12. 内なる嫉妬 - 2
好意を持たれるのが嫌なわけじゃない。だが、ギャルといい田中さんといい、会ったばかりの相手に何故そこまで興味を持てるのだろう。俺は相手と話して距離を縮めて、徐々に関係を深めていきたい人間なのに。
過去に付き合った彼女もそうだった。容姿だけ見て告白してきたり、価値観の合わない人ばかり。付き合ったら好きになれるかと思ったが、誰にも本気になれなかった。どうせ今回も同じだ──と諦めるにはまだ早いだろうか。
友達登録したばかりの田中さんのアカウントを開く。フォロワーは三百人、投稿は五十件程度。食事の写真が並ぶ中、加工が過剰な自撮りが目立った。
「はあー………」
長いあくびが出た。スマホを置いて顔を机に伏せる。あれこれ考えるのが面倒になった。
──三沖ってSNSやってんのかな?
ふとそんな疑問が浮かび、名前を検索してみた。男ならそのままの名前でやってることが多いが、候補に三沖らしい人物は見当たらない。思いつく限りのあだ名やニックネームを考えて入力してもヒットしなかった。
あいつはどんな投稿をするだろう。たぶん自撮りとかはしないし、食べ物とかにも興味はなさそう。となると、元カレとのツーショットとか……?
想像しているうちに好奇心がどんどん湧き上がってきた。何時間も会話をして、プライベートでも会うのに、まだまだ知らないことがたくさんある。
休憩時間を五分ほど残した状態で、俺はフロントに戻った。何やら会話が盛り上がっていたらしい二人におかえりと言われ、田中さんがいることを思い出す。
「火消し来たから田中さんと行ってくる」
「え」
三沖が率先して行くなんてことは滅多にないから驚いた。ましてや、新人に教えるというハードルが高いもの。
それほど彼女のことを気に入ったのだろうか。たった一時間、ちょっと話しただけで?
「………俺行こうか」
言うつもりもなかった言葉が口から滑り出た。
三沖がきゅっと眉を寄せる。仕事を代わってやると言ったのに、まるで押し付けられたみたいな顔だ。
「いい」
「あ、じゃあよろし……く」
言い終わる前に二人は出て行った。
仲間外れにされた時のように、妙な息苦しさを覚えた。
彼らが二人きりになったところで何も起こらない。三沖は男が好きなのだから。だから──と言って、本当にそうだろうか。奇跡的に性格の相性が抜群だったら?
そもそも俺はなんでこんなに、三沖のことばかり考えてるんだろう。
『筆下ろししてやろうか』
あの言葉が今でも頭に残っている。保留された選択肢の一つであるかのように。
パソコンのプライベートモードを開き、『筆下ろし なにする』とバカみたいな検索をかけた。
「文字通り新しい筆を使うこと、何かを初めて行うこと、男性が……」
初めての性行為を行うこと。
意味はわかっていたが、こうやって書かれると急に現実味が増してくる。三沖は抱かれるほうだから、俺が抱くほう。あいつと性行為をする。
「ああ」
馴染みのある腰の熱がじわっと膨れそうになり、慌てて自分の声で邪念をかき消した。
考えた試しもなかった。自分が男を好きになる可能性も、対象の中に三沖が入ってるということも。恋愛そのものをどこか他人事のような遠い存在だと思っていたのに──、まさか俺は、三沖のことがそういう意味で好きなのか?
椅子が二つしかないから、田中さんには一人でリネンルームに行ってもらった。残り三十分。タオルを畳んでいればすぐに時間が潰れる。
一緒についていこうと思ったが、三沖にアカウントを教えてもらうためにやめた。しかし目を合わせるのが何とも気まずい。変な妄想をしたせいだ。
「……なに? さっきからチラチラ見てくるけど」
怪訝そうな顔で見られた。意識した途端にこれはさすがに恥ずかしい。
「……三沖はやってる? イシスタとかなんか」
「うん」
「何やってんの」
「えー、飛間に教えたくないな」
「は? なんで」
「だって俺のアカウント……」
言葉の途中で三沖は唇を結んだ。
「なに?」
「いや、やめとく」
はぐらかされたら余計に気になる。顔を背けた三沖の腕を掴んで再度問う。ただ掴んだだけなのに、ビクッと過剰すぎるほど体が震えた。
「教えて」
「……じゃあ引かないって言って」
「引かない」
「……ゲイの友達とか結構いるし、俺らみたいなのは、こういうので出会い探すから」
(出会いを探す?)
