いな。まじごめん」
「いや」
たしかに一人にされて悲しかったのは事実だが、嫉妬は恋愛的な意味だと改めて言うべきだろうか。口を開く前に、三沖の友達がトレーを持ってやって来た。
「お待たせ」
テーブルの上に、大皿に乗ったナポリタンが置かれた。下がっていた三沖の眉がパッと持ちあがる。
「お、ナポリタンいいねえ」
「三沖たしか好きだったよな?」
「うん。まじ好み覚えすぎてて怖いわ」
「は? 普通に喜べよ。大盛りにしたし」
「さんきゅ〜」
「ごゆっくり」
──まただ。俺のほうが知ってるとマウントを取られたわけでもないのに、つい悔しいと思ってしまう。こんな些細なことでも。
「……今のも、嫉妬した。お前がナポリタン好きとか知らなかったし」
「え、はっ!?」
「三沖の好きな人が誰なのかって、そればっか考えてて……愛流のことが好きなのかもとか思ったり」
「い、いやだから、愛流は狙ってないって言ったじゃん」
「うん」
反応を見るのが怖い。また『冗談やめろよ』と言われるかもしれない。
俺は俯いてオムライスをかき込んだ。自分の咀嚼音すら大きく聞こえる気がして、柄にもなく口元を拳で隠す。
しばらく沈黙の中で食べていたら、不意に三沖がフォークを皿に置いた。
「なんかよくわかんないんだけど……。飛間が言う嫉妬って、どんなやつ」
「……恋愛的なやつ」
「れ、恋愛?」
「ああ」
「待って、それ俺のこと好きってこと?」
もうこれ以上は逃れられない。膝の上で拳を作り、まっすぐに見つめ返して頷く。今度は三沖が目を逸らす番だった。
「好きになっちゃった」
「なっちゃったって……、勘違いじゃね? 俺が初めての相手だからそう思っただけとか」
傷つけずに断る理由を探しているのだろうか。それにしては言い方がキツいような、否定から入ったのが引っかかる。
「勘違いじゃない。何回も嫉妬した。三沖が男とラブホに来た時も、バカみたいに部屋まで行って……邪魔してごめん」
流れで告白してしまった後悔の念があとから押し寄せてくる。これからバイトでシフトが被った時に気まずい思いをするとか、そんなの少しも考えてなかった。
「……信じらんないな」
「え? いや、冗談じゃなくて」
「わかってる。けどごめん……、ちょっと、考えさせて」
三沖の表情は暗い。どう考えても告白を断られる雰囲気だ。ズーンと胃のあたりが重くなっていく。食べたばかりのオムライスが逆流しそうになり、慌ててカフェラテで押し戻した。
「じ、じゃあ、先帰るから」
「あ……うん」
透明の筒に刺さった伝票を抜き取る。会計のついでに三沖の分も払うと、「優しいっすね」と店員に笑われた。