アカウントを見せられた瞬間、目が離せなくなった。三沖の顔がなかなか綺麗に映ったアイコン。マスに並ぶのは、誰に撮ってもらったのか聞きたくなるような画質のいい他撮り写真ばかり。
いわゆる“彼氏感がある”というのはこのことか。たしかにこれを見て食いついてくる人は多いだろうなと納得した。
「フォロワー、あのギャルより多いな」
「……だから引くなって言ったじゃん」
「引いてない」
ただ驚いただけだ。三沖にこういう一面があったということに。
「もういいだろ。恥ずいし……」
「いや。まだ読み取ってない」
「え? 繋がろうとしてんの?」
当然だと頷くと、三沖が目を丸くした。だが、何に対して驚かれたのか分からない。不思議に思いながらも自分のスマホでコードを読み取らせてもらった。
「飛間が人に興味持つとか珍しいじゃん。なんかあった?」
「いや……、まあ。さっき、田中さんにアカウント聞かれて……」
「ああ、あれな」
「三沖はどんな投稿してるのかとか、気になったんだ」
ますます三沖の目が丸くなった。「話繋がってなくない?」と首を傾げられる。
自分で言いながら同じことを思った。だが、彼女には興味がなくてお前にはあるんだとハッキリ言うわけにもいかず、スマホに視線を落とす。
鍵がかけられていないから、すぐにフォローできた。ここ最近の三沖の投稿がタイムラインに流れてくる。
「あんまじっくり見るなよ」
「いいだろ別に。てか、写真より生のほうが可愛いな」
「……え?」
──あ、なんか言い方キモかったかも。
たったの数秒。頭の中で言った言葉を反芻し、やっぱりおかしかったと後悔した。だいたい、可愛いってなんだ。そんなことを誰かに言ったのは初めてだ。
これこそ引かれただろうと首を横に回すと、頬を染めた三沖と目が合った。
「うざ」
「は? なんで」
「もー……うざい。どっか行って」
三沖は顔ごと反対方向に逸らした。小学生の喧嘩のような幼稚な態度だが、どちらかというとこれは本気で照れている気がする。意外にも、三沖は可愛いと言われて嬉しいと思うタイプの男なのだ。だったらもっと早く褒めてやればよかった。
「元カレとの写真とかないの」
「……消したに決まってんだろ。ぶっ飛ばすぞ」
「アルバムとかにもない?」
「なんなのお前、しつこい」
見た限り、三沖単体か友達らしき人と映ってる写真しかなかった。
三沖の元カレはこの目で直接見た。けど、もう記憶が朧げだ。チャラいイケメンだったことしか覚えてない。
「じゃあ飛間の元カノ見せて」
「え」
「お前ばっかずるいじゃん」
「まあ、たしかに……でもないよ」
元カノの写真なんて、それこそ何年前に消したんだろう。今のスマホに買い換える前のことだから、家のどこかに眠ってるスマホを探せば見つかるかもしれないけれど。
「つまんねー」
「ごめん」
「俺も見せない」
「……わかった」
「なんかお前最近、変じゃね? 俺の恋愛やたら詮索してくるし」
何考えてんの。と鋭い目で睨まれた。気持ちを見透かされた気がして、咄嗟に俯く。
実はお前のことが好きかもしれない──なんて言えるわけがなかった。確信もないのに言ったら、きっと揶揄われたと思うだろう。
「あ、……っと」
俺が口籠ったせいか、悪意があると思われてしまったらしい。三沖は薄い溜め息をつきながら足を組んだ。額に汗が滲む。否定したくても、自分でもまとめられないこの感情をどうやって伝えたらいいのか見当もつかない。
パッと三沖がリネンルームのほうを向いた。扉が閉まっていて、中にいる田中さんの姿はここからでは見えない。沈黙を切り裂くように、
「どう? 田中さんは」
と視線はそのままに問いかけられる。
「どうって、なにが」
「二十歳の可愛い女の子。飛間の好みじゃん」
「は……? 言ったっけ、そんなこと」
「覚えてねえのかよ。『三沖が二十歳の可愛い女の子だったらなあ』って言ったじゃん」
まさに田中さんドンピシャ。と三沖が続けた。そっぽを向かれていては、どんな顔をしているのか分からない。焦れったい。
記憶を遡ってみると、確かにそんなことを言った気がする。たぶん何ヶ月も前のことだ。あの時は大した話題もなく、ノリで喋っていた。今頃、三沖を恋愛的に意識することになるなんて考えもせずに。
「……ただの冗談」
──そういえば、いつから意識し始めたんだっけ?
冗談を言っていた自分はまだ異性愛者だったはずだ。恋愛は面倒だから別物としても、可愛い女の子は普通に好ましい。見るだけで多少の癒しになる。それが今では、すっかり興味をなくしてしまった。
「キモい冗談言うな」
「……三沖のほうがいいよ。喋ってて楽しいし」
「また冗談?」
「これは本気」
「…………でも、田中さんにアカウント教えたじゃん。付き合っちゃう感じ?」
薄くて綺麗な桜色の唇が、ちゅんっと尖って上を向いた。たまたま見えてしまったそれに、胸が強く締め付けられる。
もっと見たい。拗ねたようなこの顔は、何故かとても愛らしくて堪らない。
近づいたら猫のように逃げられる気がして、拳を握った。
「別に何のやり取りもしないし、付き合うつもりもないけど」
「ふーん……」
──気のせいだろうか?
ふとした瞬間に、三沖から嫉妬心が垣間見える時があるのは。ギャルに誘われたあの時も、今回も。




